聖闘士星矢 | ナノ

Origin.


水が欲しいと強請る魚


自分だけに見せてくれる仕草があれば。
自分だけに向けてくれる言葉があれば。
それは、1つの幸せであると、誰かが言っていた。

けれど、本当にそうなのだろうか。
それが、こんな形でも?


「はぁ、貴女は謝ることすら忘れたのですか。」


厳しい視線が自分に注がれる。
ナマエは何も言えずに俯いたままだ。
視界の隅では貴鬼がこの状況下にどうしようとあたふたしているのが分かる。


「もう結構、下がりなさい。」
「でも、」
「でもも何もありません。貴女がいては何1つ進まない。下がりなさい。」
「……は、い。」


鋭く、早口で紡がれる言葉に何も言えず、ナマエは静かに立ち上がって部屋を後にした。
心地悪い空気の中、息苦しいと言わんばかりにムウは溜め息を吐く。


「ムウ様……、」
「なんです?」


限りなく優しい音色だが、その中にはまだまだ苛立ちが隠されていた。
貴鬼は視線を泳がせながら自分も怒られる覚悟で口を開く。


「あれじゃ、いくらなんでもナマエが可哀想じゃ……。」
「最低限もやれない子に、ましてや謝ることもできない子にかける優しさなどありません。」
「でも……ナマエも頑張ってて……。」
「貴鬼、頑張ったからすべてが許されるわけではないのです。もちろん、彼女の頑張りは私も認めましょう。
しかし何もなっていない。あれでは到底褒められもしません。彼女も大人なのです、いつまでも子どもではない。」


話しは終わりです。と言わんばかりにムウは背中を向けて奥の部屋へと入ってしまった。
これから頼まれていた聖衣の修理が始まる。
1つならまだしも複数依頼されているために、今日1日は篭りっぱなしだろう。

貴鬼は困ったように頭を掻き毟り、暗い背中を見せて立ち去ったナマエを追った。

きっとまた蹲っているのだろう。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
そう思い駆け足で追うと、予想と反して彼女はキッチンにいた。


「……ナマエ?」
「……また、やっちゃった。ごめんね。」


しかし、眉を下げたまま微笑む彼女の顔は、今にも泣きそうだ。
少しでも元気づけようと、貴鬼は普段と同じ調子でにぱっと笑みを見せる。


「大丈夫さ! ムウ様だって、今日はちょっと忙しいから機嫌悪かっただけだよ!」
「……そうだね。ありがとう、貴鬼。」


後頭部に腕を組みながらそう言えば、ナマエは表情を変えないまま答える。
そんな無理した様子に、思わず貴鬼の顔も暗くなった。


「ナマエが頑張ってるの、ムウ様も知ってるって。」
「うん。……でも、頑張っても空振ったら、意味ないの。」
「どうして、謝らなかったの?」


今日は、彼の大切にしていた工具を傷つけてしまった。
人からの貰い物なんです、そう言っていた彼の優しい眼差しを思い出す。
そんな大切なものを、傷つけてしまったのだ。

ナマエはこの宮の主であるムウに引き取られてから、何度も同じような過ちを繰り返した。
それでも自分を助けてくれた恩人のために何とか恩返しがしたいと頑張ってきた。
その結果、これらばかりの惨劇だ。


「ムウ様は、私が謝れば何度だって許してくれたわ。これから気をつけなさいって。」
「うん、だから今日だって。」
「でも、それって甘えていることになるのかなって。」


どんな惨劇を起こしても、彼の厳しく突き刺さるような言葉の前に謝罪をすれば、彼は許してくれた。
それはもちろん渋々な様子であるし、完全に許すというものではない。
けれど、それでいつも終わっていた。

