ナイトレイ&アベル=ヴァーチャー
R=カイン=ナイトレイがまだ軍人だった頃。
アベル=ヴァーチャーはよくカインの実家に訪れていた。
誘わないとこないが、誘えば必ず来る。
アベルの目的は主にカインの母の美味い飯だった。
「アベルは本当によく食べるわねぇ」
カインの母親は感心といった様子で言った。
アベルは口に含んでいた食べ物を飲み込むと、恥ずかしそうに頭をかいた。
「いやだなぁ、いつもこんなに食ってるわけじゃないんですよ。おばさんの料理があんまりにも美味しいからついね!」
「あら、うれしいこと言うわね!じゃあこれも食べて」
「ありがとうございまーす!」
先ほどおかわりをしたばかりだというのに、アベル皿にまた新たな料理が盛られていく。
それをまるで水のように流し込んでいくアベルにカインは呆れまじりのため息をついた。
「あれ、カイン食べないの?」
「お前見てたら腹一杯だよ」
アベルは不思議そうな顔でカインの顔をのぞく。
本当に、アベルの食いっぷりを見てたら腹一杯だ。いや、それを通り越して若干気持ち悪い。
「この子もアベルくらい食べてくれたら作りがいがあるのにねぇ」
「だよねぇ」
「お前は食いすぎなんだよ!」
べしんと、アベルの頭を叩く。アベルは、え〜、とカインの母親と顔を見合わせた。
「あんたはほんと愛想がないわね」
「ほんとにねぇ。俺がおばさんの子だったら街中の食材全部かき集めてでも料理作ってもらうよ」
「アベル…!」
「おばさん!」
ひしっと抱き合う二人。
酒でも飲んでいるのではないかというくらいのテンションだ。
残念なことに、二人はいたって素面なわけだが。
この二人は何かと気が合うらしく、こんな風に二人でふざけているのは、もう見慣れた光景だ。
今は仕事で地方を渡り歩いている父親も、帰ってくる度にアベルに会いたがっていた。
うちの家族とアベルはなにやら波長が合うらしい。
「……いっそうちの家族になっちまえばいいのにな」
カインは無意識にボソリと呟いた。
自分でも言葉に出しているのかいないのかわからないほど無意識な呟き。
しかしながらこの呟きは、アベルとカインの母親にしっかりと聞き取られていた。
カインを見てキョトンとする二人にキョトンとするカイン。
暫しの沈黙。
「……おばさん、どうしようプロポーズされたー!」
「!?」
沈黙の末、アベルが叫んだ。
カインはその発言に目を丸くし言葉を失う。
「ちょちょちょ、ちょっと待て!なんでそうなる!」
「今のはつまり“嫁にこい!”ってことだろ?」
「ちげーよ!」
渾身の力をこめてアベルの頭をなぐる。とても良い音がした。
「なんだよー。あ、もしかしてお前が嫁になりたかった?俺はどっちでもいいから、じゃあ婿養子かな」
「だからちげえっつの!お前の頭はどうなってんだ、えぇ!?」
顔がひどく熱い。
アベルの胸ぐらをつかむ手まで真っ赤だった。
「俺はだな、その養子にでも…と…」
そう言いながら、アベルの顔を見て、言葉を失った。
アベルはするりとカインの手をぬける。そしてカインの母の方に向き直り、ふざけて、こんな婿でもいいですかー、と言った。
雰囲気は依然として明るく楽しいものだ。
しかし、あの一瞬のアベルの顔を見たカインは、そんな空気になじめそうにもなかった。
カインはひとり居心地悪そうに舌打ちをした。
「まだ寝ないのか」
屋根の上で星を眺めるアベルにカインは声をかけた。
アベルは、んーと気のない返事をかえすだけ。
カインはアベルの隣に腰掛け、視線を追った。
今日は満月。
雲一つない星空に囲まれて、月はまるで落ちてきそうなくらいはっきりと、その場で輝いていた。
それを眺めるアベルの横顔を見て、ふと思う。
あの時の、アベルの顔。
少し複雑そうな、あの笑顔。あれが頭から離れない。
あの笑顔が何を意味するのかはわからない。
拒否とも、歓喜ともとれぬ笑みだった。
「アベル」
カインが呼ぶと、アベルは、ん?と短い返事をして振り返った。
カインは真剣な面持ちでもう一度言う。
「養子にこいよ」
アベルは特に動じることなく冷静にそれを聞いていた。
「ありがと」
アベルは先ほどの笑みとは違う笑顔で礼を言った。そして月に向き直る。
アベルの蒼い瞳が月の色と混ざりあっていた。
「でも、俺はこのままでいいよ」
もったいないけど、とアベルはふざけたような口調で付け足した。
カインは何を言っていいかわからず、押し黙る。
それに気づいたアベルはカインの顔を見て言った。
「今のままで、充分すぎるくらい幸せなんだ。親はいないけど、育った家はあるし、愛情持って育ててくれたシスターもいる」
自らの足下を見ながら、誇らしげにアベルは言う。
「それに、信頼できる友達もできた。俺にはこれで充分だよ」
月は二人を静かに照らしていた。
カインはアベルの誇らしげな表情を見て、思った。
こいつは、こういうやつだった、と。
アベルはないものねだりをしない。
いつも現状をうけいれて、そこに幸せを見いだそうとする。
そういうところが、好きだ。
アベルに出会えて本当によかったと思う。
「…わかったよ、…でも、またいつでも飯食いにこいよ」
「やった。これが生きてる楽しみなんだ」
「安い楽しみだな」
「そんなことないよ」
そういうとアベルはカインの母の料理について語り始めた。
カインはその楽しそうな顔に呆れたような笑みを見せる。
それを見て、アベルは思い出したように言った。
「あ、でも嫁にっていうなら考えてあげないこともないよ」
「ばか」
こつんと、アベルの額を小突く。
自然と笑みが溢れた。
「ほら、身体冷やすだろ。はやく来いよ」
「はいはーい」
屋根からおりるカイン。
その姿を見送ると、アベルは再び月を見上げた。
闇夜に浮き出る、不自然すぎるくらい美しい円。
今までは、この円をただの美しいものとしか見ていなかった。
でも、最近は違う。
「家族なら……ね」
アベルはぽつりと呟き、微笑む。
その呟きは、闇の冷たい空気に呑み込まれ、消えていった。
おしまい
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あとがき。
以外に票が多かったカインとアベル(ヴァーチャー)でした。
このアベルってはっきりでたの“僕らの未来。”だけだったんでどうかなぁ、と思ってたんですが、やはりナイトレイの主人公効果ですかね!笑
最後意味深なおわり方をして申し訳ないです。
本編が追い付いていないからです。←
あと、アベルがカインの実家にちょいちょい来てると言うのは本設定です。
カインの実家は飯屋。こっちは母親が切り盛りしてて、父親は世界各国をめぐる骨董ハンター…みたいなことを本編でかいた気がする。←
投票ありがとうございました!