報われないけど



 手には余ったチョコでつくった生チョコをラッピングでつつんだ箱を持っていた。
キレネンコさんへのケーキはビターしか使わなかったからミルクチョコがたくさん残ってしまったのだ。
作るものを決めてから材料を買えばよかったかな、と今になって悔やむ。
もう勢いで買うのは止めよう。
賞味期限が近かったわけでは無いのだけど生クリームもあったからせっかくだし。
そう思ってつくったバレンタインチョコだ。
コマネチさんとレニングラードさんにはチョコトリュフをつくった。
いつもありがとうございます、って渡せば二人は喜んでくれて。
それからコマネチさんが僕にニヤニヤしながら言った。

「キレネンコ君にもおいしくいただかれちゃったんだね」

よく意味はわからなかったけど、頷いておいた。

そして今、僕はチョコを渡すためにカンシュコフさんのアパートにやってきた。
なんだかんだでカンシュコフさんにはお世話になってる。
この区域に警察やらが少ないのはカンシュコフさんが、ここには居ない来ないって言い張っているらしいとキレネンコさんに聞いた。
今こうやって自由に出歩けるのはカンシュコフさんのおかげ。
ありがたいな、と思いながらもドアをノックする。

「カンシュコフさーん」

呼び掛けてみても返事は無い。
少し迷ったあと、ドアノブに手をかけてみれば、開いた。
鍵がかかってないなんて無用心だ。
失礼かな、と思いつつも中に入った。

薄暗い玄関、物が乱雑したキッチン兼リビング。
僕の足はカンシュコフさんの部屋らしきところの前で止まる。
心の中で謝罪の言葉を言いながら、ドアを開けた。
閉めきったカーテンで光が遮断されていて、暗い。
かすかないびきからカンシュコフさんが居ることが確認できた。
近寄って目を凝らせばカンシュコフさんはぐっすりと眠っていて。
無理に起こすのは面目無い。

「…ぷ……ち…」

どうしようかなと考えていたらカンシュコフさんが何か呟いた。
何かと疑問に思っていたのに。
気付いたら視界が一転していた。



あー、頭いてえ。
昨日ロウドフたちと飲み過ぎた。
起きるかどうか考えてると少し開いていた目からあいつが見えた。

「……プーチン」

居るわけないと思うのとは反対で体は咄嗟に動く。
プーチンの腕を引っ張って、ベッドに押し付けた。
それでやっとこのプーチンは本物だと気付く。
なんで居るんだと疑問に思うけれど。

「か、カンシュコフさん……?」

どうすんだ、この状況。
悪い、間違えた。
そう言おうとして、すぐに考えが冷めた。
少し乱れた服装から覗く赤い跡。
無意識に奥歯を噛み締めていた。

「カンシュコフさん寝惚けてるんですか?」

寝起きの不機嫌さが増して、矛先はプーチンに向かう。
もう自分の意思とは関係ない。
残ったのは本能だけ。
首筋の跡をなぞるように舐めた。
びくりとプーチンの体が驚きで揺れる。

「カ、シュ……ふ…っ!…やあ……っ」

抵抗するものも、こっちだって囚人たちを看守するほどは力があるのだ。
頭の隅では罪悪感がたっぷりと漂っていた。

「……キレネンコさんっ…!」

プーチンの声で我にかえる。
目の前でプーチンは泣きじゃくってあいつの名を何度も呼んでいた。
……何をやっているんだ自分は。
怒りにまかせて、好きなやつを泣かせて。

「情けねえ……っ」

聞こえないように呟いた言葉は心に重くのし掛かる。
さも何にも無かったようにベッドから立ち上がった。

「わりい、ちょっと寝惚けてて……間違えた。」

「大丈夫です……。もう、誰と間違えたんですか?」

涙をごしごしと拭いながらプーチンは笑顔をつくる。
わざと冗談を言うプーチンの気遣いも、その笑顔も痛かった。
ほんと、ごめんなと胸の中で呟いた。

「……なんだこれ」

気を紛らわすために床に落ちていた箱を持ち上げる。

「あ……、それはカンシュコフさんに。バレンタインのプレゼントです! よかったら食べてください」
「ああ……。ありがとよ」

この年になって、バレンタインチョコだなんてなんだか恥ずかしい気もする。
プーチンらしいなと思いつつも開ければ、美味しそうなチョコ。

「プーチン、」

お礼は何がいいか考えておけよ、そう言おうとしてやめた。
自分で選んで、あげよう。

「ほら、帰った帰った。キレネンコの野郎が待ってんぜ、きっと」

去っていくプーチンの背中を見ながら、息を吐いた。
手に入れたいな、と切実に思う。
でも、とりあえずは。

「あいつへの嫌がらせも含めて、とびっきりかっけえ靴でもお返しにやろーかな。」



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お返し→黄色の靴→看守死亡フラグ





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