風紀委員長の憂鬱





「…か、会長…!まだ残ってらしたんですか?」
「あ…あぁ、文化祭予算についての資料が見当たらなくて」

うちの生徒会長は大変多忙で、見ているだけで私の胸は張り裂けそうに痛んでしまう。
副会長や他の下々の者はどうして会長の手伝いをしないのでしょう。

「あ、あの、一緒に探しましょうか?」
「いや、九条には風紀委員の仕事があるだろう…むー…何処に仕舞ったかな…」

困った顔でこめかみを掻きながら引き出しを漁る健気な大和君をいっそ抱きしめてしまいたい。私なんかの抱擁で貴方は喜んでくれるか分からないけれど。
その眉間に寄った皺を伸ばしてあげたい。その溜息の数を、少しでも減らしてあげたい。

「……あ、でも、」
「はい?」
「…ありがとう」

嗚呼。
貴方の言葉一つで、私の心はこんなにも満たされてしまうというのに。



風紀委員の憂鬱
         リクエスト作品



生徒会長である大和君はとても真面目な努力家と有名で、生徒過半数以上からの支持を得て生徒会長に選ばれた。生徒の前に立って何かを成す時の彼は堂々と皆の先陣をきっていて凄く格好良い。

その一方で、周りに馴染みの者しか居ない時の大和君はどこか頼りなく、途端に不器用になるという秘密を持っている。
そんなギャップに堪らなく萌えてしまっている私ですが、最近の大和君は特に頑張り過ぎている様な気がして心配でならないのです。

「大和君」
「ん…あぁ、九条」

会議室まで一緒に行きましょうと、その言葉すら上手く喉を通らない。
でも大和君は、何も言わずに歩幅を合わせてくれる。

「………」

好きなのだ。
この人がどうしようもなく。




今期の生徒会役員はいまいち皆やる気のないメンバーばかりで、現に今頑張っているのは会長の大和君のみ。
更に、“会長補佐”という大事な役職に就いていた人間が急に転校してしまったおかげで、生徒会は仕事の数に対してそれを処理する人間の数が圧倒的に足りていない。

――ならば、私が会長補佐も兼任してしまえば済む話。

明日は都合の良いことに月に一度の全校集会の日。演説の際にそう表明してしまおう。私の言うことに逆らうような無粋な者は、この学園には居ないでしょうから。



* * *



「……………以上。生徒会長、賀衆院大和さんでした」

司会の者の言葉が言い終わらぬ内に沸き上がる生徒達からの「キャー!会長ー!」という声援。まぁこれはいつものことだから構わないのですが(寧ろ大和君ともあろう人に声援の一つもかからないなど有り得ない事ですからね)、今日はいつにも増してざわめきが凄まじい。

「次は、風紀委員長の九条怜さんの……」
「あ、ちょっと待っ」

また一際高い声援が上がったと思っていたら、何やら会長はまだマイクを離さずに口元にあてていた。

「今日は、転校生を皆さんに紹介します」

会長の落ち着いた声が響き渡る。
一呼吸置いたタイミングで壇上の袖からコツコツとゆっくり中央に向かって来たのは、まるで会長の生き写しのような人間。

「ど〜も。ご紹介にあずかりました転校生です。あ、賀衆院大河っていいます。え〜〜…まぁ、見ての通り…生徒会長の大和とは双子で…ちなみに俺が兄です」

髪の毛が明るいこと以外まるで大和君と同じ容姿をしていて、長々とこの金髪大和君が自己紹介をするのを心ここに在らずで聞いていたら、最後に放たれた言葉だけがスッと頭に届いて同時に一瞬周りの雑音がすぱっと消えた。

