act.50




『もし?』
「っあ、すみません俺です。起きてましたか?」
『全然平気〜どした?』

受話器越しに聞こえてくる、まだ聞き慣れない愛おしい声に胸がとくとくと温かいもので溢れていくのがわかる。

「あ…いえ、用件はないんですけど…」

今更だけど、理由もなく夜中に電話をかけてしまって迷惑じゃなかったかな。

…でもそんな不安は、先輩のひどく甘く優しい声色と次に発された言葉ですぐに消え去った。

『ふは、そっか』

じゃ俺から用件。と言って切り出されたのは、先輩から初めてのデートのお誘い。

「行きます行きます!すごく行きたいです!」
『そんなに喜んでもらえると誘い甲斐あんなぁ』
「先輩になら、いつ何処に誘われたってホイホイ着いて行きますよ」
『ぷっ、なんだそれ!』

でも事実俺だけでなく、先輩からの誘いならホイホイ着いてくるって女子は腐るほど居るんだよなぁ。
こんな台詞もきっと、聞き慣れてる。

『――中村クン?どした?』
「っあぁ、すみません」

頭の端にチラついた不安の渦が、チリチリと胸を焦がしていく。
先輩の不審そうな声にハッとして慌てて取り繕ったように返事をした。

「何でもないです、だいじょ『なぁ中村クン…なーんか変な心配してんだろ』っ…、」

途中で被さるように核心をつかれ、ぐっ…と押し黙る。
返す言葉が見付からない。違いますよと嘘もつきたくないし、かといってそうなんですと不安の内をひけらかすのはあまりに自分が惨めだし何より醜い。

数秒の間何も言えないでいると、困るでも呆れるでも面倒くさがるでもなく、ただただ優しい声が降ってきた。

『余計なこと考えんなくていいから、安心しろよ………ちゃんと、その…好き、だから、さ』

最後の方は本当に尻窄まりになりながら告げられた言葉に、ポッポッと頬が色付いていく。

「せっ…ぜんば…っ…」
『ちょ、泣いてんのか?お前ちょっ…もう泣きやめって…会いに行きたくなるだろ』
「う"…っ………え」

最後の言葉に素で固まる。
だって、そんな……もうそろそろ日付が変わりそうな時間で、ちょっと俺が泣いたからって、そんくらいで、だってだって……

『…行かない方がいい?』
「きっ、来て、欲しいです」

ん。と満足そうな返事が返ってきて、ぶわわっとまた涙腺が崩れて涙が瞳を濡らした。

『じゃ、あとで』


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