※注意

喫煙ネタです。





こんな煙を、吸い込んでは吐いての繰り返しで一体何が美味しいの?そんな言葉を貰っている気分になるような目をさせて、わたしが吐き出して空気に溶け込む白い煙と、ぼんやりと消え行く煙を見ているわたしの顔を交互に見ている。そんな視線を先ほどまでは気にしていたけれど、あまりのしつこさにわたしはもう気にしていなかった。短くなってしまったそれを、灰を受け続けていた器に押し付ければ独特の匂いを放っていた煙はするすると消えていく。吸殻にはもう、種火は残っていない。

「それ、どんな味がするの?」
「んー・・・」

最初こそその匂いが不満だと漏らしていた彼は、いつもわたしが傍で吸っているそれの匂いに馴れてしまったのだろうか、馴れてしまうのもいかがなものだと吸っている自分が言うのも何だが、興味を持ってしまった発言に答えを濁らせる。この味を何て言って表していいのかと答えに困ってしまっているのも正直な感想なのだけれど。答えようとしないわたしに痺れを切らしてしまったのか、答えが聞けないのだったら自分で調べるまでだと言わんばかりに、ついさっきわたしが捨てた吸殻を拾い上げては鼻に近づけている。

「馬鹿、変な匂いしかしないから」

思いっきり吸殻を持つ手を叩き落としてみれば、すっかり短くなってしまった吸殻はぽとりと静かに床に転がる。いくら馴れたからと言ってもわたしでさえ、その吸殻の匂いったら言い表しが出来ない程不快な匂いだと言うのに。そんな至近距離から嗅いでみようって発想は一体どうやったら出来るんだよ、とそんな目で見てみれば叩き落としたのが遅かったのか、思いっきり匂いを嗅いでしまったリンクは何とも不細工な顔をしていた。

「よくこんなの吸えるね」

やばいぞその顔は。わたしがそう言葉を投げかけようとしたけれど、逆にお前がやばいぞと言わんばかりの視線で射抜かれる。こんな不味そうなものを平然とした顔でよく吸い続ける事が出来るなと、ああもう信じられない、と思いっきり顔をそらされてしまった。わたしだってどうしてこうもやめられないのか、わからないんだよ。

「わたしだって最初は吸うなんて信じられないと思っていたよ」

そうさ、わたし自身こんな不味くて臭い煙を自ら自分の体内に押し込む真似なんてする日が来るとは、信じられなかったもの。過去のわたしは、間違いなく今リンクがしてみせたような反応をさせていたはずだった。

テーブルに置いてあった小箱から、一本の煙草を手に取りマッチで火を擦る。ジジジ、と焦げる香りが鼻につきながらも吸い込めば安定した煙草の先から先ほどと同じように白い煙の線が天井へと流れていく。ふぅー、細く開いた口から一直線に吐き出された煙が副流煙と交わる。怪訝な顔をさせていたリンクだったが流れる煙とわたしが吐き出した煙が横切る様を見ては「まるでショーを見ているようだな」と苦笑い。何だそりゃ、わたしはリンクの率直な感想に苦笑いをしてしまう。

「なまえさんは、どうしてそんなのを吸うようになったの?」
「きっかけ?」
「だって、自分でも信じられないって言ったじゃないか」

口元に運ばれないまま手に収まる煙草からは絶えず煙が溢れ出す。煙の動きとは違ってわたしはリンクの質問に微動だにしないまま、煙をただじっと見つめて思い出す事に専念する。何故、わたしが自分でもこうやって煙草を吸うようになったのかすっかり忘れてしまったけれど、そもそものきっかけとは。何だっただろう、いつからこうやって煙を吸って吐き出しての繰り返しを行ってきたのか。自分でもこうして口にするのが不思議だったし、こんなものと思っていたのにそのきっかけはと問いただされれば、はて。どうしてだっただろう。誰かに誘われて?カッコつけたかっただけ?いやそんな安直な考えでこんなものを口にしようなんて思えないだろうし。となれば、誰かに誘われたんじゃなくて誰かの「為」だったような?

「、思い出した」

そうそうわたしがこうして煙草に口をつけるようになったのは昔、付き合っていた人が吸っていたからだ。

「・・・え」

昔、傍に居た人がこうやって何度も何度も煙草を咥えては火を付けて煙を吸って吐いての繰り返しを行っていた。その匂いに馴れてしまって、そして大好きだったその人の好きなものを知りたくて手を出してしまったのだとはっきりときっかけを思い出す。わたしがどうして煙草を嗜むようになったのか、それは男の好みを知りたいという好奇心から始まったのだ。これは最早一種の麻薬みたいなもので、お前もどうだ?と誘われたのもあってわたしはそれに、手を出してしまった。思い出してみれば確かに誰かという、昔の好きな人の為であり誘われたのもこの行動の動機だ。

「付き合っていた人が居たのか・・・」
「意外だった?」

わたしの言葉にリンクは固まってしまっているけれど、自分で言うのも何だが自分でも意外だと思っているからその反応を見ても何とも思わなかった。決して付き合っていた人が居たという事実に意外性を抱えられたんじゃなくて、わたしが相手に合わせるまでハマり込んでしまった事実が意外だって、思われていますようにと自分の都合のいいように解釈をする事にする。

まさか自分でも、男の為に嗜好を変えようなんて真似しないだろうと思っていたけれど、まんまと意中の人の罠にはめられてしまった訳で今もその味が忘れられないからと、こうして喫煙行動を続けている。だからと言って未練がある訳じゃない、ある意味一種の癖のようなものになってしまっていると言ったほうがしっくり来ると思われる。

酒も煙草も知らなかった、無垢なままだったわたしが男と出会ってから自ら摂取するようになってしまった。女が男の好みに合わせたい、そんな気持ちが仮に服装やメイクだったとすれば、これほどいじらしいものは無いだろう。だがわたしの場合は違う、自分の外見を変える努力よりも男の好きなものを自分の体の中に埋め込みたいんだと、外見じゃなくて中から全部男に支配されたいという思考の元で行ってしまった行動だ。互いに言いたい事は同じだ、好きな人の為なら変わりたい。その思いは同じだけれど、わたしが行ったものは自分の体を蝕む行為にも繋がるもので。

「でも、それは体によくないんだろう?その人はなまえさんを止めなかったのか?」

煙草の煙には有害な物質が沢山含まれているのヨ、と彼の相棒の妖精がしっかりと教えていたのをわたしはこの前見たばかりである。有害な成分が充満しているこの部屋から即座に出て行った妖精の判断は正しいだろう。そうだ、煙草の煙には沢山の有害なものが含まれていて、徐々に健康な体を陥れてしまうのは承知している。

「ええ、その通り」

わたしがそれを口にしたいと最初に申し立てしたって、止めなかったんだよ。あの男はね。

「所詮、男ってのは自分の女を自分で染めたいものなんだって」
「・・・何だそれ」
「わたしが吸ってみたいって言い出した時は止めようともしなかった。いや、逆にとても喜んでいた」

それに元々誘ってきたのは相手で、それに釣られて・・・いや、自ら申し立てた時のあの喜びようったら。随分わたしが相手にのめり込んでしまっているんだなって、高らかだったあの男の喜々とした様子は今のリンクの反応とは全く逆のもので。

女が男に染まるのに喜びを感じるように、男だって自分の女が自分に染まりつつある様を感じるのが喜びだって、よく学んだ結果論。煙草は勿論、食べ物の嗜好だって仕草だって言葉遣いだって全然、以前のわたしとは違うものになっていって。友達にはなまえどうしちゃったの、なんて小言を何度も言われ続けていたのが懐かしい。おざなりになっていた煙草は燃え尽きようとしてしまう程に短くなっていって、器にトントンと灰を落として最後に一口だけ口をつける。思いっきり煙を吸い込んで、わたしは顔を上に向けて天井を仰ぐ。リンクはわたしの行動に疑問を抱いた顔をさせていて、さっきのわたしの言葉にも疑問を感じてしまったようでとても苦い顔をさせているのが視界に入り込む。唇を突き出して、間抜け面を見せ付けないようにと細心の注意を払いながらわたしはゆっくりと口に含まれる煙を吐き出す。ポコ、ポコという表現がぴったりに口から吐き出された煙は小さな輪になって空気に漂っていく。綺麗な輪を描いた煙を見て、しかめっ面をしていたリンクの表情が若干和らいだように見えた。少し、楽しそうに煙を眺めている。

