モダモダ社会人もの


――あ、また。
今年入社してきた新入社員の斎木は仕事のよく出来る奴ともっぱらの評判で、他部署の俺でもあいつの噂はよく目立って耳に入ってきていた。

――あ、また、だ。
最近、会社の廊下ですれ違ったりだとか、喫煙所とか、はたまた便所だったり、いたる所であいつを目にする機会が増えた。
偶然にしてはやけによく会うなと思っていたら、いつの間にか俺はあいつを目で追うようになっていた。




モダモダ社会人もの




「あ、あの、沢田さん、ですよね?」

廊下の先、窓際に位置するちょっとした休憩スペース。いつも骨休めに熱いブラックコーヒーをすすりながら一息つく場所。
今日もいつものように、パソコンと睨めっこし過ぎてショボショボしだした目に休憩を入れる為、そこの藍色のソファーに軽く腰掛けていたら、 遠くからこちらに歩いてくる斎木の姿が見えた。
やっぱりよく会うなぁなんて思いにふけってコーヒーをすすっていると、ターゲットは真っ直ぐ俺の目の前まで進んできた訳だ。

「あ…あぁっゴホゴホ…っ、君は」
「新入社員情報管理部の斎木翔太といいます!開発部の沢田さん、ですよね?」

まさか、いつも目で追っていた先にいる彼の方から話し掛けられるなんて思ってもみなかった俺は、年甲斐もなくコーヒーを喉に詰まらせて噎(む)せて、更には吃ってしまった。それに気付いているのかいないのか、斎木はハキハキと自己紹介を続ける。

「沢田さんの噂は兼ね兼ね伺ってます!」

そんな風にキラキラした目で俺を真っ直ぐ捉えるものだから、思わず目を泳がせてしまう。

「あぁ…ありがとう。斎木君の噂もよく耳に入ってくるよ」
「え!そんな!恐縮です!」

――と、そんなやりとりをしたのが五年…いや六年前だったりする。歳をとるとどうも記憶が曖昧になって困る。はは、俺ももう来年で三十代に突入するし、な。




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「沢田さん」
「何だ?斎木」
「お昼行かないんですか」
「おぉ…、もうそんな時間か」

二年程前にあった大掛かりな部署異動のおかげというべきか、俺と斎木は見事に同じ部署へと揃って異動となり、斎木は俺の直属の部下として毎日顔を合わせるようになった。

初めて会話を交わしたあの時のフレッシュさは何処へやら、思いのほか低血圧ボーイだったらしい彼は、チラチラとこちらの手元を見遣りながらそう聞いてくる。
ちなみにこいつのコレは、「もうお昼休み入りましたけどまだ仕事するんですか?」ではなく、「(僕と一緒に)お昼行ってくれないんですか?」の意なのであることを最近発見した。

「飯、行くか?」

俺のデスクの横でポツリと立ちつくす斎木にそう問うてやると、奴は無言でコクリと頭を縦に振る。まぁ毎度のことながら、大型犬のようでちょっと可愛いとか思っていたりもするんだけど。




「あっ」
「…っ…悪い」
「いえ」

馴染みの定食屋でいつものようにAランチを注文し、ふとテーブルに置いていた煙草を取ろうとした矢先、思いがけず隣に座っている斎木の手と触れてしまった。

いや、こんなこと別に大したことでもないんだけど、……ないはずなんだけど、斎木に触れた手の甲がチリチリと熱を持ったように熱くなっているこの状態は、どう説明すればいいんだろうか。
たかが後輩と手がぶつかってしまっただけの事故…事故と呼ぶ程大それたことでもないのに、さっきからカウンター席の隣ほんの十五センチ程の距離に居る斎木のことばかりが頭を巡ってしまう。

「…どうしました?」
「あっ…、いや、なんでも」

無意識に斎木の方を向いたままボーッとしてしまっていたらしい俺は、いつの間にか運ばれてきていたAランチにも気付かなかったわけで。

うーーん、これは……


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