復讐の先に待つものは闇。
それを知ったところで考えが変わるわけでもない。あの日から私には明るい未来なんか見えてなんかいない、闇しか見えてないんだ。
だから、誰に何を言われたって揺るがない。
「おい、お前の望みはいったい何なんだ」
そう言ったのはヘビースモーカーの海軍大佐。
目の前で一定の距離を保ちながらお互いに視線を合わせる。戦うわけでもなく、捕まえるわけでもなく。
何も言わない私にもう一度"お前の望みは何だ"と聞くが、それでも私は黙っていた。
「……魚人への復讐か」
その言葉にピクリと反応してしまった。目の前の彼もそれに気付いたようで顔を顰める。
魚人とはなにかと因縁が深い。私が生まれた島が魚人島であり、その魚人島は私を追放した島だ。そしてベルメールさんを殺したアーロン一味。
魚人に対して復讐をするのもある意味で望んでいる事だけど1番の望みは違う。
海軍大佐から視線を外し青く広がる空を見上げた。
「私の望みはいつだって変わらないよ」
なにひとつ変わらない。ずっと願い思い続けてきた。どんなに醜い感情が湧こうと復讐に向かって進んで行こうと、これだけはブレたり濁ったりしない。綺麗なまま。
「…私はただ、もう一度、海へ戻りたいだけ」
++++++
ガコン、と音がなり横になっていた身体を起こすと船の先が岩にぶつかっていた。小さな船は何度も岩にぶつかり波や潮風でボロボロだった。もうそろそろこの船も駄目だなと思いながら視線を先に向ける。
そして目に写った景色に自然と口角が上がるのが自分でもわかった。
どうやら、船はもう必要ないみたいだ。目の前に広がるのは私が目指していた島。持ってきたローブで頭まですっぽり覆い、岩から岩へと飛びながら島へ上陸する。
8年ぶりの島でもしっかりと道を覚えているみたいで、迷う事なく進んで行くことができた。私が目指すのは右の方角。忌々しい海賊旗が揺れる塔へ。
それが私の最初の目的地。
「………」
砂地を歩き、林を抜け。
だんだんと見覚えのある景色が広がってきた。
海の見える丘。ここから何度もみんなで海を眺めて夢を語り合った。
ココヤシ村へと繋がる道。よくここをナミとノジコと競争して走り抜けたっけ。
この道を行けば村の外れにある私たちの家だ。
思い出すのは楽しい、幸せな記憶。平穏で温かな街。想像するだけで自然と笑顔になれた。これから向かう先のことなんか気にせずに思い出に浸れる。
それでも思い出せば思いだすほどに、それを壊した魚人の存在がチラついて苦しくなる。
歩く足は止めずにぐっ、と拳を握った。
「……、っ!?」
歩いていた足を止めサッ、物陰に隠れる。
思わず被っているフードを深くかぶり顔を隠した。心臓がバクバクと鼓動を打つのが自分でもよくわかって、深く深呼吸をする。
落ち着け、落ち着け。こんなことしたって落ち着けないことは自分がよくわかってるのに。
物陰からそっと顔を覗かせれば、やっぱりそこには彼女がいた。見間違えるはずはない。8年の時間がすぎていても私は見間違えるはずない。大きくなった彼女の姿に声が漏れる。
「………ナミ」
目の前に座り込むナミは泣いていた。
何があったかはわからないけど、今目の前でナミは泣いている。悔しそうに、悲しそうに。
「…っ、アーロン」
振り絞るように出した声にこもる憎しみ。そのまま腕を握り締める。
チラッと見えたのは確かにアーロン一味のマークである刺青でナミに何があったのか疑問に思った。何故あの子があの刺青を?
そう思った瞬間、ナミが自分の腕にナイフを突き立てた。
「アーロンッ!!アーロンッ!!アーロンッ!!」
何度も何度も左肩に突き刺す姿が痛々しい。まるで痛みなんか感じていないかのように何度も何度も腕に突き刺した。
アーロンへの憎しみを込めて刺青を消すように何度も何度も。血が流れるのも構わずにいるナミ。
「アーロン!!アーロン!!ッアーロン!!」
「………」
飛び出して止めようかと思って一歩を踏み出すが、すぐに引っ込めた。
ナミの後ろに近づく人影に身を潜める。
麦わら帽子を被った少年。
同じように帽子を被った彼、エースが言っていた。ゴムゴムの実を食べてカナヅチになっても、海賊になるのを夢見てる手のかかる弟がいると。
エース言っていた弟が目の前少年だとすぐにわかった。だって、エースの言うように彼は…
「ルフィ…助けてっ」
「…当たり前だぁ!!!!!」
どこまでも真っ直ぐな瞳をしていた。真っ直ぐで曇りのない瞳。
そんな彼に思わず頬が緩んだ。
彼はナミ帽子を被せ仲間を連れてアーロンパークへと向かって行った。
ナミの為にアーロンを倒しに行くのか。海賊にしてはずいぶんと人が良い。けれど、そんなやつの方が面白い。
私は頬を緩めたまま来た道を戻った。
(暗闇に光が見えた。そんな感じだ)