芽生えてしまうよ 01.





僕は体が弱い。
体育の授業は三回に一回出席出来れば良い方で、全校集会なんかもずっと立ちっぱなしでいるとすぐに貧血を起こして倒れてしまう。

そんな僕が三年間送ってきた学校生活の中で教室よりも何処よりも一番お世話になっているのは、保健室。

空調の整った過ごしやすい気温。窓際の小さな机に飾ってあるブリザードフラワー。ひらひらと舞う白いカーテン。ふかふかのベッド。いつ来ても同じ笑顔で僕を迎えてくれる東雲(しののめ)先生。

僕は、東雲先生のことが好きだ。


芽生えてしまうよ
       リクエスト作品


「いらっしゃい。伊多羽(いたば)」

今日は朝からなんか調子が悪くて、四時間目の休み時間に保健室に行った。

「ほら、伊多羽のベッド用意してあるよ?」

少し休ませて下さいと言おうとしたら、みなまで言う前にそうふわりと誘導された。背中を優しく押されて、ぽすんと窓際のベッドに腰掛ける。

「…いつもすみません」
「先生は伊多羽が心配なんだよ」

ぽんぽんとあやすような手が僕の頭を往復して、「何かあったら呼んでね」とカーテンを閉められた。

東雲先生はいつも優しくて、暖かくて。先生に見つめられるだけで僕は幸せな気持ちになってしまう。体調が悪いのだって吹っ飛んでしまいそうなくらいに。

見た目も優男ぽくて柔らかい雰囲気だからか、クラスの女の子達からも凄く人気がある。うん、分かる。僕だって先生格好良いと思うもん。



「ん…」
「あ、目が覚めた?具合どうかな、ポカリスエットならあるけど飲める?」

いつの間にか僕は眠っていたらしい。渡された水色のペットボトルを口に当ててごくりと飲めば、ひんやりとした液体が体中を巡った。

「ありがとうございます」
「ところでもう放課後なんだけど、自分で帰れそう?もう少し待ってくれれば車出してあげられるよ」

先生は最近こんな風に、僕を車で家まで送ってくれるようになった。なんて優しいんだろう。こんな、ただの一般生徒相手に。

「あ、いえ…いつも悪いですし、大丈夫です」
「先生が送ってあげたいんだよ」

そう言って、「ちょっと待ってて」と保健室から出てしまった。そんなこと言われたら、待ってるしかないじゃないか。
ドキドキしながら、でも何かを期待する意味なんてないんだと、自分に言い聞かせながら。

「じゃあ行こうか」

少しして、チャリンと車のキーを掲げながら先生が戻ってきた。
ベッドにおとなしく座って待っていた僕に手を差し延べる。その手をおずおずと取って、立ち上がった。


* * *


「その後どう?何か悩みとかはある?」

――先生は、僕が同性愛者だということを知っている。

「あ…えと、特に何も。東雲先生は?」

――そして僕も、先生が同性愛者だということを知っていたりする。

潜在的に人間の半分にはバイがいるとかホモは云々とか聞いたことがあるけれど、ホモというのは得てして何となく『あ、この人もしかしたら同類かも』と分かってしまうもので、それは僕と東雲先生の間とて例外ではなかった。

「はい、着いたよ」
「いつも本当すみません」

丁寧な東雲先生の運転はとても心地がよくて、あっという間に家に着いてしまった。
後ろ髪を引かれる思いで、でも先生に迷惑を掛けたくないという思いも混じりながら、鞄を手に車から出る。

「ありがとうございました」
「はい、さようなら」

ぺこりとお辞儀をすると、ささやかに手を振られてからそのまま車は走って行ってしまった。

車が曲がり角を曲がって見えなくなるまで、僕はずっとそこで立ち尽くす。

先生、好きです。
好きだと言ってしまいたい。

生徒からそんなことを言われたって迷惑にしかならないのだろうけれど。
いくら先生が同性愛者だと知っていたとしても、いやだからこそ、その秘密を知る僕がこの想いを告げたりしてはいけないのだろう。
東雲先生……


* * *


「最近保健室に伊多羽が来なくなったから、嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになってしまったよ…ってこんな事言ってはいけないよね、保健の先生が」

その後一週間程体調がよかったので、保健室に行かない日々が続いていた。
体調が悪くなくても先生に会いに行く――なんて大それたことを出来るはずもない僕は、その次の週の始めの昼休み中に何だか熱っぽくなってしまったので、恐る恐る保健室のドアを叩くことになる。

「今日も送って行くよ、待ってて」

二時間程ベッドで眠らせてもらって気付いたけれど、僕今結構熱が高いみたいだ。
なんかくらくらするし、ちょっと頭がぼーっとしてる。

「じゃあ行こうか」

にこりと優しく微笑まれて、ゆっくりと歩いていく東雲先生の後を覚束ない足取りでついていく。



「せんせい…」
「伊多羽、だいぶ熱が高いみたいだね…顔が真っ赤だ」

車に乗り込んだ瞬間、そう言って先生の手が僕の額にそっと触れた。

「このまま病院行こうか?保険証ある?」

ふるふると首を振って、心配そうにこちらを見る先生を虚ろな目で見つめた。熱の所為で頭が上手く働かない。

「い、伊多羽……?」
「先生……好きです」

そのまま僕は意識を失ったらしい。

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