そんな繰り返し。


「謝ればいいみたいに、思われたくなくて。」
「でも、謝らないと……。」
「ねえ、貴鬼。」


ナマエの手の内には金属製のボウルがあった。
貴鬼の背ではその中身は到底見えないが、何かを混ぜていたのだろう。


「私、ムウ様のためにできることからやりたい。」
「うん……。」
「失敗してもなんて言われても、ムウ様が私のすべてだから。」
「ナマエ……。」
「でも私、やっぱり邪魔になってるのかな?」
「そっそんなことないやい! ムウ様だってナマエが来て喜んでるよ!」
「そうかな? だって、ムウ様、凄く、…凄く冷たいわ、私にだけっ……。」


気丈に振る舞っていたナマエが遂に涙した。
貴鬼は思わずぎょっとして、あたふたとする。
だが彼女の瞳から流れる雫は、ぽつりぽつりと次第にスピードをあげてボウルの中へ注がれていく。


「な、泣くなって〜! ムウ様もきっと、女の子への扱い分からないんだよ! ほら、ここ男ばっかりだし!」
「でもアテナ様には紳士的だわ。この間見た時は女性に手を差し伸べてた。あの優しげな顔立ちでっ!」
「そっ、それは……! ナマエが特別なんだ! そうに違いないや!」
「特別? こんな対応される私が特別だなんてそんなの悲しすぎるわ。
私はただムウ様もお役にたちたくて、あの方が大好きで、それだけなのに……!」
「お、落ち着いてくれよ〜ナマエ〜!」


いつになくヒートアップして啼泣するナマエに、貴鬼は心の中でムウに助けを求める。
だが、実際彼が今現れては更に彼女の心を下手に刺激するだけなのだろう。


「こんなの、幸せなんかじゃないッ……!」


自分だけに見せてくれる仕草があれば。
自分だけに向けてくれる言葉があれば。
それは、1つの幸せであると、誰かが言っていた。


「こんなのっ……!」


溢れ出てくる涙は、もうボウルいっぱいに溜まっているのではないか。
そう思わせるくらいだった。

貴鬼はそんな彼女に様子に眉を下げる。
彼自身にもムウが何故こんなにもナマエに冷たく当たるのか分かっていなかった。
どうして、とムウに聞いても納得のいく言葉は1度も返ってこない。

だから、どうやって今も哀しみ嘆くナマエに声かければいいのか分からない。
それでも、放っておけなくて。


「ムウ様もお役にたちたいんだろ!」
「貴鬼……。」
「お、おいらだって、ムウ様もお役にたちたいけど全然ダメで、まだ聖衣の修復なんてまともにできやしないけど、でも、それでもおいらは諦めない!
ムウ様の後を絶対においらが引き継ぐんだい! だっだから、その、ナマエも、……えっと、」


勢い任せの言葉に、後が続かない。
しどろもどろになりながらも懸命なその姿に、ナマエの口から思わず笑みがこぼれた。


「っはは……、」
「ナマエ……?」
「そう、だよね。諦めちゃダメだよね、…ムウ様に認めてもらえるように、しないと。」


やと笑みを零したナマエに、貴鬼は酷く安堵した。


「そうだっ、それ、何作ってるんだ?」
「あっ、わ、忘れてた…!」


ずっと気になっていたボウルを指させば、ナマエははっとしたようにそれを持ち上げる。
そしてその中身を丁寧にかき混ぜていた。
下からふと見える白い粒の塊。もしや、と貴鬼は首をかしげる。


「それって、オコメ?」
「うん。おにぎり、ムウ様のためにつくろうと思って。」
「そっか! きっと今日は篭りっぱなしになるだろうから、お腹すかせているよムウ様!」
「うん、食べてくれると……いいな。」


ナマエは目を細めながらボウルに目を落とす。
そんな彼女の衣服を、貴鬼は控えめに引っ張った。
落とされる彼女の視線に、貴鬼はにいっと笑って見せる。


「おいらにも、ちょーだい!」


そんな彼に、ナマエも同じようににいっと笑う。


「だーめ!」



.
貴鬼夢ではありません。
そう、違うんだ。

おまけ

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