聖闘士星矢 | ナノ

Origin.



「……ここが新十二宮。私の新しい、………。」


天へと高く昇るそれをソニアは見上げる。
黄金に輝く鎧を身に纏い、目元を隠し、短く切られた髪を彼女は揺らした。


「私は、……。」


ソニアは何かを言いかけ、口を閉じた。これ以上は何も言うまい。
ソニアは新たな十二宮を昇り、自らの守護すべき宮――天蠍宮に足を踏み入れた。

荒んだ大地。
そんなことを彷彿とさせる宮内に、ソニアは1人静かにたたずむ。


「……………。」


く、とソニアの口元が歪んだ。
これでよかったのか。いや、いいのだ。これでなんら問題はない。

自分の中で沸々とわく疑問や戸惑いを、ソニアは自らの心に無理やり押し込めた。
この聖衣を着る時にすべてを断ったのだ。そしてそのすべての思いを、ただ1つのものに。


「すべては、マルス様のために……!」


ソニアは天を仰いだ。
微かな光が宮内に漏れる。

と、かつんかつんっとどこか軽快な足跡が響いた。


「青銅の小宇宙ではない? ……ならば一体――、」
「あ、見つけましたよソニア様!」
「!」


突然としてソニアの目の前に現れたのは、新たな聖域の女官として仕事を務めているナマエだった。
特に彼女はソニアの身の回りのことをしていたため、他の女官よりもソニアに近い位置にあった。
火星士と地球人。その隔たりをナマエは恐れることなく、ソニアに対し尊敬の意を込めながら世話をしていたのだ。


「貴様……このようなところにまで何の用だ。即刻立ち去れ!」
「もう、そんなにすぐカリカリしないでくださいまし!
って………………あぁぁああああああ! やっぱり!!」


ナマエはソニアの小宇宙に恐れることなく、いやむしろソニアを視界に入れたとたんに目を丸めてずかずかと近づいてきた。
そして、両肩に手を当ててぐらんぐらんと身を揺すってきたのだ。


「っぐ、貴様っ!」
「ソニア様が御髪をお切りになったと聞いて嫌な予感はしていましたよ!
けれども、これはあまりにも酷いです! 髪を切ったのならば綺麗に整えねばなりません!」
「貴様には関係ないと毎回毎回言っているだろう……!」
「女官として……いいえ。1人の女として、ソニア様の身の回りのことはやらせていただきます!」
「それももう必要ない! 私はッ…………!」


と、ソニアが言葉を詰まらせ、顔を俯かせた。
それに気づいたのか、ナマエは首を傾げてソニアの顔を覗き込もうとする。


「ソニア様? もしやご気分でも悪いのですか?」
「っうるさい! 黙れ!! 貴様如きが私に触れるな!
私はっ……私は、蠍座の黄金聖闘士ソニアだ!」
「……はい、先ほどメディア様よりお伺いいたしました。」


ソニアは戸惑いを隠せなかった。
ナマエがそう返してくるのが予想外だったのもある。
だがそれ以上に、ナマエは悲しげに眉を下げて無理に微笑んでいたのだ。
いつも明るく、まるで凛としている花のような彼女が。


「な、なぜそのような顔をするッ! 私が黄金聖闘士にふさわしくないとでも言うのか!!」
「そんなことは御座いません。ただ、……。」
「ただ、ただなんだと言うのだ!」


言葉を言いよどんだナマエに、ソニアは更に困惑した表情で叫ぶ。
どうしてこんなにも自分が動揺しているのか分からない。
どうしてこんなにもナマエが悲しげにしているのか分からない。

どうして、どうしてどうしてどうして!


「ソニア様、……御髪、整えますよ。」
「………いらん。」
「そう言わずに、ほら、ね?」
「…………勝手に、しろ。」


ナマエの優しい声に心をなんとか沈ませ、ソニアはその場に座り込んだ。
ナマエが後ろに回り込む。


「せっかく綺麗な長髪でしたのに、もったいないですね。」
「髪などいくらでも伸ばせる。それに、長くては邪魔にしかならぬからな。」
「そうですか? 髪を結って戦うこともできますよ。」


ちゃき、ちゃき、とはさみが鳴る音がやけに響く。
それ以上、2人の間に言葉はなかった。

ちゃきん――……

あぁ、これが最後か。
ソニアは閉じていた瞼をあけた。


「はい、これで整いましたよソニア様。短く切られてもとてもお美しいです。」
「用が済んだのならばもう行け。」
「そうですね、長居をしては邪魔になってしまいますしね。」
「っ……。」


