とくべつな日




あぁ悲しいかな大学生よ。暇さえあれば飲み会ばっかり開いてしまう憐れなぼくたち。
そして今日も今日とて飲み会真っ最中なのだ。合コンともいうけど。

前置きなんてどーでもいいけどさ、最近深刻な問題があるんだよね俺。
それは……隣に座る可愛い女の子よりも、その可愛い女の子を挟んで座っている遊佐くんの動向が気になってしゃあないということ。おかしいだろ。どー考えても隣のこの子だろ。なんで遊佐なんかが気になんだよ俺。誰か突っ込めよ。いやいやいや……

「っだー!!」
「水野、落ち着け」
「おっ…おう…?」

遊佐の一声にびっくりするくらい落ち着いてしまった俺は、握っていた拳をゆっくりと離す。うわ、手汗かいてっし。
仕方なしに、「こっちこい」のジェスチャーで遊佐を女の子の背中越しに近付けさせた。

「腕出して」
「何?」
「お前のせいだ、受け取りやがれ」

ごしごしと遊佐の腕に手汗を擦り付ければ、

「そう」

とかいってなんか満更でもなさそうな表情が返ってくる。なんでだよ。嫌がれよ。嫌がるとこだろここは。



「はいじゃあやりますか!割り箸割り箸〜!」

こんなことをしてる内に幹事である田辺の掛け声がかかり、今日も今日とて王様ゲームが始まってしまうみたいだ。



とくべつな日



「あ、」

そう小さく遊佐が呟いた。周りの奴らはそんな蚊のなくような声に気付く気配などないのに、何故か気付いてしまった俺。だから誰か突っ込んでくれ。
とはいえそんな俺の様子に気付く者もまたいるはずがなく、俺は一人で苦笑いしながら割り箸を引いた。っつか1番とか。



「「王様だーれだ!」」

いつもの掛け声に、そろりと割り箸を掲げたのは遊佐だった。遊佐が王様になんの珍しいな。つか初めてじゃね?はは、変なとこで運のない奴め。

これまたへっへ〜と一人で気持ちの悪い笑いを浮かべながら頬杖をついて斜め横を見ていたら、ゆっくり王様の口が開き始めた。

「王様と…」
「「「王様と?!」」」
「1番が…」
「「「1番が?!」」」
「あっちでキス、ね」

トイレへ向かう客席から離れた通路の方を割り箸で指しながら、素っ気ない声の主はその場からすくりと立ち上がった。…ってあれ?ちょっと待て。

「「「1番だーれだっ」」」
「俺なんだけど……」

さっきからやけに声の揃っている今日の面子は、ほれきたよしきたとばかりに盛り上がり始める。男女のキスもさながらだが、同性同士のキスの方が場的には盛り上がるという飲み会あるあるはこの際置いといて。ちょちょちょ、だからちょっと待て。

「ちょ、遊佐!」

もうすでに廊下に向かおうとしているその背中に叫ぶ。
何か?みたいな顔で振り向いた奴は、俺の言いたいことを察したのか「王様の命令は?」と落ち着いたトーンで言い放つ。

「…くそ、このイケメンめ」

満足そうにふっと笑う遊佐の後を、仕方なくとぼとぼ着いていく。俺には残念ながらこれしか選択肢はないようだ。
背中に浴びせられるテンションの高いみんなの声が遠くに聞こえる。……俺なんかじゃなく女の子が1番の割り箸引いたらよかったのにな、遊佐くんよ。お前はなーにを格好つけて歩いてんだ。サマになってるよ。分かってるよ。



* * *



「なぁお前、いつもこんな感じで女口説いてんの?」

トイレの前の少し開けた通路の壁に寄り掛かってそう見上げてみる。遊佐は不思議そうな顔で俺の真正面に立っていた。くそ、ほんと背高い奴だな。

「まぁ……そうかもね」
「なんだその余裕っぷりは!むかつくなーお前!」

普段からこんな感じで妬みを浴びせられるのに慣れている遊佐はふっと涼しい笑いをした後、何故か片手を壁…もとい、俺の顔の横にバンと付いた。
確認せずとも俺の背中は言わずもがな壁なわけで、ということは今俺は完全に遊佐に壁に縫いとめられた形になる。

「…な、なんなんだよお前」

言いながら、何故かどくんと心臓が跳ねたのが分かった。
まぁそりゃあさ、こんだけイケメン高身長な奴にこんな体勢とられたらドキッとくらいするさ。…するよな普通?

