聖闘士星矢 | ナノ
近頃、ミロには密かに楽しみにしている時間があった。
デスクワークや外での任務に嫌気がさしても、この時だけは舞い上がるような、そんな気持ちのいい感覚になれた。
それは――。
「ミロ様!」
「ん? あぁ、またきたのか。」
夕暮れ時に天蠍宮に訪れたのは、この聖域にて暮らしている日本人女性のナマエであった。
彼女は日本人でありながらもギリシャについてとても詳しい。
そこら辺にいる地元の人間よりも知っていると言っても過言ではないだろう。
一般人である彼女がここにいるのは、アテナきっての要望があったからで……。
まぁ、そこら辺はあまり知らなかったりする。
ミロ自身、まともに話を聞いていなかったというのがあった。それには理由があって。
まぁ、出会いが衝撃的だったともいえよう。
ミロがナマエと出会ったのは、同じように夕暮れ時だった。
急にアテナに呼ばれたのだ。
その時、ミロはちょうど聖域外の場所におり、到着が他よりも遅れた。
「蠍座スコーピオンのミロ、ただいま到着いたしました。」
すっと頭を垂れれば、聞こえた声はサガの遅いと叱咤するものではなく、ましてやアテナの柔らかな労わる声でもなく、ぽつりと呟かれた恍惚とした声だった。
「やだ、すてき……。」
「は?」
聞いたこともない声に思わず顔を上げれば、ベージュのつなぎを着込み、橙色のバッサリと切られた髪を持ち合わせた少女が、目を輝かせてこちらを見ていたのだ。
その周りにはアテナやサガ、その他黄金聖闘士がいた。
と、デスマスクが顔をにやにやとさせながら少女、ナマエの肩に腕を回す。
「ンだよ、惚れたのかぁ?」
「はいっ…!」
「は?」
「え?」
「まぁ!」
デスマスクの唐突な言葉に、ナマエは恥じらうこともせず、相変わらず目を輝かせながら強く頷いた。
質問した張本人も、言われた張本人も、皆がみな目を丸め、アテナだけが微笑んでいる。
と、ナマエがミロに近付き、あろうことかその手をぎゅっと包み込むように両の手で握りしめた。
そして、蕩けそうな瞳をミロに向けて、一言。
「すてきです! 惚れました!」
「いや、ちょ……!」
「大好きです! 欲しいくらいっ!」
「は、はぁ!? お前な、恥じらいなくそう……!」
熱烈な告白に、ミロは頬を仄かに染めた。
他の黄金聖闘士たちはにやにやと二人をみている。
これは暫くはからかわれそうだ。勘弁してくれ……。
ミロは高鳴った胸を抑えようと、緩まった頬筋を引き締める。
だがナマエはそれに気づかないまま、「だって……」とやっと恥ずかしげな表情を見せた。
「本当に好きになってしまったんです! ――その聖衣!!」
「…………は?」
ぶっ、と外野が一斉に吹き出す。
ミロは今何を言われたのか、と目を丸めた。
好き、何が? 聖衣が……って、
「く、聖衣、……だと?」
「はい! 蠍座の聖衣ってすてきです! 各段に素晴らしいっ!
もっと見せてください! ね!?」
「いや、あの……ちょっ!」
――これが、彼らの出会いだった。
それ以来、毎日毎日、ナマエはミロのもとへと赴いては、聖衣に愛を注いでいるのだ。
「今日も素敵すぎます! あの、さ、触っても……?」
「あぁ、まぁ構わん。」
ミロが慣れたように頷けば、ナマエはきゃーと甲高い声を上げ、ミロの着ている聖衣に触れた。
「なんという輝き! なんというフォルム! なんという、なんというっ……!!」
いつもながらにして、ナマエは人が変わったように聖衣に食いついてくる。
「あぁっ、このヘッド部分が素敵すぎる! なんでこんなに魅力的なの聖衣ちゃんっ!」
もう最高! と叫ぶ彼女のお気に入りは頭部らしい。
確かに、独特ではあると思うが……。
「その、顔が近いぞ……。」
ぐっと迫られ、顔が必然と近くなる。
ミロが仄かに頬を染めるも、ナマエは聖衣にしか目がないようで、ミロの言葉も虚しく素通りしたようだ。
「そんなにこの聖衣が好きならば、外した状態で触れた方がいいんじゃないか?」
そう、彼女は必ず聖衣に触れに来るも、その時はミロに装着するようにせがむのだ。
聖衣が好きならば、外してある状態の方がいいのではないだろうか?
そんなミロの疑問に、ナマエは初めて頬を赤くし、落ち着きを取り戻した。
「だ、だって……。」
「……ナマエ?」
ミロはもしや、と期待を込めた目でナマエを見つめた。
ここは「本当は聖衣よりも、聖衣を着けたミロ様が一番……」なんてことが……!
と、ミロは一人脳内で妄想を繰り広げる。
しかし、彼女は見事にそれを打ち破った。
「装着されているときの方が触りやすいし、素敵だし、好きなんですっ!」
「……そ、そうか……。」
がくり、というのがぴったりであろう。ミロは肩を落とした。
対するナマエはにこにこと笑みを浮かべながら、蠍の尾をいじくり回し、この長さ最高!などと興奮している。
装着していた方が、彼女にとっては触れやすいらしい。
ミロは手で顔を覆えば、一つ、息を吐いた。
「(俺は自分の聖衣に負けているというのか……。)」
「ん? ミロ様?」
どうかなさいましたか?
なんて愛らしく微笑むナマエに、ミロは苦笑しながら首を振った。
「(なに、毎日会っているんだ。そのうちにでも……。)」
まだ、恋を謳うのは早いようだ。
.
蠍座の聖衣好きです。
そう、あの尾が……
そして頬に当たる爪のようなやつが……
好きすぎる……!