小説 | ナノ




(試験で赤点科目があったため約束通り影山君のアルバムを見せてもらったお話)


「う…そ……でしょ……?」

目の前の信じがたい光景に目を疑い、思わず口元を覆った掌に震えた息がかかった。
心臓が激しい収縮を繰り返し、乾いた喉がゴクリと鳴る。
おそるおそる次のページを捲れば、そこはもう楽園。
約束の地。桃源郷。シャングリラ――いや、天国。これはもう地上の天国だ。

だって、どこもかしこも天使しかいないのだから。

「〜〜〜〜か、わ……っ!!!」

『可愛い』
頭の中を占めた四文字の言葉すら、もはやまともな声として発することができない。
脳内に深刻なエラーが発生。
だって可愛い。可愛すぎる。これはもはや罪状にだってなりえるのではないだろうか。
それくらい、アルバムに収められた写真の中からこちらを見つめる幼い影山君(おそらく小学校入学前)は反則的に可愛らしかった。

(なにこれ可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いほっぺ可愛いおくち可愛いうわああ頭!!真ん丸!!おめめも!!うひゃあああダメ!ダメだよそんなっ…うそ……!!お膝まで可愛いの!!?)

ちっちゃい影山君の可愛いポイントが多すぎてもう処理が追いつかない。
と言うか心の整理ができない。ううっ、ダメだ泣けてきた意味わかんない。可愛い。影山君可愛い。
私毎晩このアルバム抱えて眠りたい。できればそのまま安らかに召されたい。

「か、影山君……このアルバム、しばらく借りてちゃダメかな……?じっくり見たくて……」
「……別にいいですけど」
「ほんとに!?やったぁ!!」

心の底から嬉しくて、自分の顔がだらしなく緩んでしまっているのを感じながら、もう一度写真の中の影山君を眺めた。あああ、なんて可愛いんだろう。うっとりしてしまう。このお正月におもち食べてるのなんかもう……おもちがおもち食べてる……可愛い……。

「どうしよう影山君……影山君ってもう一回小さくなったりしない?」
「しません」
「えええー、そこをなんとか!」
「ムリです。……つかみょうじさん、そんなに小さい頃の俺がいいんですか」
「、へ?」

影山君の声に、妙な棘があった。

アルバムに釘づけになっていた視線を久々に上げてみれば、影山君はぎゅっと眉を寄せ、ジト目でこちらを睨んでいる。
その唇は不服そうに尖っていて――直前に見ていた幼い日の彼と全く変わりのないその仕草に、笑ってはいけないとわかっているのに口の端が震えてしまう。

「そっ――それはほら、あの……!もちろん、大前提として今の影山君のことがすっごく好きだから、小さい頃の影山君も一層可愛く見える、って言うか……!」
「!!今の俺が、好きだから……?」
「そう!昔の影山君も可愛いけど、やっぱり私にとっての一番は今ここにいる影山君以外いないよ」
「ッッ〜〜〜!!!」

この頃、大分影山君の扱い方がわかってきたような気がする。
感極まった様子で私に飛びつき、小さな子供みたいに頬ずりしてくる影山君(ただし身体は私より断然大きい)を、やや体勢を崩しながらもどうにか受け止める。
案外、小さな影山君も大きな影山君も、中身はそんなに変わりがないのかもしれない――なんて考えながら浮かんだ笑みを密かに噛み殺し、片手で彼の背を撫でつつもう一方の手では抜かりなくアルバムのページを捲った。

「(でもやっぱり、小さい影山君も見てみたい……あ、)そっか。いつか影山君に子供ができたら、こんな感じの男の子になったりするのかな……!」
「――!?」
「あ、でも父親に似るのは大体女の子の方だっけ?だとしたら影山君似の女の子……?うぅん……いや、それはそれで……」
「ッ――ぉ…俺、は!!」

まだ見ぬ影山君ジュニアに思いを馳せ、幸せな気持ちに浸っていたところ、いきなり両肩をガッシリ掴まれ現実に引き戻された。
その唐突な強引さに何事かと目を瞬かせれば、なぜか耳まで真っ赤になった影山君、が、


「〜〜〜俺、は……ッ、みょうじさん似の、女の子がいい…です……!!」


そんな、ことを言って。
何かの限界が訪れたように、湯気を出さん勢いの赤面を無言で俯かせたものだから。

「ぇ……――――ぁ、っえ!!?」

遅れること数秒。
その言葉の意味をやっと理解した瞬間、私の顔もきっと、影山君に負けないくらいに赤くなって。
だって、別にそういう意味で言ったわけじゃなかったのに。影山君が勝手にそんな風に捉えるから。
このまま死んでしまいそうほど恥ずかしくて。

――だけど本心では、心臓がバカになってしまいそうなくらい、嬉しくて。

お互いにお互いの顔を見られない、この妙に甘ったるくて手に負えない空気を払拭するための打開策を考えながらも、『いつか本当に、そんな日が来ればいい』――なんて。
そんなことを思ってしまった。


(15.02.11)