チャラ男×優等生





「おっはよー委員長!」
「あ、…おはよう」

沢井健人。
明るい髪色にいつもワックスで整えられている髪型。少し垂れ気味の大きな目はいつだって色んな友達を映していて、その整った顔立ちはみんなを引き付けて。着崩した制服と爽やかなオーラと屈託のない笑顔がとても魅力的な人。

休み時間いつものように自分の席で本を読んでいると、どこからともなく健人、健人という声が聞こえてくる。いつだって彼の周りには男の子も女の子も沢山いて、その中心で笑っているのは決まって彼だった。

噂によれば、あの辺にいる女の子とは全員付き合ったことがあるらしい。そんなに取っ替え引っ替えできるのも凄いけど、一度恋人になった相手とあんな風にまた友達に戻れるって凄い。

彼はどこをとってもまさに今時のタイプで、僕とは正反対の男だった。



チャラ男×優等生



「ねーねー委員長。コレ、教えてっ」

そんな彼は最近、何故か僕がお気に入りらしい。

教科教師が欠席の為この度自習となった六時間目のとある授業中。一斉にざわめき始める教室の中で、健人君は何故か僕の机の正面の席にガタンと躊躇なく座って数学の教科書をひらひらと掲げた。

「え……と」
「おーねーがーいっ」

まるでリズムを刻んでいるかのような言葉尻。小首を傾げてじっと僕を見据えるその姿が眩しくて、格好良くて。僕は彼の頼みを断れるはずもなかった。



* * *



突然だが僕はバイトをしている。日雇いの登録制のアルバイトで普段はティッシュ配りとか工場内軽作業とかが殆どなのだけど、今月末に迫ったハロウィンとかいうヨーロッパの祭りの影響で、今月いっぱいは商店街にてハロウィンコスプレに身を包んで子供達にお菓子を配らなければならないらしい。

「あー!!オバケだ!ママー!オバケー!!」
「あらあらそうねぇ、可愛らしいオバケだこと」
「はは…ほら、お菓子だよ」

今日はオバケのコスプレだ。ちなみに先週は魔女のコスプレだった。なんで男の僕がよりにもよって魔女の服を着ければならないのか甚だ疑問で仕方がなかったが、これも仕事なのだからと自分に言い聞かせて頑張ったものだ。



オレンジ色の包みに入ったお菓子もあらかた無くなり、あぁもうそろそろ上がりかなどと考えて夕刻の空をふと仰ぎ見た時だった。

――そこには、健人君がいた。

商店街の電灯の横に佇む健人君は明らかに周りから浮いていて、僕の方をちらちらと見ては周りをちらちらと交互に視線を泳がせる様は良い意味で滑稽に見えた。……あ、お菓子が欲しいのだろうか。

「あー…えっと、」

どう声を掛けたらいいのか分からなかったので、そのままお菓子を差し出してみた。在庫最後の包みを。

「え…いいの…っ!?」

瞬間、やたら目を輝かせた健人君はオレンジの包みを嬉しそうに受け取って、まるで見る者全てを恋に落としてしまいそうな極上の笑みを浮かべた。

「あーうん、どうぞ」
「っしゃ!ありがと委員長ー!」

そそくさ立ち去っていくその様子を見る限り、やはり彼はお菓子が欲しかったのだろう。健人君みたいな人でもハロウィンのお菓子に興味を示したりするものなのか…。健人くんの意外な一面をかいま見れた気がして、僕は気分上々で帰路に着いた。



* * *



「委員長とかでもバイトすんだなーっ」
「良い社会勉強になるんだ、バイトは」

ほぉー!と至極感心したように頷きながら購買のパンをかじる健人くん。僕はコンビニで買ったおにぎりを食べながら、何で最近健人くんは当たり前のように僕と一緒にお昼ご飯を食べているのだろうかと考えていた。
天気が良くて暖かい昼下がりの屋上。時折吹く風は少し冷たいけれど、心地好いものだ。



「なぁ……豊田」
「えっ…な」

ふと、健人くんが少し不安げな顔で僕の名前を呼んだ。いつも委員長委員長と呼ぶものだからてっきり僕の名前なんか知らないものとばかり思っていたので、あまりの衝撃に一瞬おにぎりを落としそうになってしまった。

