ざぁぁぁぁ
「うひゃー通り雨かな、すっごい雨」
午前中はしとしとと降っていたのに。
まるで空が涙しているような雨は突然轟音へと変化し、泣いていた空は怒りちらしているように思えるぐらい、激しい雨を降らせている。
わたしはちょうど切らしていた食材を買い求め、雨をしのぐのに傘を差して買い物をしていた。食材が入った紙袋を左手に抱え、右手に傘を差しながら家へと向かっている途中、突然雨足が一気に酷くなってきた。ああ早く雨宿りがしたい。どこも寄り道をしないでさっさと家に帰ろう。
ばしゃばしゃ音を立てながら走り、地面に張った水溜りに気付かずブーツで踏みつければ水が悲鳴を上げばしゃりと跳ね、わたしのスカートの裾に幾つもシミを作った。
「・・・?」
急いで家へと走らせていた足のスピードが一気に遅くなり、ぴたりと止めてしまった。後は家に駆け込んでしまえばこの雨と決別できるというのに。
(・・・あの子誰だろう?)
足を止めてしまった理由は、小さな男の子がわたしの家の扉の前でしゃがみ込んでいたからだ。男の子・・・と言ってもいいのかな。その子は人間の子どもじゃなかった。人間に似つかわしくない肌の色、身長。短い手足。血色のよくない肌に生える緑の帽子を被ったデクナッツのボウヤだった。ボウヤの傍に恐る恐ると近づき見つめると、寒さに震えているのか体をブルブルと震わせている。
「・・・どうしたの?迷子?」
わたしがボウヤに話しかけると、ボウヤの俯かせていた顔が持ち上げられ目が合う。わたしが迷子なのかと問いかけに答えるように、ただ無言で首をフルフルと横に振るボウヤ。けれど元々の顔つきなのか酷く困った顔色を浮かべていてわたしも同じように困った顔をしてしまう。
(うん、参ったねこりゃ)
・・・・だって困ったよ。迷子だったらこんな雨の中だけれど親御さんを一緒に探してあげようと思ったけれど。迷子じゃなかったらどうしたらいいものか。デクナッツの王国まで連れて行けばいいのか?でも町の外は物騒だし、わたし一人じゃ行けるはずもない。かと言ってこんな大雨振る外にこんな小さな子を置き去りになんで。・・・できるはずもない。
「雨が酷いわ。ボウヤ、少し雨が止むまでわたしの家で雨宿りしなさい。いいわね?」
考えた結果わたしはこの子にわたしの家で暫く雨宿りしなさいと提案した。というよりかは提案というか、ほぼ強制みたいな言葉になってしまったけれど。わたしが家においでと誘うとボウヤはぎこちなくうん、と返事をするように今度は首を縦に振った。わたしは家の扉を閉めていた鍵をがちゃりと開錠する。どうぞ、とボウヤを家へ招き入れるとボウヤはぺこりとお辞儀をして恐る恐る家へと入っていった。
何がどうしてこんな事になったのかしら。雨の音に紛れて、わたしは思わず短くため息が漏れてしまった。
「暖炉の傍で体を温めなさい。君、ホットミルク飲める?」
ぱちぱちと暖炉の中ではじける火の粉は新しく入れた薪に火をもたらし、轟々と燃えていく。一気に部屋の温度は暖かくなり優しいぬくもりが部屋を支配する。わたしがボウヤに暖炉の傍に行きなさいと言うと、素直に暖炉の傍に敷いてあるカーペットにしゃがみ込み手を暖炉に当てて体を温めていた。わたしは体を冷え切らせたボウヤに体が温まるよう、ホットミルクを差し出す。ボウヤは器用にマグカップを持つと、大きな口にホットミルクを一気に流し込みごくごくと美味しそうにミルクを飲み干した。飲み干したボウヤの頬は微かにピンクに染まっている。
「ふふ、おいしい?よかった」
体が温まったのかと思うとわたしはほっと一安。わたしも自分のマグカップに注いだホットミルクに口をつけごくりと一口飲み込む。口いっぱいに広がる甘い香り。喉を通る優しい温かさに一気に体がポカポカしてきた気がした。
「雨、まだ止みそうにないね」
わたしは窓を見てぽつりと呟いてしまう。窓を見れば先ほどとは変わらぬ速さで駆けていく水の涙。窓を伝っていく水は滝のようになっていて、さっきよりも雨足が酷くなったんじゃないかと錯覚を覚えてしまいそうだ。
「・・・」
言葉を喋ればないのかわからないが、デクナッツのボウヤはただわたしの言葉に耳を傾けるだけ。そしてじっと顔を見つめてくるだけなのだけれど、わたしに何かを聞きたいようにも見えて必死さに思わず笑みが漏れる。
「雨って憂鬱な気持ちになると思わない?」
ぽつりと呟くと、ボウヤはわからないと首を傾げる。その行動すら微笑ましくて口元が緩みそうになるが、轟音響く雨音を聞くとどうも視線が雨が打ちつける天井へと注がれてしまう。
