小説 | ナノ

※影山君がペット(犬)
と言っても見た目の違いは犬耳と尻尾がある程度でほぼ人型という二次創作御用達ご都合設定




小さい頃の飛雄は、それはそれは可愛らしかった。
頭も目も真ん丸で、くりんと丸まった尻尾を忙しなく振りながら私の後ろをチョコチョコと追いかけて来る姿なんてもう、言葉では言い表せないほど愛らしくて。
捨てられていたという境遇を抜きにしても、ついつい甘やかし過ぎて育ててしまった自覚はある。
そのせいで、飛雄は少し、聞き分けの悪い、我の強い子になってしまった。

「……飛雄、離れなさい」
「………」
「飛雄。危ないから、ね?言うこと聞いて?」
「………」

包丁を持って調理中の私の背中に引っ付いて離れない。
首だけ振り向いて言い聞かせれば、肩口に額を押しつけてイヤイヤと首を振る。
身体だけは私よりも随分大きくなったと言うのに、中身は相変わらずで困る。
……けど、私が学校に行っている間、この部屋で飛雄をひとりぼっちにしてしまっているという罪悪感もあって、私の方もあまり強くは言えない。
飛雄はきっとそれをわかっているのだろう。
お腹に回した腕で私を更に強く抱きしめ、無言を貫いていればそのうち私が折れると知っているのだ。

(ほんと……育て方間違えちゃったかなぁ……)

はぁ、と軽くため息をついて仕方なく料理を再開する。
それを合図に、背後の飛雄は嬉しそうに私の首筋に頬を寄せ、すんすんと匂いを嗅いではご満悦の様子。

(こうなるってわかってたから、置いてこようと思ったんだけどなぁ)


大学進学が決まって、一人暮らしを始めることになった当初、飛雄はそのまま実家に置いてくる予定だった。
だけど、そのことを知った飛雄がもう――手を付けられなくなってしまって。
『お前も自分を捨てるのか』と言わんばかりの荒んだ眼で四六時中恨みがましく見つめられ、ひっつかれ、とうとう私は先に押さえていた物件を解約し、ペット可の部屋を急遽探すはめになってしまった。

以来、飛雄と二人(正確には一人と一匹?)暮らし。
飛雄は現在、人間で言うところの15歳くらいに成長して、小さくて可愛かったあの頃が嘘のようにぐんぐん大きくなり、いよいよ力では敵わなくなってきた。

――その事に最近、少々不安を覚えている。


「ッ、こ ら!」

不意に、濡れた舌が首筋をぬとりと這い上がった。
生温かい感覚に思わず肩が揺れて、同じように心臓も飛び跳ねる。
けど、努めて動揺を悟らせないよう低く咎めても、元凶の飛雄は知らんぷりで私の耳の裏の匂いを熱心に嗅いでいる。
背後から覆い被るように密着された身体は私が身を捩ったところでビクともしない。
むしろそうしたことでより一層拘束は強まり、耳朶に噴きかかる吐息は短く弾み、荒くなっていた。

「〜〜〜と、びお!いい加減、に……ッ!?」

ぐり、と腰に押しつけられたものに、一瞬悲鳴を上げそうになる。

「は、ぁ……なまえさ、ん」
「っ……!」
「なまえ、さん…なまえさん…っ、すげぇ、イイ匂い、」
「ゃ…め……っ」
「この、匂い…もっと……」


「ッ――やめなさいッッ!!!」


突然の恫喝に、ビクリと大きく震えた飛雄が私から離れる。
間一髪。部屋着の裾は僅かに乱されたけど、その中への侵入は許していない。
それを手早く直し、思い切り怖い顔を作って飛雄を振り向く。と、普段はピンと立ち上がっている真っ黒な耳が、へなりと伏せられているのが真っ先に目に入ってしまった。

「す…すんま、せん、俺……」
「………」
「あの……お、こって、ますか、」
「………」

(――ひ……卑怯なり、飛雄)

自分の悪い癖だと、わかってはいる。
わかってはいる――けども。私はやっぱり、この子に甘くて。
しゅんとして怯えた様子を見せられると、それ以上は責められない。

「〜〜〜っ……あのね、いつも言ってるけど、料理中は包丁とか火を使うから」
「……はい」
「言うこと聞かない子は、実家に送り帰しちゃうからね」
「!ぃ、嫌です!!」
「だったらいい子にしてて。もう少しだから、飛雄ならちゃんと待てるよね?」
「はいっ!待てます!!」

ピシッと『気をつけ』の姿勢で背筋を伸ばした飛雄に、背伸びしていい子いい子と頭を撫でてやる。
途端に、さっきまでしょげていた耳が力強く立ち上がって、千切れそうなほど尻尾を振っているのが見えた。

この単純さは私に似たのか――それとも、いつの間にか私が飛雄に似てしまったのか。
とにかく、聞き分けてくれた飛雄をそれ以上叱らずに済んだことに内心安堵しつつ、飛雄の視線を痛いほど感じながら晩ごはんの支度を再開させた。



(15.01.04)

※続きはR-18予定