「これからさ、豊田って呼んでい?」
「あ、あぁ構わないけど」

陰っていた表情がぱあぁっと明るくなって、不思議とそれにつられて僕も笑顔になる。

健人くんは凄い。ハロウィンのお菓子とか、僕の名前を呼ぶだとか、そんな些細なことでこんなに楽しそうに笑って、隣に居る僕までいつのまにか笑顔にしてしまうのだから。あぁなんだろう、この気持ちは。



* * *



「豊田ー」
「ん?」

昼休みの屋上で、空腹を満たした後のひと時の休息時間。フェンスにもたれて文庫本をぱらぱらと捲っていた時のこと。僕の隣にしゃがみ込んだ健人くんは徐にこちらに顔を向けた。

「オレってさー、チャラチャラして見える?」
「あー……うん、まぁ」

ははっそうかーと特に気にする様子でもなく頭の上で手を組んだ彼は、突然こんなことを口にした。

「でもさーそれ、全部フェイクなんだよね」
「……?」

本に落としていた視線を健人くんに向けて、少し上目に彼を見つめる。「それ、どういう意味?」とばかりに首を傾げながら。

「オレ、好きな人が居てさ。でも絶対叶わないって分かってるし、なんつーか…本来好きになんかなっちゃいけない人なんだよ」

そう言う健人くんの顔は真剣そのもので、あぁ、この人にはこんなにも想っている相手がいるのだなと思うと急に胸が苦しくなった気がした。

「…だから、周りにバレないようにチャラ男演じてんの。つかぶっちゃけオレ女の子と付き合ったことないしね」
「えっ」

驚いた。彼にはいつも色んな噂が付き纏っていたし、そのどれもがチャラいだとか節操無しだとか、そういう類のものばかりだったから。

「あーその反応!もしかして豊田もウワサ信じてたー?」

にししと綺麗な歯を見せて笑う健人くん。神妙な面持ちでその笑顔を真正面から受けた僕はなんとも不思議な気持ちになった。
おずおずと頷くと、健人くんは何かごにょごにょ独り言を呟いてから(たしか「言ってよかった」とか聞こえた気がする)、更にニカッと眩しい程の微笑みを見せてくれた。

「あ…でもフェイクって、」

そう聞けば、健人くんは苦笑いを浮かべて視線を逸らした。

「や、あーね、うん」
「僕なんかの言葉はあれかも知れないけど……。す、好きになってはいけない人なんていないと思う」

正直に思っていたことを口に出してみた。すると健人くんはまた顔をこちらにやって、少しばかり驚いたような表情を見せた後ふわりと優しい笑みでこう言う。

「んー…豊田、ありがと」
「もし望みのない相手だったとしても、気持ちを伝えるくらい…」
「じゃあさ、」

僕の言葉を遮るように静かに口を開いた健人くんは、僕達の間に開いていた数センチの距離をぐぐっと詰めてぴたりと肩をくっつけた状態で……彼の言葉を待つ僕の肩をそっと抱いた。

「…?」

何故僕は彼に抱き寄せられているのだろうか。まるで恋人同士みたいに。この状況を見た者は、僕達の関係をどう思うのだろうか。

「え…と……健人、くん」

少しだけ強張った声が出た。決して今こうしているのが嫌なわけではなくて、むしろ何故だか緊張しているくらいなのだが、肩から感じる健人くんの鼓動はもっと騒がしく聞こえる。

「豊田の言葉に甘えることにするわ」

ぐっと更に引き寄せられて、体制まで変わって正面から抱きしめられた。いきなりの出来事に体がついていかず、膝に置いていた本がばさりと地面に落ちた。

「え……健人く」
「気持ち、伝わった?」

耳元でそう囁かれて、僕の心臓が急に激しく鳴り出すのを感じた。





---fin---





チャラ男にならなかった…!チャラ男っぽい爽やか純情少年になってしまいましたすみません…!二人の恋はこれからですね(σ´з`)σ
彩原様、リクエストありがとうございました!





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