「・・・雨はあまり好きじゃないの」
わたしはあまり雨が好きじゃない。
だって意味もなく憂鬱になってしまうから。
自分が泣いているのではないのに、空が泣いているのを見てしまうとこっちまで悲しくなる。いつもわたしを見守ってくれている空がどうして悲しんでいるのかどうやっても理解できないからだ。
「どうしたの?・・・え?」
天を仰いでいた顔を戻し、窓へと視線を移してみる。するとデクナッツのボウヤはいつの間にか手に紙とペンを持っていた。ちょこちょこと歩きわたしの隣にちょこんと座ると、床に紙を敷きペンを走らせる。
(僕は雨は嫌いじゃない)
(泣けない僕の代わりに涙してくれる)
(僕は泣いてなんかいられないから)
(だから、雨の涙には感謝しているんだ)
(空さんには勝手な考えだけれど)
(こんなに僕の為に沢山の涙を変わりに流してくれるって思ったら、辛い事を思いだしちゃってやっぱり僕も涙しちゃうけれど)
(一緒に泣いても僕の涙を誤魔化してくれるから、僕は悲しみを支えてくれる雨が好きだよ)
「・・・ボウヤ、・・・ごめんね」
デクナッツのボウヤがどれだけ辛い気持ちを抱えているのかわからないけれど。その文字はじわりと滲んでしまう。それはわたしが文字を読むにつれ、涙を流してペンのインクをにじませてしまったから。
拙い字で綴られる文章。その一文一文にボウヤの思いが詰まりすぎていて。
あまりに重い。
その重圧が圧し掛かり、涙が止まらない。
「辛い事思い出させちゃって、本当にごめんなさい」
わたしが雨の話題を振ってしまったばっかりに、こんな小さなボウヤの思いが露になるなんて思いもしなかったにしろ、本音を吐き出すきっかけを持ちかけたのはわたし。ボウヤに辛い気持ちを思い出させてしまった事に罪悪感を抱えてしまう。
ぎゅ。
涙するわたしに驚きペンを投げ出し、わたしの腕に抱きつくボウヤの頭にたまらず頬ずりをしてしまった。
ことん
「・・・あれ?」
床に何かが落ちる音が聞こえ、音のする方向へと目を向ければそこには先ほどのデクナッツのボウヤの顔をしたお面が転がっている。腕に巻きつく男の子を見れば、ボウヤと同じ緑の帽子を被った正真正銘人間の男の子が目の前にいた。
「(この子は誰?・・・さっきのボウヤはどこにいっちゃったの?)」
深く目を閉じたまま、がっちりとわたしの腕にしがみつく男の子を尻目にわたしはデクナッツのボウヤを探す。しかし部屋をくまなく見回すがボウヤはどこにもいなかった。
ギリギリと込められる力にわたしの腕の筋肉は自然と強張る。伏せられている男の子の長い睫毛にうっすら、涙が混じっているのか光を反射しキラキラ眩しい。わたしが顔を伏せてまじまじと男の子を見つめると、わたしの涙がぽたりと男の子の額へと落ちていく。つーっと走るわたしの涙は男の子の頬を伝い、地面へと落ちていくと男の子の顔はゆっくりと持ち上げられた。
全てを見透かしているような。悲しみが篭っているようにも見える、深い雨のような大きな蒼の瞳。わたしのブサイクな顔を映すには勿体無いほど綺麗な瞳。その瞳は涙が溜まって空に雲がかかっているみたいに濁っているけれど。
どんな宝石よりも綺麗に見えた。
「・・・君、泣いてるの?」
・・・そう言うわたしもまぁ泣いているんだけど。涙を拭いながらわたしはぽろりと、またもや男の子の地雷を踏んでしまう。
男の子の目は潤んでいるのにわたしは何て愚問を問いかけてしまったのだろう。また辛い事を思い出させてしまうと不安になり、わたしはその瞳から目が反らせずじっ・・・と男の子の瞳を見つめる。
しかしわたしの思いもよらぬ行動をする男の子。涙を流しながらだが、彼の小さな口は弧を描き微笑んだ。
「空さんの代わりに貴女はいつも微笑んでいてください」
綺麗な涙を空へと投げ出し、男の子は外へと飛び出していく。
空はいつの間にか泣き止んでいた。
鏡雨
(その瞳は空を反射しているように悲しみを映し出していた)
微笑む余裕すらない、孤独を抱える少年へ
君は一体どれだけのものを抱えて生きてきたのか、わたしにはわからないけれど。
握られた腕に残る痛み。
降り注ぐ雨が君の感情そのもの。
たとえ雨が降っても空を通じて君に笑顔を送れるのなら。
わたしはもう、雨を見ても憂鬱な気持ちにはならないよ。
空さんの代わりじゃなくて
君の代わりにわたしは笑うよ。
あれから三日たったけれど。
それからわたしは一度もあの少年の姿を見ていない。
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