ナイトレイ&八咫
「なぁー」
「あぁ?」
「ジンのどこが好きなの?」
「…っ」
ナイトレイが口に含んでいた珈琲を噴き出した。いや、むせただけみたいだ。
あぶね、ナイトレイが横向いて座っててよかった。
八咫はナイトレイの向かいのカウンター席に座りながらそう思った。
早朝、開店前。まだ客はいない。
朝食を済ませ、手持ちぶさたな八咫は、同じく朝食を済ませ、仕込みも終えたナイトレイの前に座っていた。
ジンはといえば朝食の食器洗い中。まったく、よく働くやつだ。
「で、どこが好きなの?」
「お前…聞くなよ」
ナイトレイは口を拭いながら言った。
そして、おもむろに煙草をくわえ火をつけた。
あとでジンに言いつけてやろう。
「別に、単純にだよ。じゃあジンじゃなくてもいいや。うーん…シエルドさんは?どう思ってる?」
「ハイデッガー?」
ナイトレイは煙草をくわえながら天井を見上げた。
これはナイトレイの考え事をするときの癖だ。最近気づいた。
「H.P.よりはハイデッガーの方がマシだな。最近、はっきり喋るようになってきたし。やつ自身、我をしっかり持ってるし」
「好き?」
「あぁ」
嫌いじゃねえよ、とナイトレイは言った。
八咫はその返答に興味深そうに頷いた。
訳のわからないナイトレイは首を傾げる。
「じゃあヤシロさんは?」
「ヤシロ?」
ナイトレイの顔が少し歪む。八咫は少し期待して返答を待った。
「ナイトレイってヤシロさんに冷たいよね」
「…あぁ、あの……飄々としたところが、気に食わねぇんだよなぁ…」
ナイトレイはふーっと気だるげに煙を吐いた。
そして、うーんと唸りながら頭を掻く。
「でも…あいつには色々助けられてるからな…あいつがいなかったら、今ここに、俺はいなかったわけだし…」
「感謝してる?」
「…まぁな」
ナイトレイは少し複雑な表情をしながら言った。きっと照れ臭いのだろう。
ナイトレイらしい。
八咫はそんなことを思いながら、ナイトレイに纏わる人物を思い浮かべた。
そして、ナイトレイに続いて照れ臭そうに、思い浮かべた名前を紡ぐ。
「じゃあ…ちゅ、中佐は…?」
「好きだな」
「え!?」
「はは、冗談だっつの」
ナイトレイは意地悪く笑ながら、からかうようにポンっと八咫の頭を叩いた。
思わず取り乱してしまった八咫は、その恥ずかしさに赤面する。
アルバートはナイトレイを尊敬してるから、もしナイトレイもあいつを好きなら、自分に勝ち目はないと思った。
そこまで好きになってしまっているのだと、ナイトレイにバレてしまっているようで、恥ずかしい。
「まぁ……軍人のわりには、嫌いじゃねえけどな」
「…それ、中佐が聞いたら喜ぶよ」
「じゃあお前が言っとけ」
こういうとき、ナイトレイは大人の余裕的なものを見せつけてくる。
というか、ジンに関して以外は基本大人なのだ、この男は。
「で?お前はなんでそんなこと聞くんだよ」
ナイトレイは煙草の煙を吐き出しながら訊いた。
八咫は、ん?っと短い返事をしながらナイトレイを見上げる。
「…いや、別に理由はないよ?」
嘘だ。本当はちゃんと理由がある。
ナイトレイの見ている世界が、気になった。
彼の目に、我々はどう写っているのか。
それだけ。
そして、聞いてみれば、八咫には意外な返答ばかり。
彼は、思ったよりも、我々を好意的に見ていた。
「…なんだよ。ニヤニヤして」
「別に〜?」
八咫は満足気な顔をして言った。
ナイトレイは訝しげな顔をしていたが、すぐに諦めたように煙草に視線を落とす。
すると、八咫は思い出したようにナイトレイに訊いた。
「あ、じゃあ俺は?」
ナイトレイは始めはきょとんとしたような顔をしていたが、笑って八咫の頭をポンッと叩いた。
「当たり前だろ?」
八咫は少し照れ臭そうに、そっか、と呟いた。
おわり。
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あとがき
ナイトレイは無愛想で、いつも不機嫌そうな顔をしていりもんだから、皆への評価もあまり良いものではないのかもしれないと思っていたら、案外満更でもなく、素直な返事が返ってきたみたいな、そんなお話です。
もしかしたらナイトレイは、八咫の前にいるときが一番素直かもしれない。