「これも、その人に教わったの」

残りの煙をリンクに向けないように吐き出した後に、この技術もその男に教え込まれたものだと何気なく伝えてみれば、また苦い顔に戻ってしまった。煙の匂いにやられたのではないその表情に、小さく吐き出した煙の輪はどんどん膨らみ大きくなっていく。

「何、その顔は」
「その人はずるいなって思って」

冷たい目で、空を舞う煙の輪を見てずるいものだと吐き出すリンクの言葉の意味とは。わたしもつられてその煙に目を配れば、リンクはふっと煙に息を吹きかけて輪はあっという間に消える。吹きかけた際の表情が、子どもみたいに悪戯をするそれとはかけ離れた顔をさせていたのが面白く思えて、わたしはまた煙を口に含んでは、ぽぽぽ、と沢山の輪を作ってみせる。するとリンクはむっとした顔をさせて、わたしの期待を大いに裏切ってはグローブがはめられている大きな手でバババっと空気を裂いて輪を吹き飛ばしてしまった。

「だからやめろって」
「何でよ」

何で手で跳ね除けちゃうの。期待していた反応と全然違うわよと思ったわたしは、嫌な顔をしているリンクを見ながらも性懲りも無くまた煙の輪を作っていく。しつこい行動を繰り返すわたしを怪訝な顔をして、恨み辛みが込められた目で睨まれてしまったけれど、わたしが知らん顔をして視線を妨害していればわたしの行動を諦めたのか、宙を漂う小さな煙の輪へと怒りの矛先を向けたようだ。

「別の男に教え込まれたのを見せ付けられていい気しないってわかるだろ?」
「でも、楽しそうに見ていたじゃない」
「だって、この煙。何だか指輪みたいじゃないか?」

指輪って。その発想力にわたしは小さく笑ってしまった。

「指輪って・・・そんな大そうなものに見えるもんなの?」
「ああ見えるね。一生なまえさんの口から生まれる別の男から贈られた指輪なんて。そんなの見せ付けられて気が気じゃなくなる」

何て可愛い嫉妬なのだろう。わたしはそう思った。わたしが別の男と付き合っていた事を知って驚き、その男に釣り合うように、別の相手を心底好きだったからこの行動がある訳を知って。まざまざとその様を見せ付けられてイライラしているんだぞと、まるでおとぎ話のようなファンシーなその発想は笑われても訴えたいんだぞと言いたげなそんな発言。本当に贈られた指輪は捨ててしまっても、いつでもこの煙草に火を灯してしまえばわたしの口から沢山の指輪が生まれてくる。わたしが望む分だけ、わたしが欲している時にこそ紡がれる、消えきれない彼との繋がりのようなものは彼を不機嫌にさせるには十分な起爆剤だったようだ。

わたしはそんなすっ飛んだ発想をさせるリンクが、今は昔の彼よりもずっとずっと大好きで(そりゃそうだろうよ)出会った頃から変わらない、今のリンクが。わたしの行動にとやかく言うリンクが今日初めてわたしに見せてきた、子どもらしい嫉妬と発想に煙に咽たように見せかけて嬉しさを誤魔化した。ああもう、こんな素敵な発想が出来ちゃう君が大好きったらもう。

「・・・この流れる煙と、わたしの口から吐き出された煙は色が違うの」

リンクはこの煙草の輪が、指輪みたいに見えるんだって言ったけれど。わたしにはもっと違うものに見えたんだって言ったら、リンクも笑ってくれるだろうか。今も大きく広がりを見せる煙の輪が、ちょうとリンクの頭上を漂っていてはそれがわたしには、天使の輪のように見えたんだって言ってしまおうか。

わたしは、リンクの為にも自分の為にも今日をもってこの喫煙行動を辞めようと思う。これ以上嫉妬してむくれさせない為にも、別の男の名残をこれからわたしが繰り返して煙草を咥える度に思い出させてしまうのなら。

「リンクは、変わらないでね」

このわたしの手から流れ出る煙のように、わたしは自ら吐き出した煙のように、君の為に自分を変えていこうと思うの。貴方が好むような人になりたい、というこの思いは過去の繰り返しになるかもしれないけれど。貴方のその顰めた顔を見続けるぐらいだったら、貴方の笑顔を見たいのだから。

わたしを思って咎めた言葉を受けて、わたしは変わる。









(依存症は治らない)

リンクは今と同じように、変わらないままわたしの事を思い続けてくれますようにと、どんどん消えていく天使の輪に祈りを捧げた。

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