「何って……キスするんだよ」

さらりとそう言った目の前の男は、すっと頭を傾けて首を曲げた。その仕種はまるで本当にキスするみたいだなとか、それだと俺が女役?いやいやふざけんな、とか。

――色々な考えが巡っている間に、いつの間にか遊佐との距離が0になってて……俺の顔に影が落ちた。
唇に熱いものが一瞬触れて、あぁこれ今マジでキスされたわマジでと脳が認識した頃には、視界を塞いでいた遊佐の顔がゆっくりと離れていく最中だった。

「ちょ…おま、」

貧相な自分の唇を押さえながら奴を見上げれば、そこには俺の知る限り最高に麗しい笑顔に包まれた遊佐の顔があって。
思わず言いかけた口を閉ざしてしまう。

な…なんだその顔。そんな表情したら女なんて一発で落とせるぞ。普段からそれくらい表情豊かにしときゃあいいのに。




とそんな時、今日の飲み会のメンバーである女の子グループの内二人が廊下の奥から現れたのが見えた。俺達があまりに遅いんで、様子を見に来たってところだろう。

「おい、おい遊佐!高橋さんだっけ?達がこっち来るぞ!」
「そう…」

そう…って!今の俺達の格好分かってんのか馬鹿野郎!こんな体勢見られたらあれだぞ、本当にキスしてたんだー!ってなっちゃうじゃんか!おい遊佐!その涼しい顔やめろ!

「マジで見られんぞ、早く離れろよお前」
「…見られたら何か困る?」
「お前が困るだろ!あの子ぜってーお前狙いだし、お持ち帰りするチャンスだろーが!」
「ふー…ん」

明らかに不機嫌そうな声色に変わった遊佐は壁から手を離して、振り返って後ろから歩いてくる女の子達を確認した。と思ったら、がしりと俺の手を引っつかんで逃げるように男子便所の中にずかずか足を踏み込んだ。
え、遊佐お前どうしたんだよ。ここはあの子達と話しとく場面だろーが。隠れてどうすんだよ。

「遊佐!」
「…こっち、」



* * *



きぃ…ばたん。

そしてトイレの個室に連れ込まれているこの状況は一体なんだっていうんだ。遊佐は腕を組んでしれっとドアに寄り掛かったまま何も喋んねーし、かといって入口を塞がれてるから出ることも出来ないし。いや強引に出ようと思えば出れるけども、それじゃあ何かダメな気がするというか、遊佐から漏れ出ているただならぬ空気がそれをさせないというか。
とにかく俺はじっと遊佐を見つめているわけです。はい。

「遊佐?」

ゆっくりとキレ長の目がこちらに向く。

「い、いいのかよ」
「何が?」
「さっきの…高橋さん達」
「どうでもいいよ」

はぁ、とため息をついた遊佐は、俺にぐいっと詰め寄ってきた。じりじりと近付く二人の距離に、もう逃げ場がないことを既に悟っている俺は意を決して固唾を呑む。
コツコツと靴の音がトイレに反響する。

「なっ…今日はどうしたんだよお前もう王様ゲームは終わっただろーが」

チーターに迫られる草食動物の図のようなこの状況に、俺は背中に冷や汗を感じながら一息で言いきった。

「王様ゲーム?……あぁ、」

そんなこともあったよね、みたいな顔で遊佐はこちらを見つめる。

「つかなんで俺達こんなとこに居んだよおかしいだ」
「おかしくないよ」

俺の言葉を遮るようにぴしゃりとそう言われ、思わず口をつぐむ。

――しかも、

「だって、今日は水野をお持ち帰りするから」

こんなよく分からないことを言われたらさ。

「は?え、おま、まじ意味分かんな…んむっ!」

本日二度目のキスは、思いの外甘かった。






……恋人繋ぎでおてて繋いで、俺達は今から何処に向かうんだろう。


---fin---




書いててつづきが気になるーヽ(*`Д´)ノとさけびました。つづきはまたいつか、気が向いたら書きたいです。



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