聖闘士星矢 | ナノ

Origin.



手から滑り落ちたそれは、悲鳴を上げて砕け散った。

部屋に散らばる破片。
その1つひとつにあまりにも惨めな、容姿すら形成されない自分が映っていた。
それなのにもかかわらず、それらは煌びやかに輝いている。


「……ソニア様?」
「!」


控えめな声が1枚の扉を通じて聞こえた。
衝撃の後に訪れた静寂。その静寂の中で響いた声にソニアは身を震わせる。


「ソニア様? 大丈夫ですか?」


返答がないことを疑問に感じたのか、相手は再度声をかけてきた。
ソニアははっとして、自分ならぬ自分から目を反らし、扉へと逃げるように視線を向ける。
一度息を吐いて動揺している自分を落ち着かせ、静かに答えた。


「なんでもない。気にするな。」
「しかし、とても大きな音がいたしましたが……。」
「貴様が気にすることではない。下がれ。」
「……畏まりました。何か御用があればお申し付けください。」


こつん、こつんと相手の足音が遠ざかっていく。
音と気配が消えると、ソニアは大きく溜め息を吐いてベッドに腰を下ろした。
砕けた破片をぼうっと見つめていると、それはゆっくりと更に光り輝き始める。
ソニアは思わず顔をあげて窓の外へと視線を移した。どうやら太陽が昇ってきたようだ。


「……片付けなくては。」


座ったばかりのベッドから腰を上げ、ソニアは破片が散らばる傍らに片膝を着いて屈んだ。
左手を広げ、そこに破片を乗っけていく。大きなものから1つひとつ摘んでいく。
すると、再度扉の奥にまた別の気配を感じた。


「ソニア様ぁ、起きていらっしゃいますかー?」
「……起きている。」
「朝食ができあがりましたよー。
本日はマルス様もメディア様もいらっしゃいませんが、どうしますー?」
「エデンはどうした。」
「エデン様なら現在お外に。まだ声をかけてませーん。」
「ならば呼べ。一緒に食べる。」
「はーい。」


相手を敬うような口調をする一方で、あまりにも軽いノリで喋る彼女。
メディアが一度彼女と話した時は、眉間に皺を寄せていたものだ。
それでもソニアには、それに違和感を覚えることなく、むしろ心地よく感じていた。


「あ、ソニア様。」
「! なんだ。」


気配には敏感なはずだが、まだいるとは思わなかった。
ソニアは一瞬でも意識を疎かにしていたことに心の中で自身を叱咤する。


「さっき凄い音してたーって別の子から聞いたんですけど、大丈夫ですか?」
「問題ないと言ったはずだ。」
「でも何かが割れるような落としたって。」
「貴様には関係ないことだ。」
「もう、そうやっていつも誤魔化すんですから。とにかく入りますよー!」
「あ、馬鹿者! 勝手に開けるとあれだけ……!」
「へへへっ、もう遅いです。」


無遠慮に開けられた扉の先に、にっこりと微笑む彼女がいた。
しかし、床に散った欠片を視界に入れると瞠目し、すぐに眉を下げる。


「あちゃー……鏡を割ってしまったんですね。
後は私が片付けるので、ソニア様は朝食のご支度をしてくださいませ。」
「いい。自分でやる。」
「こういうのは私たちに任せてくださいって、いつも言ってるじゃないですか!
とにかく早く片付けないとっ。万が一、怪我でもしたら大変ですからね。」


そう言うと、すぐに彼女は床に散らばった破片を大きいものから拾い始めた。
慣れた手つきでソニアの掌にあった欠片も回収していく。


「ほらほら、ソニア様は早く支度してください!」
「……支度と言っても……。」
「これ片付けたらすぐエデン様をお呼びしますから、ソニア様は先にご着席を。」
「…………頼んだ。」
「はいっ!」


これ以上何を言っても無駄なのだろう。
ソニアは立ち上がって一言だけ彼女に言葉をかけると、そのまま自室を出た。
普段ならば使用人などを自室に入れもしないが、彼女は特別だった。
なぜそういう対象になったのかはソニア自身も分からない。
だが、自分に尽くし遠慮なく接してくれる彼女に、無意識に心を開いていっていたのだ。

ソニアはそれから暫くの間、後からやってきたエデンと共に少しだけ遅い朝食をとった。
久々に落ち着いた時間を設けられ、故に互いに話を弾ませながら時間を過ごしていた。

それからソニアは職務に就く。
白銀や火星士の統率にまだ慣れないが、それでも弱音を吐くわけにはいかない。
まるで自分と相手の立場を知らしめるような態度でその日も過ごし、疲労を抱えたまま自室へと足を進めた。


「あ、ソニア様! お疲れ様ですー。」
「……あぁ。」


途中で、デッキブラシを抱えた彼女と鉢合わせる。
ソニアに気付けば彼女は満面の笑みを携えて手を振ってきた。


「あり? もしかして結構お疲れですかー?」
「貴様が気にすることではない。」
「んもう、相変わらずなんですから! ところで、もうお部屋へは行かれました?」
「これから戻るところだ。」
「なーるほど! ではでは、早く自室に戻ってお休みになってくださいね!」
「?」


こうして勤務後に会えば、「あの人が文句をつけてくる」だの、「人が増えて汚れがひどい」だのと言う彼女が、今日は大人しく身を下げた。
彼女の立ち位置は本来そういうものなのだが、日頃からそんな振る舞いを見せないためにソニアは疑問を感じざるをえなかった。


「いいからいいから。きっとお気に召していただけるかと!」
「気に入る……? なんのことだ。」
「とーにーかーく! ご意見ご感想は明日にでもお聞かせくださいな!」
「お、おい……!」


明朝、お部屋に伺いますねー!と声を張り上げて彼女はそそくさと立ち去ってしまった。
ソニアは疑問を解消できぬまま、言われたとおり自室に向かう。


「――……。」


自室の扉を開け、ソニアは仮面の下で目を見張った。
思わずその場に立ちつくし、それを見つめてしまう。

黄昏時の燦然たる光を浴びたそれは、とても力強く主張してきていた。
煌めく世界の中心にそっと置かれた一輪の花。
形は少し歪ながらも、唯一真紅を魅せていた。


「これは……。」


ゆっくりと足を踏み出し、ソニアはそれを手にした。
手のひらよりも一回り大きい長方形のステンドグラス。
中心に輝く真紅は1つひとつ異なる形のガラスが合わさることで一輪咲いていた。

そのガラスの破片が今朝のものだと、ソニアは直感していた。
割れて散らばった破片はあまりにも惨めな姿を曝していたのが、今では美を生み出している。
そしてそんな美は、ソニアの表情を微かながらもしっかりと映しだした。
整って、何も歪んでいない自分自身。

ソニアは指を花びらに這わせた。


「……ばか者が……。」


翌朝来た時にでも、「勝手なことをするな。」と一言伝えてやろう。
ソニアは真紅の花を抱き、口元を緩ませて瞼を閉じた。



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愛を信じる、赤いカーネーション。

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