聖闘士星矢 | ナノ

Origin.


めくるアルバム


今日は氷河にとって特別な日だった。
この日に至るまで心を弾ませ続け、やっと迎えられる1日に朝からテンションは上がりっぱなしだ。
胸に新鮮なフルーツを抱え、氷河は長い12宮の階段を駆け上る。

――そう、今日は2月7日。
幼少期より世話になり、憧れ、慕ってきた師の誕生日。


「カミュ!!」


待ちきれないとばかりに彼の名を叫び、氷河は宝瓶宮の居住区に駆け込んだ。
ひんやりとした師の冷気が、天まで届きそうなくらい階段を駆け上ってきた氷河の熱を冷ます。


「氷河か、よく来たな。」
「いらっしゃい、氷河。」


居住区の扉を開くと、そこには柔らかすぎず硬すぎないソファに隣り合って座る男女が。
1人はもちろんこの宮の守護者でもあるカミュ。そしてもう1人は、氷河の姉であるナマエであった。


「あ……姉さんもいたのですね。」
「当然でしょう? 今日はカミュの誕生日だもの。」
「お前よりも幾分か早く着いてな。」
「そうでしたか。」


ふんわりとした笑みを携えている変わらぬ姉の姿に、思わず氷河も笑みが零れる。
一時期は氷河も闘いに追われ姉の姿さえ見ることができなかったが、すべてが終わった今こうして会える。
別居こそしているものの、氷河にはそれがたまらなく嬉しかった。
大好きな母と大好きな姉に囲まれた生活を今でも夢見るのだ。
母は居なくなってしまったが、同じくらいに大切な師が確かにここに居る。

そして今日はそんな師の誕生日……。


「我が師カミュよ、今日は誕生日おめでとうございます。
今年も貴方の誕生日を祝うことができ、幸せです。」
「あぁ、ありがとう。またお前たちにこうしてもらえるだけで私の方が幸せ者だな。」
「カミュ……。」
「そうだ、何か飲み物をいれてあげよう。そこに座っていなさい。」
「は、はい。すみません!」


氷河はカミュに新鮮なフルーツを手渡し、新たに彼の1年が始まったことへの喜びと祝いを告げる。
それを受け取ったカミュは、客人である氷河のためにいつも通り何か飲み物をと腰をあげようとするが、それを隣に座っていたナマエが引き留めた。


「あらカミュ、私がやるわよ。貴方は座ってて。」
「だが……。」
「もう。誕生日くらいゆっくりしてなさいな。いい?」
「ふ、ならば甘えさせてもらおうか。」
「そうしてください。」


前かがみになって立ち上がるナマエの肩から、柔らかな金色の髪が落ちる。
氷河からカミュへ手渡された色とりどりのフルーツを抱え、キッチンへと向かった。
その背中を見つつ、氷河はカミュらと向かい合う形で腰を下ろす。


「? カミュ、それはなんですか?」


ふと、テーブルに置かれている何冊もの冊子が目についた。
先程までそれを見ていたのだろう、カミュも開いた状態でそのうちの1つを手にしている。
またもう1冊も開かれているが、こちらはテーブルに伏せられている状態だ。
氷河の小宇宙を感じてナマエが伏せ、彼の入りを待っていたのだろう。


「これか……気になるか?」
「えぇ、もちろん。」


どことなくそれを見るカミュの表情が柔らかい。
そうさせている冊子にはいったい何が載っているのか、氷河には興味があった。
カミュの聞き返しに大きく頷けば、彼は手にしているそれを差し出してくれる。
氷河はそれを受けとり、視線を落とすとぎょっと目を丸めた。


「っな――?!」
「どうだ。懐かしいだろう?」
「な、なっ……なんですかこれはッ!!」
「なにって……――」
「アルバム以外に何があるの?」


気が動転している中、くすくすと笑みを携えたナマエが戻ってくる。
3人分の飲み物をテーブルに置けば「ありがとう」と返すのはカミュのみ。
氷河は頬を赤らめ、アルバムを持つ手を震わせていた。


「いつの間にこんな……! じゃ、じゃあこの冊子は全て……?!」
「そう貴方のアルバムよ、氷河。」
「姉さん……!」


手元のアルバムには、カミュのもとで教えを乞うていた時の自分の姿が。
もちろんそれはとても幼い自分――シベリアの寒さに一時期震えていた自分や、捕えられたあざらしに憂いの目を向けている自分まで。
おまけに、布団で丸くなっている時や、涙を流している時のものまであった。


「だ、だいたい何故このようなものを撮って……!!」
「可愛いからだ。」
「は?」
「だって小さい時の氷河可愛いんだもの。撮らないと損でしょう?
あ、こっちはまだお母さんが生きていた時の写真集よ。
ちなみにこっちには貴方が修行に出るんだーって意気込んでいた時の写真。」
「ね、姉さんまで……!」


開かれている写真に、露わになってくる幼少期の自分。
赤みを帯びていた頬は更に熱を上げていく。氷河は差し出された飲み物を一気に含んだ。


「む……これは……。」
「あら、お目が高いわねカミュ。これは氷河が初めてマーマを一日も言わなかった記念の日ね。」
「なっ?!」
「ほう……。私もそう言う日は祝ってやれば良かったのかもしれないな。」
「カミュ!!」
「もう大変だったのよー、絶対に言うな! って言った矢先にマーマなんだもの。」
「姉さんッ!!」


ふふ、と柔らかく笑う姉と、焦ったように声を荒げる弟。
そんな2人を見て、カミュは口角をあげたまま瞼を閉じた。


「で、なんでこんなものを今更見ているのですか……2人して。」
「あら、だって私は貴方の修行時の様子は分からないし……。」
「私はお前のそれ以前のことは分からないからな。」
「だから、せっかくならお互いのアルバムを見せ合おうと思って。」
「それで、ですか……。」


パタリと空気を吐き出して冊子を閉じる。
積み重なれているそれらに恥ずかしくなりながら、氷河は視線をただ泳がせた。


「ところで、アイザックくんはどうしたの?」
「あ、あぁ……少々遅れてくるそうです。なんでも海将軍が放してくれないとかなんとか。」
「あらまぁ、アイザックくんも大変なのね。」
「それだけアイツも成長をしているということだ。私としては嬉しい限りだがな。」


紅茶を口に含み、カミュは足を組み直す。
そしてちらりと時計を見上げた。時刻はすでに夕方を迎えようとしている。


「ふむ、もうこんな時間か。」
「あら本当。そろそろ夕食の支度をしないとね。」
「ん? いい、それは私がやろう。」
「やだ、何を言ってるのカミュ。貴方が主役なんだから、貴方は座ってないと。」
「しかし、さすがに客人にさせるわけには……。」


そろそろ準備をしなければと腰をあげようとしたカミュの肩を、ナマエが掴む。
申し訳なさそうに眉を下げるカミュに対し、気にするなと言わんばかりに笑みを返す。


「客人ってほどの関係でもないでしょう?」
「ふむ……だが君の手を煩わせるわけにも……。」
「もう、貴方のためにすることが、面倒なわけないでしょう。」
「ナマエ……。」
「貴方はもう少し私に頼ってくださいな。私だって、貴方のその背中を支えたいんですから。ね?」
「……すまないな、ナマエ……。」


肩に置かれたナマエの小さな手の上に自身のを乗せ、包み込むようにして握る。
ナマエもカミュも、柔らかく笑みを浮かべていた。
氷河はどうもそんな雰囲気にいてもたってもいられず、咄嗟にソファから立ち上がる。


「2人とも! 夕食はこの氷河にお任せください!!」
「え……?」
「氷河に……?」
「直にアイザックも来ますし、俺ら2人で作ります!
だから、カミュも姉さんもゆっくりと座っていてください!」
「……だって?」
「……ふむ、ならば任せようか。」
「はい!」


良かった、この空気を脱せられる……!
氷河はほっと息を吐いてキッチンへと向かう。


「氷河も成長したわね。嬉しいわ。」
「そうだな、私もだ。」
「……あ、ねぇカミュ! これ見てちょうだい!」
「ん?」
「これね、氷河が初めて私のことを名前で呼んでくれた時の――」


後ろから楽しげな声が聞こえる。
氷河はちらりと後ろを振り向きソファに腰を掛ける2人を見た。
アルバムを開き、肩を寄せ合ってそれを見る姿に、心が温かくなる。


「……アレさえ見てなければ、な。」


どうも恥ずかしくなる。
氷河は頭を掻いて、キッチンへと逃げ込むように向かった。


おまけ

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