流れる波に身を任す。波と言っても、大海原で漂流をしている訳じゃない。水に浮かんでプカプカと気持ちよさそうに波に乗っている訳じゃなく、もっと密接していて優しい寝心地で、体を全て預けてもとても安心できる大地の恵み。大きくもなく小さくもなく穏やかな風に吹かれてさわさわと柔らかい音色。体を寄せ合いお互いの体を擦り合わせて奏でるその音に、わたしは微笑ましくなりストレスなんてどこへやら。空を反射して生まれる深いブルーなんかじゃなく、根付く大地に喜びを表す優しい色。こんなに生命を感じる色なんて、他の色じゃ何の説得力もない。風に煽られ心地よさに喜びのダンスを繰り広げる、小さな草木達。大地にも、太陽にも恵みの雨にも愛され育った草木はやがて綺麗な花を咲かせる。

それは成長をした自分を支えてくれた者達全てにお礼を言っているような、そんな感じがする。地面を見つめずに凛とした態度で空を見上げながら、綺麗で見事な花を見つめるとそんな楽観的な事を考えてしまった。



「今日もいい天気ねぇー・・・」

青々と茂る草原に、わたしは大の字になって寝転がる。さわさわと擦れる音はどんな楽器でも、歌でも表せないとても落ち着く音。今日はとてもいい天気で、いつも見ている太陽はとても大きく見える。それ故かいつも浴びているよりも日差しが強く感じてしまい、わたしは思わず手で目元を覆った。今日の天気は格別に素晴らしいものだと思う。普段は人や動物に踏みつけられ、無残な姿になってしまう草木達。折れて萎れて、潰され無残に散ってしまう花びらは、涙を流しているみたいだ。

誰にも邪魔されずに育った大地は、残念ながらわたしという人間が邪魔をしてしまい少しだけ踏み潰されてしまったけれど。仰げば大空。雲が流れる様をいつも見つめている。わたしはふとした時にしか見ようとしない空を、ずっと見つめられるなんて羨ましいと思った。だって空を見上げて落ち込む事なんてないじゃない?空を見つめると何だが元気が沸いてくると思うんだ。それはわたしだけかもしれないけど。

天気がいい時はとてもいい事がありそうだって舞い上がり、悲しくても綺麗な夜空を見上げては慰められる。広がる空を見ていると、落ち込んでいるのが馬鹿馬鹿しく思えるんだもの。

こうやって寝そべって、空と大地を交互に見つめないと考えられなかった事が、今となってはとても悔しい。動物世界の共生ってあるじゃない?それは動物だけじゃなくて、自然界だってそうなのよ。それは自分が生きる為じゃなくて、お互いに対して気持ちの交換と言うのかな。

空は恵みの雨を降らせ、暖かい日の光を届けている。大地に根付く草花は、そんな空に対して感謝の意を向けている。花は空に向けて開いて、決して地面を見つめていない。自分を支えてくれた喜びを、全体で表しているんだもの。草花の行為がより多くの日の光を求める為の貪欲行為である事は知っていても、こんなにも綺麗な花を見せ付けられるとそんな夢も見たくなる。花じゃなくてそれは葉の部分なんじゃないのかと疑問もあるかもしれないが、まぁそんな細かな事を考えたら夢なんてあっという間に覚めちゃうじゃないか。


「ねぇ、草になってみたいと思わない?」
「何を馬鹿な事を言っているの?」

自分でも相当理解不能で突拍子もない事を言ってしまったと感じるが、多分もの凄い笑顔でそう言ったと思われる。隣にいるリンクはニコニコしているわたしとは逆に怪訝な顔をさせていた。しかもストレートに「馬鹿」とまで言われてしまう始末。馬鹿な事は言っているつもりはない、至って真面目な発言をしているんだと見返すが表情は何一つ変化はなかった。リンクはわたしの言葉の理解に苦しんでいるようで、怪訝な顔に更に溝深く眉間に皺を寄せている。これは自分の理解出来ない事を言われた事に不機嫌になり始めている証拠。一緒に過ごして段々とリンクの感情を汲み取るコントロールが上手くなってきたわたしは、リンクが更なる言葉を紡ぐ前に先手を打つ事にした。

「だって、人間と違ってずっと空を見つめられるんだよ」

そして更に意味がわからない言葉に、リンクはわたしと同じ体制で寝転がっていた体を捻り、わたしの顔をまじまじと見つめている。きっとわたしの意味不明な言葉は単なる寝言だと思ったのか、小さく口を開けながら目を細めたまま黙ってしまった。残念な事にわたしの言葉は寝言ではないし、何度も言うが至って真面目な意見だと彼を見つめ返す。いくら不可解な顔を見せてもなお戯言を言い続ける私に呆れた彼は「ああ、そう」と短くそう告げると、また地面へ身を預けた。もうわたしの言葉の意味を考える事事態にギブアップしたのか、それよりも面倒に思えたのか・・・それだけを言うといつもの穏やかな顔へと戻っている。

「リンクはさ、草みたいだよね。」
「・・・なまえの言っている事は謎を解くよりも難しいんだけど」

またわたしの意味不明な言葉に、せっかく穏やかになった顔はまたもや曇り空へと変わってしまった。しかしわたしも今回ばかりは、リンクと同じように曇った顔をしてしまう。

(そんなに難しい事?)

わたしの言っている事は謎を解くよりも難しい。と言われてわたしはどうして難しいと思うんだろうと思った。わたしからすると数々のダンジョンの謎をクリアしてきたリンクなら、わたしが伝えたい事など何てことのない宿題だと思ったのだが、そうじゃなかったようだ。だが説明をしようとしても上手く言葉が作れない。正直に言うと、リンクのここが草みたいだって思ったから言ったとかじゃなくて、何となくそんな感じがしただけの発言だったのだから。だって人間皆、そんな感じじゃない?こう思い返してみないと、ああこんな部分がこの人は「これっぽい」って思わないじゃない。ぱっと思いついただけで、この人はこれに似ているよねって思ったりすると思うんだ。「あの人って小動物っぽい」とか「あの人の笑顔って太陽みたいよね」とか、日常的に何かに例える事なんて、いくらでもあるだろうに。

ただ、その例えと同じでわたしはそう言っただけなのに、そんな返しが返ってくるなんて。誰だって思うじゃないか、人間じゃなくて動物になってみたいとか。そんな感覚なのに。そして本人に何を根拠にそう思う?と問いかけられると困っちゃう。だってふとそう思っただけなんだもん。

たとえ話ってわかってくれないのかな。

「別にそう思った決定があったんじゃないんだけど・・・あ、だからって洋服の色が同じだからって安直な考えじゃないからね」

決定打がなかったのに草に例えられたリンクは、益々意味がわからないとむくれた顔をしている。あまつさえ自分の洋服の色に例えて言われているのかと、ちらりとリンクは自分の纏う洋服を覗き込んでいたが、わたしは咄嗟にそうじゃないと告げる。じゃあ何なんだと、「何を思って自分を草だと例えたのだ」と、彼の瞳はゆっくりと動きわたしを捉えた。

「リンクは成長したよね、最近のリンクはとてもいい顔しているもの」

彼は昔のあどけない頃が嘘みたいに成長している。見た目だけじゃなくて、中身も大分成長を遂げた。沢山の人に支えられ、成長してきた彼。くじけそうになっても根を張り這い上がってきて幾多の魔物を倒してきた。彼は皆に愛されている。そうして彼は、皆に感謝の意を表しているように大輪の花を咲かせているの。

刻一刻と迫るリミットの中に漂い、いつも張り詰めた顔をさせていた彼は、最近とてもいい笑顔を見せている。それはどんなに綺麗に咲いた花よりも、ずっとずっと魅力的で美しくて、どんな人をも幸せにしてくれるのよ。

どんなに会話をしたって、表情が曇ってちゃダメじゃない?会話をした事すらなくても、遠くから見つめている時に見た「笑顔」が一番、その人の印象に残るの。人が楽しそうに微笑んでいるのを見るのが、人にとって一番幸せで気持ちが伝わる魔法なんだから。

「知ってる?人と沢山会話するのも人の印象に残るけど、たった一つの笑顔だけでも人の心の中に残るって」
「・・・何が言いたいのさ?」
「広い世界は一人じゃないって事!」

更なる不可解な事を言われてまた彼は難しい顔をさせ、ついに思考能力の許容範囲を超えてしまったのか「もう何も言わないでくれ」と、呟いてすぐ頭を抱えて悩み始めてしまった。わたしとしては思った事をひたすら口にしていただけの為、自分でも何を口にしてしまったのかとか、どうしてそんな事を言ったのか、果たしてその言葉に意味があるのかなんて理解が出来ず、ただ悩み続ける彼を見てクスクス笑う。

リンクは自分が思っているよりも、沢山の人に愛されているんだよ。この広い世界で、こんなにも愛される人なんてきっといない。世界を渡り歩き、沢山の場所に居場所を作っていった彼は風に乗って吹き飛んでいく花の種みたい。それも無意識だから凄い。

広い世界に幾つも根付いて、皆の記憶の中に彼の存在を植えつけていっているんだから。


そしていつも一緒に旅をしていて、出会った人々は決まって口々にこう言うんだよ。

彼はハイラルの希望なんだって。

けど、本人には誰も言わない。誰もがこの世界の希望を担う負担が命を賭けたものだって知っているから、大きなプレッシャーになるからだって。ほら、そんなトコも君は沢山の人に支えられているの。君は何も知らない。沢山の人が、君を少しでも不安にさせようと余計な口出しはしないようにしているって。人々の愛を彼に知ってほしいって気持ちはわたしの中に潜んでいる。

でも、リンクはきっと少しでも皆の心遣いを感じていると思うんだ。だから、あまり喋る機会がない村の人や旅先で出会った人に対して、わたしがヤキモチを妬くぐらいに綺麗な笑みを振りまいているんだもの。

自分が目の前の人に、少しでも支えてくれているって感じているんだって思うと、嬉しいんだよね?

初めてわたしがリンクと出会った時は、どうして自分がこんな目に合わなければいけないんだって。どうして自分がこんな運命を担うんだって表情が曇っていた。いつも里の皆と遊んで暮らしていただけなのに、自分の里の大切な人達を次々と失い、追い討ちに自分は里の人間じゃないって知ってしまった。先へ進めば進むほど、世界に自分は一人だっていう思いがどんどん強くなっていくのが怖い・・・と、弱みを見せない彼が初めてわたしに心の内を打ち明けた日は・・・綺麗な夜空を見上げながらだった。月明かりがない暗闇の中空に輝く、満天の星空の下でリンクは少しだけ泣いていた。

それからだったね。こんなにもいい笑顔を見せるようになったのは。あれから君は一度も弱みを見せずに、泣くこともあれっきりだったね。

「もっともっと感じてほしいの。この世界にはリンク一人じゃないんだって」

人だけじゃないよ。進むべき道には、こんなにも沢山の草木達がリンクを見守っているんだから。リンクを見守っている草木は、もしかしたら故郷から生まれたものかもしれないじゃない?リンクにその気持ちが届くようにと、風に乗ってこの大地に根付いたかもしれないじゃない。君の成長を喜んでいるから、皆肩を寄せ合ってさわさわと音を立てているんだもの。耳をすませば草木達が笑っているように感じるのは、風の悪戯じゃない。

「な、何だよいきなり・・・」

無邪気に笑うわたしに彼はたじたじになってしまい、顔を真っ赤にさせている。いつもそうなの、わたしは思った事を言っているだけなのに彼にはとても恥ずかしい言葉に聞こえてしまうんだって。

「だって、いつも皆が傍にいるんだって感じてほしいんだもの」

やっぱり彼は、草みたい。甘い言葉を言っても恥ずかしがるんじゃ、まだまだ青いなと感じるところもまた、若葉のようだと笑ってしまった。

「わかりきった事言わないでくれよ、いつも僕の傍にはなまえがいるくせに」

しかしさっきまでの態度はどこへやら。地面に寝転がっているわたしを抱き寄せ、頬に手を当ててそんなキメ台詞。彼はわたしに対して(不可解な事を言って)いくら踏み倒されても、例え(歯の浮くような言葉の)除草剤を撒かれようとも枯れる事はない事をすっかり忘れていた。いつもそうだ、わたしがどんな事を言ったっていつもいつもこんなずるい返し方ばっかりしてくる。毎回自分だって十分わたしに甘い言葉を言ってくるんだって、全く持って自覚がないので性質が悪い。毎回頭悩ますんだよわかってんの?本気にしていいのか悩むんだよ、わたしは君が好きだから・・・余計に悩んじゃうんだって。

彼は若葉なんかじゃなくて雑草よ雑草・・・と、わたしは苦笑いをするしかなかった。わたしと一緒に寝そべっていた彼は、綿毛を抱える一つの花を引きちぎりわたしに差し出した。






「この花の花言葉知っている?」
「花言葉?」
「『ハードルを越える』って意味なんだよ。もやもや地面に根付いている時間があるんなら、なまえもこの花みたいに飛び越えてきたらいいよ」

綿毛のように理性を飛び越えてくれと、それは僕の言葉を本気にしてくれと、リンクは想いを乗せてわたしに花を贈る。

花咲き乱れる平原に、寝そべったままありのままの気持ちを今わたしは伝える。

「わたしにもずっと傍にいてくれる人がいるんだよ・・・」


貰ったこの花は、押し花にでもしてずっと身につけていようかなとわたしが笑うと、彼も嬉しそうに笑ってくれた。

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