act.57




先輩がオーストラリアに行ってしまってから4日が経った。

毎日電話するーなんて約束はしていないけれど、電話はあの日以来していない。
ほぼずっと携帯を離身離さずに過ごすなんて人生で初めての出来事かも知れない。だって、もしちょっとしたタイミングで先輩からの着信に出れなかったら嫌じゃないか…!

それに自分から電話する勇気なんてないし、メールだって先輩から来なければ送れない。
俺は平凡な高校生として毎日ヒマな夏休みを送ってるわけだけど、先輩はまるで違うから。迷惑だけは絶対かけたくない。せっかく貴重な家族団欒や、仕事の邪魔なんて出来ない。

そりゃ寂しいよ。もうすっごいすっごい寂しい。本当は毎日朝昼晩電話して、今何してるかとか今日はどんな予定で何処行って何をするのかとか誰と会ったとか何を食べたとか全部知りたい。

でもその欲望を全部ぶちまけるのは我が儘だから。
そんなことして先輩に呆れられたりウザがられたりしたくない。…まぁ、そこまでいくと度の越えた束縛だし。

だから俺はじっと我慢してた。

こっそり買い漁っている先輩が載っている雑誌を隅から隅まで眺めたり、友達と電話したり、来週うちにやって来るいとこの為の買い出しに母親に付き合わされたり、そんなことをしながら先輩からのコンタクトをじっと待っていた。

そしたら。

「えと…あれ。もしかして先輩、機嫌悪いですか?」
『ん"〜……』

二日振りの先輩からの着信に浮かれて電話をとったはいいものの、受話器の向こうから聞こえてきた愛しい人の声は明らかにそう、機嫌が悪かった。

「みっ、水沢先輩…?」

俺、なにかしちゃったかな。
おそるおそる名前を呼んでみる。

『中村クンさぁ、』
「は、い…」
『あ"〜…やっぱ何でもない。ごめん』
「えっ…ちょっ、ちょっと!切らないで!水沢先輩、切っちゃやだ…」
『………。』

久しぶりに声を聞けて、胸がドキドキいってるはずなのに。嬉しいはずなのに。
今の心臓は別の意味でドキドキしてる。

「先輩…好きです。大好き。会えなくておれ、寂しいです…」
『………ん』
「何かあったんですか?ちゃんと話してください。俺じゃ力になれない…?」

精一杯の気持ちを乗せる。伝われ、伝われ、と思いながら。

『や…あのさ……』
「はい!」

『ん"〜…っ!やっぱやめ!ごめん!』
「………。」


――伝わらなかった。
俺の気持ち、届かなかった。


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