――“邪魔”に……

些細な言葉1つに、ソニアは唇を噛み締めた。


「ソニア様。」
「っなんだ! 早く行け!」
「信じております。」
「……なに?」


ソニアはナマエを凝視した。
ナマエは、普段とは違うとても真剣な表情でソニアを見ていた。
不思議と、その瞳から目が離せない。


「ソニア様が自ら縛り上げているものを開放し、貴女に自由が訪れる日がくることを、信じております。」
「! 私が、自らを縛り上げているだと? 私が自由ではないだと言うのか!?」


ぎりっ……とソニアの歯が音を鳴らした。
荒ぶる小宇宙に恐れをなすこともなく、ナマエはソニアの目を見つめたまま頷く。


「本当は何のために戦うかなんて、そんなの考えなくても分かるはずです。でも貴女は恐れてしまっている。
幼少の頃より愛されることを知らず、偽りの思いに囲まれて、貴女は本当の思いを恐れている。」
「なにをッ! 貴様、それ以上言ってみろ!」
「ソニア様。どうか目をそらさないで。貴女の身の回りは、暗いことばかりじゃないのですよ。」
「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいっ!! 貴様に何が分かると言うのだ!!」


頬に当てられた手を薙ぎ払い、ソニアは数歩後ずさった。
宙を撫でる手を見て、ナマエは悲しげに瞼を伏せる。
そして再度開けた時には、何とも言えない笑みを携えていた。


「ソニア様、私はマルス様やメディア様が大嫌いでございます。」
「なッ!? 貴様、私のみならず父上や母上をも……!」
「私は、ソニア様を苦しめるあの方々が大っ嫌いにてございます!!」
「っ……!」


初めて聞いた、彼女の怒鳴り声。
涙を押し殺したような、悲しい声。
ソニアははっと目を見開いて言葉を失った。


「ソニア様が、……ソニア様があの方々を想っても、あの方々は見向きもしない!
ソニア様がどんなに頑張っても、あの方々は表面上の言葉でしか声をかけない!
ソニア様がどんなに傷ついても、あの方々はっ……!」
「ナマエ…………。」


ナマエの頬に涙が伝い、床へと落ちる。
それを見て、ソニアは動揺した。


「私はただ、ソニア様に幸せになってほしいだけなのにっ……!
それなのに、どうして貴女は、辛い道ばかりを選んでしまうの!」
「っ……私は辛いなどとは……。」
「嘘、嘘ですよソニア様! 私にはわかります!
貴女の心は今、酷く戸惑っている。そして、涙を流している!」
「ふざけるな! 私はっ、このソニアは戸惑い涙してなど――!」
「しておいでなのです!」
「っ……。」


ナマエは目元を裾で擦ってソニアを見る。
だがその瞳もすぐに濡れてきているのがわかった。


「あの方々が正しいのか、弟君様方が正しいのか。……もう、貴女には分かっているのはずでしょう?
けれど貴女は裏切れない。あの方々から本当に見放されてしまっては、貴女は生きられないと思っているから。」
「っ黙れ!!」
「ソニア様、……今からでも遅くはありません、この宮を去りましょう?
いえ、去らずとも青銅たちを通してあげましょう? 貴女の周りには偽りなき光があるんですから。ね?」
「私は断ち切ったのだ! この蠍座の黄金聖衣を手にした時から、すべてを!!
そして私は決めた! この身でエデンを真に正し、青銅どもを殺し、マルス様のお役にたつと!!」
「ソニア様…………。」


ソニアは仮面の下で涙を流すナマエを睨みつけた。


「行け、もう用はないはずだ。」
「ソニア様……。」
「行けっ! これ以上貴様といると…自分が、分からなくなるっ……!」


悲痛なソニアの言葉にナマエは瞼を伏せた。
そしてナマエはソニアに一礼をし、踵を返す。


「…………。」


ソニアは揺れる瞳でその背中を見つめた。
通り過ぎて行く背中に、自然と手を伸ばし、口が開いた。


「…っ――。」


だが、発しようとした言葉を咄嗟に飲み込む。
空を撫でる掌を、きつく握りしめた。

何故呼び止めようとした?
今更何を言おうとしていた?

私は、もう、……。


「……くっ、」


顔を覆い、ソニアは天を仰いだ。
微かな光が宮内に漏れてくる。
荒れはてた宮で、ソニアはただ一人、霞んだ光の下にいた。


くるりと踵を返し、ナマエは天蠍宮を見上げる。


「あぁ、なんてこと。この宮ごと悲しみに包まれ泣いているのね。
……ソニア様、どうか貴女に幸が訪れますように。そしてどうか、どうかご無事でっ……!」



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もう辛い

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