「ってことで、会長補佐に立候補しま〜す」


わあぁっと一気に盛り上がる生徒達とは裏腹に、私の心は重く暗い闇の底へ沈んでいくようで。

「…大丈夫ですか?九条先輩」
「え…えぇ、問題ありませんよ」

心配そうに私を見上げる生徒会書記の子の顔がゆらゆら揺れる。
何…このタイミングで転校生…しかも大和君と双子の兄…会長補佐に立候補…私が会長を助け…あぁ…

咳ばらいを一つしてから、淡々と本来の風紀委員長からの連絡事項を述べた。

「…うわっ、なんか今日の風紀委員長機嫌悪くね?」
「でもそんな九条様も素敵だ…!」



* * *



それからの日々はあまりに散々で、自分の不甲斐無さにただただ打ち拉がれていた。


「あっ、大和君その荷物」
「オレが持つよ〜っ」

横から割り込んできた大和君の兄とやらは、ひょうひょうとして私が大和君にしてあげたかったことを全てしてしまう。


「大和君、コピーを取りに行かれるのなら私が」
「オレがやるよ〜っ」

大和君がどっさり抱えていた書類をひょいっと奪ってから、彼はすれ違いざまにこちらをちらりと見た。

「“会長補佐”のオレの仕事だしねっ」

まるで「お前に会長は渡さねーよ」とでも言われているかのようで、腸が煮え繰り返るような屈辱を味わった。な、なんですかこの気持ちは…!



「あっ…!九条様おはようございます…!」
「ん…、あぁ」

いつものようにぴったり九十度のお辞儀をする、礼儀正しい私の親衛隊に笑顔を向けることすら忘れてしまっていた。



「大和君、本日の会議で使う資料ですが」
「あぁ九条、」
「なになにオレも混ぜて〜?」

大和君と話したいが為だけに棟の違う文系Sクラスまで赴いたというのに、いつの間にか彼は大和君の肩をがっしり掴んだ形で話に割り込んでくる。

あぁ、そうやって私も大和君の肩を自然に抱いてみたいのに。きっと私が会長補佐に就けていれば今まで以上に大和君との接点が増えて親密になって、もしかしたらそんな機会もあったかも知れないのに。


「もう…なんなんですか貴方は…」
「貴方じゃなくて、大河だよ?」
「存じてますよ」
「風紀委員長、オレには冷たいなぁ…」
「九条です」



* * *



今までよりも大和君と話す回数が格段に減ってしまった。“双子の兄”に私なんかの一介の者が敵うはずもないけれど、やはり落ち込まずにはいられない。

私は今日も、中庭にある私専用のカフェテラスに一人腰掛ける。それに気付いた親衛隊の一員が怖ず怖ずと私のテーブルにいつものティーセットを置いた。

「ど、どうぞ…!」
「あぁ、ありがとう」
「…!いっ、いえ…っ!」

恥ずかしそうに踵を返していく小さな背中をぼーっと見ながら、白いテーブルに肘をついてため息を吐いた。



「……ここ、いい?」

はっとして顔を上げればそこには愛しの生徒会長。
サッと周りを見渡してみても今日はあの邪魔者も居ないようで、私は自然と憂いた表情になっていた。

「今日は大河は先生に呼ばれてて、」

そんなことを言いながら静かに席につく。私は黙ったまま彼の紅茶を煎れながら、「そうですか」とさほど気にしていない素振りを見せた。

「最近、九条とあんまり話せてなかったと思って」
「大和君…」

一気に心躍るような面持ちになりながら、紅茶をゆっくり口元に運ぶ大和君を見つめていた。あぁ、その小さなお口に今私の煎れた紅茶が入っていく……

「…九条?」

恍惚と見惚れていたら、コトリとカップを置いた会長が不思議そうに私を覗き見てくる。

「あ、いえ…」
「ふはっ、九条面白い」

その拍子にテーブルに足が当たってしまい、少しだけ会長の手に紅茶用のミルクが垂れてしまった。

「あ」
「今すぐ拭きます…!」

最近、いつもならこんな時にあの邪魔者がしゃしゃり出てくるのだけど、今日はそんな心配をすることもなく私が誠心誠意愛を込めて会長の手を拭いて差し上げることができた。

「ありがとう」
「いえ」

会長のこういう優しい笑みを真近で見れたのはいつ振りだろう。感慨深くなってしまう。

「やっぱり九条といると安心するなぁ」

そう言った会長は至極柔らかい顔付きで、あまりにふわりと楽しそうに笑うから、つられて私まで笑顔になってしまう。

「それは何よりです」



---fin---




もう本当に書いたことのない設定だったのでこれがどんな出来なのか甚だ不安で仕方ありません(/´Д`)/でも会長とか風紀委員長とか書いてて凄く楽しかったです!
夕夏様、リクエストありがとうございました!



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