聖闘士星矢 | ナノ

Origin.


一直線に転がり落ちる


知っていますか?
世間では2月14日を、バレンタインデーというそうです。
本来はどこかの偉い方がお亡くなりになった日だそうですが、
日本ではなんでも女性が心寄せる男性にチョコレートをお渡しする日だとか……。

初めて聞いた時はとても不思議な日なのだと思いましたが、
偶にはそのような戯れを我々もしても良いのではと思ったのです。


「――で? 作ろうと思ったのね。」
「はい。」


可愛い思考ね。と穏やかに微笑むパラドクスに、ナマエは苦笑した。


「ただ、あいにく菓子は作ったことがなく。」
「私を頼りに来た、と。」
「はい。」


パラドクスは真っ白なカップに紅茶を注いだ。
琥珀色に輝く水面が激しく揺れ、次第にゆっくりと止まる。


「そういうことなら力になるわ。何か作りたいものとかは?」
「…………考えて、いませんでした。」
「知ってる? バレンタインデーは明日よ。」
「はい。」


計画性ないのね。とまたパラドクスは笑みを浮かべる。
もちろん悪意はないし、ナマエも真顔で受け答えていた。
自分で入れた紅茶に口付けながら、これもまた純白でできた皿に置かれたお菓子を摘む。
キューブの形をしたそれを彼女は指先で弄び始めた。


「生チョコレートとか、チョコチップクッキーとかトリュフ。
そうね……後は、チョコレートよりももっと甘いキス――。」
「あ、最後のは無しで。やはり無難にトリュフにしようと思います。」
「貴女、どこか色っぽさが欠けてるわね。」
「よく言われます。」
「そんなところを、彼は気に入ったのかしら?」
「さあ、どうなのでしょう。」


貴女たちって本当に面白い。
パラドクスは指先で転がせていたキューブ型のチョコを口に含んだ。
じわりと溶けていくそれに舌が歓喜するのを感じる。脳も喜んでいるようだ。
こうやって人の身体でさえ大きく反応を見せるのに、ナマエとフドウの間にはそれがない。

フドウの唱える穏やかな空気、まさにそれを体現したかのような関係なのだ。
口論することもなければ、甘い雰囲気を出すわけでもない。
何事にも動じず、ゆっくりとはっきりと自身の存在を周囲に溶け込ませている。


「私、貴女たちのそういうところ大好きよ。」
「ありがとうございます。そんな大好きな私たちのために、お願いします。」
「分かってる。それじゃちょっと出かけましょ!
そうねぇ……シラー辺りにでも荷物持ちさせましょうか。どうせ暇してるんだろうし。」
「はい。」


――……


「――で、これをフドウ様に。」
「なるほど。バレンタインデーですか……。」
「こういうのに騒ぐ人でないのは知ってますけど、偶には良いかなと。」
「珍しいこともあるものですね、貴女が。」
「まあ、気分です。」
「そうですか。」


パラドクスのセンスや技術は予想をはるかに超えていた。
チョコの質に拘り、短時間で作るためにその工程も考え抜き、入れる容器ですら厳選。
ナマエはパラドクスの提案に自分の意見を乗っけるようにして昨夜を過ごした。
全ては今日のためと。


「ふむ。せっかくなのでありがたくいただきましょう。
ナマエ、少し早いですがお茶の時間としますよ。」
「はい、そう言うと思い準備は整っております。」
「そうですか。」


フドウは音を立てずに立ち上がり、居住区の方へと歩き出す。
その数歩後ろを、ナマエがこれまた静かについていった。
ほんのりとその顔は微笑んでいる。少しだけ、フドウの歩く速さが普段より速いのだ。


「嬉しいですね。」


なんだかんだと、彼は喜んでくれているようだ。


――……


「――……丸い。」
「そういうものですから。」


トリュフを綺麗な指先で摘み上げると、フドウは静かに口を開いた。
瞼を薄らと開けて、それをじっと見つめる。


「早く食べてしまわないと、指に付いてしまいますよ。」
「なるほど。では、いただきましょう。」


小さな球体が彼の口の中へと入っていく。
フドウはじっくりと味わるように瞼を閉じた。


「…………。」
「…………。」
「…………。」
「……どうでしょうか?」


いつもと違うことをしたからか、なんとなくナマエは訊ねる。
パラドクスに試作品を食べてもらった時には美味しいと言われたが、それがすべての人に通じるわけではない。
どこかドキドキしながら、ナマエはじっとフドウを見つめた。


「……甘くない。」
「はい。抑えてビターにしました。もしかして、甘い方がお好みでしたか?」
「いいえ、これがとてもちょうど良いです。」
「そうですか。良かった。」


ふんわりと微笑んで見せれば、フドウもまた同じように笑みを浮かべた。


「貴方は私の好みをよく理解してくれていますね。」
「当然です。フドウ様の偏食ぶりには手を焼いているので、自然と身に付きます。」
「おや、言ってくれますね。ですが偏食ではなく――」
「気分が乗らない。……そう、仰るのでしょう?」
「えぇ。さすがです。」


フドウはいつもそうだった。
食事を用意すれば、今はこれを食べる気分ではない。こちらの舌だからこれは不要。と口に入れる物を選ぶ。
決して嫌いや、食べられないなどとは言わないのだ。
それが彼のプライドなのか、そもそもそういう性格なのかは分からないが、ナマエは以来彼の好みを熟知するようになった。


「ところで、バレンタインデーとは何でしたか?」
「はい?」
「はじめ、言っていたでしょう。」
「あぁ……。どこかの偉い方が亡くなった日だそうです。」


フドウは小さく頷く。
だが、彼はその後静かに「それで?」と口にした。
ナマエは目をぱちくりと瞬かせながら、言葉を続ける。


「……一部では、心寄せる男性にチョコレートをお渡しする日でもあるそうです。」
「そうですか。」


フドウはただ、満足そうに笑みを浮かべるだけだった。
それに、ナマエは少しだけ眉を下げる。


「必要ですか?」


そう訊ねれば、すぐに返事は返ってくる。


「どちらでも構いませんよ。」


彼のどちらでも良い、は選択肢を与えているようで、道を削っているのだ。
ナマエは少し恥ずかしげに瞼を降ろした。


「……フドウ様、」
「えぇ。」
「……心より、お慕い申し上げております。」


小さいけれど、確かにそう言えば、フドウはふっと口角をさらに上げる。
そしてトリュフをまた1つ摘み、


「知っていますよ。」


口に運んだ。



.
Happy Valentine!

おまけ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -