Protect you. | ナノ

18


 後頭部と背中に回った温もり。無意識に私を守ろうとしてか背中から落下したらしいクラウドの腕の中で、意識が覚醒した。顔を上げると願っていたクラウドの顔立ちが直近に。いつの間にかいつもの制服に戻っていたものの、未だに薄っすらと化粧だけは残っていた。


「クラウド、起きて。クラウド!」
「うっ…ナマエ……ナマエ!? 無事か!?」
「……迷惑かけてごめんなさい」


 目を開けた途端に私の心配。人のこと言えないじゃないと苦笑しながら、今回の落ち度は全面的に私にあるので素直に謝罪をする。


「いいんだ。あんたが無事でよかった……!」
「あっ……」


 ぎゅっと力強い抱擁。今まで落ちそうになって抱きしめられたことはあったけれど、こうして強く引き寄せられることはなかった。胸が、忙しない。


「すまない……危険な目に遭わせてしまった……」
「……平気よ。そりゃ、大分気持ち悪かったけど、何もされてないわ。クラウドが助けに来てくれたお陰で」
「嘘はやめてくれ」
「嘘なんて」
「っやめてくれ……!」


 どうして、そこまで悲痛に嘆いているのだろう。クラウドの体でもないのに。


「あんたを、助けられなかった……あいつに襲われてるあんたを見た時、俺が、恐かったんだ……」


 クラウドの体が、震えている。いつも悠然としている頼もしい相手が、まるで子どものようにか細い声を発している。こうさせてしまったのが自分だと、如何に軽率な行動をしたのかが突き付けられた。


「…ごめん、なさい…」


 胸元に手を添えて瞑る。クラウドの心臓の速い鼓動が奥まで浸透してくる。暫くそうして抱き合っていると、ふと委ねていた胸部が大きく膨らんで収縮していった。


「薬は?」
「もう抜けたみたい。ありがとう」
「まだ紅が残ってるな……」
「ぁ…そ、そうね…」


 鼻先が触れそうな距離。クラウドの指がグローブ越しに口唇へ触れた。非常事態だったとはいえクラウドは薬を飲ませてくれた。あの時隙間なく触れ合った感触が鮮明に体が覚えている。じわじわと顔まで熱くなった。今すぐ離れなくてはいけないのに、熱を帯びたターコイズブルーから逸らせない。


「――綺麗だ」


 待ち望んでいた言葉に、涙が出そうになった。薄ら微笑むクラウドが愛おしくてたまらない。ゆっくりと離れていった指は私の頬を包んでくれる。


「また今度、ゆっくり感想を伝えさせてくれ」
「っ…ええ…嬉しい…」


 今は急がなくては。もう一度だけ瞼を伏せて、ほんの少しクラウドの掌へ頬を摺り寄せる。すぐに立ちあがって辺りを見回すと、どうやら下水路へ落とされたことが分かった。クラウドが、倒れているティファとエアリスを起こしてくれる。二人がクラウドの視界を遮っている間に速やかに着替えを済ませた。結構気に入った衣装だったけれど残念。


「ナマエ、本当に動ける?」
「体辛くない?」
「問題なく動けるわ。二人とも、心配掛けてごめんなさい」


 クラウドから離れてほんの数秒で、つんとイヤなニオイが鼻を折れ曲がらせにきた。オマケに巨大なモンスターが穴から飛び出し私たちを襲いにかかる。ある程度ダメージを与えるとすぐに逃げていったけど、ここに住んでいるモンスターなのかもしれない。


「ねえ、コルネオの言うこと信じる? プレートを落とすなんてアバランチを潰すどころじゃない。ミッドガルの危機だよ。神羅カンパニーがそんなことする?」
「でも、本当だとしたら? 万が一ってこと、あるよね。何も起こらなかったらそれでよし、でしょ?」
「不安を煽るわけじゃないけど、あの状況で冗談を言うとも思えないわ――急ぎましょう」


 この水路はアバランチの逃走経路として活用していたらしい。ティファが道順を教えてくれたおかげでスムーズに七番街スラムへと近付くことが出来る。けれど近付けば近付くほど、ティファの表情に影が差し掛かっていく。不安を煽るような発言を、少しだけ後悔した。


「最悪の事態、考えちゃう……」
「……どんな未来でも、変えられるよ? わたし、そう信じてる」
「そっか……そうだね」
「楽しいことも、考えるの。七番街守ったら」


 ティファがゆっくりと考える。次第に暗い表情に灯りが入り込んだ。


「上で買い物、どう? 例えば、雰囲気のある小物や食器をさがすの」
「ティファと?」
「よければ」
「絶対行く!」


 エアリスの先導力でティファがにこやかに笑う。そんな二人を後ろから見つめながら、クラウドと顔を見合わせた。良かったと感じているのは私だけじゃないみたい。


「クラウドとナマエは、二人っきりにさせてあげないとね」
「あ。ティファも分かっちゃう? 作戦、練ってあげよ!」


 名前だけが耳に届いて「何の話?」と駆け寄ると揃って秘密と答えられる。なんだか、私よりも仲良さげになってちょっとだけ膨れながら頭を撫でまわした。直後足場が崩れたものの何とか乗り切る。

 水路を進んで梯子を上り切ると、神羅ヘリが七番街へ飛び去って行くのが視界に入った。列車墓場を乗り越えていく。道中でお化けのようなモンスターと対峙したものの何とか潜り抜けた。
 ただ――途中でタークスの通信を傍受してしまい、七番街プレートを落とす落とす計画が事実だと突き付けられる。最後尾を駆け出しながら端末を取り出して、勝手に入れられた連絡先をタップした。


『はいはいはーい、愛しのレノ様ですよ、と』
「今すぐ作戦中止して!」
『はあ? ……あー……なぁんでおまえ、知ってんだ……』


 掠れ声の奥でヘリのプロペラ音が聞こえた。冗談じゃなくタークスが現場に向かっている。よほど確実に仕留めたいのだと理解してしまい、歯を噛み締めた。


「冗談はやめてちょうだい。正気の沙汰とは思えないわ!」
『オレだってよぉ……あーいや、任務は任務だぞ、と』
「二度と口利かないわよ」
『えっ!? それは困ッ……あぁ〜オレ、ピンチ!』
「せめて時間を少しでも稼いでほしい! その間に私たちが止めるわ!」
『はあ!? いいか、近寄るんじゃねえぞ! 大人しくしてろ!』
「向かってるのよ、おバカ!」
『バカはそっちだ! 死ぬ気か!? 頼むから絶対に来るな! 帰ッ――』


 今すぐ端末を投げ捨てたい気分。目の前に支柱があるというのに、どうしてか私たちの前にフィーラーが立ち塞がる。通信を切ってエアリスの隣で剣を構えた。


「いるんだよ、ね」
「ええ。レノとルードは確実にね」
「……」
「乗り越えるんでしょう、エアリス。そのために私がいるのよ」
「っうん! 二人で、乗り越えよう!」


 武器を構えてフィーラーを薙ぎ倒していく。戦っても戦っても湧いてくる相手をひたすら斬り続けた。ある程度時間が経つとあれだけしつこかったフィーラーたちが、プレートを支える支柱へと今度は飛び去って行く。足元まで駆け出せばバレットのガトリングガンが遠くからでも閃光として映った。戦っているんだ。すぐに行かないと、と足を踏み出した途端に、大きな爆発音とともに見知った叫び声が聞こえた。


「ウェッジ!!」


 爆発の衝撃で宙へ投げ出されたウェッジがリールガンを放つものの、その手がするりとガンから離れて私たちの目の前に体を叩きつけられる。すぐさま駆け寄ると、まだ意識はあった。


「神羅が、この柱を、倒して……行かなきゃ……上でバレットたちが……」
「ウェッジを頼む。俺が上へ行く」
 

 クラウドが走り出す。後へ続こうとしてぐっと脚底が地面に張り付いた。後ろを振り向くと、ウェッジを支えるティファとエアリスの姿。
 エアリスは残ってウェッジの治療をする。だったら私は、エアリスを守るべきなんじゃないの? ここで離れてもしエアリスの身に何かあったら――でもまずはプレート落下を阻止しないと。落ちたら皆が死んでしまう。でもでもエアリスが。それでもクラウドの前にはレノたちが立ちはだかるだろうし――っ私は、どっちを、選べば……!?


「ナマエ、行って」


 葛藤を切り捨てられた。


「本当は、分かってる。ナマエが今するべきこと、ナマエ自身が」
「っでもタークスが来てる! もしエアリスに何かあったら!」
「ナマエは絶対助けに来てくれる。でしょ?」
「なによ、それ……まさか――」


 エアリスは鋭すぎる。前から思ってた。でも多分、それだけじゃない。もっと正解は簡単なんだ。だったら尚更、私はここに残っているべきなんじゃ……。


「行かないと、後悔するよ?」
「……行っても後悔するかもしれないわ」
「そしたら、クラウドに慰めてもらってね」
「…エアリスじゃないのね…」
「わたしは、その次! ねっ?」


 視線を彷徨わせて、悩み悩んで、緩やかに頷いた。エアリスは満面の笑みが頷いてくれる。踵を返して階段を駆け上がった。少し先に見えるクラウドへ追い付けるように段を伸ばして勢いをつける。


「クラウド、私も行くわ!」
「っなんで来た!?」
「一緒に戦うために決まってるでしょ! 早く上へ!」


 邪魔をしてくる神羅兵と兵器を薙ぎ倒す。道中ではアバランチのメンバーが息絶えていた。中には見知った顔も何人かいる。ジェシー経由で知った人たちだ。心の中で安らかにと唱えながら階段を駆け上がっていくと、何故かフィーラーが浮いていた。その先に倒れ込んでいる姿にどっと心臓が凍てつく。


「ビッグス!」

 
 一人、脇腹を抑えながら壁に背を受けているビッグスに駆け寄る。ウェッジの心配より今は自分の命を優先してほしいのに、ビッグスは笑っていた。


「上が、苦戦中だ…頼む…行ってやってくれ…」
「アンタはどうする」
「っここで、戦うさ……あと百人倒してやる」
「ビッグス無茶だわ! お願い喋らないで、今すぐ止血を」
「いや、いい……」


 流れる血液を止めようと手を伸ばすものの、掴まれて拒絶される。


「ナマエ。伍番街のスラムの子どもたちを、頼む…」
「…バカね……自分で、面倒見なさいよっ……!」
「…最近もっと、美人になったな…」
「……お礼に、お菓子作ってあげるから……っあと少しだけ、踏ん張ってて!」
「ああ……星の命、任せた」
「…っビッグス……!」


 力の抜けた手を咄嗟に握りしめる。握り返してくれない現実に鼻の奥がつんとする。でも今は、立ち止まっていられないから。上でバレットやジェシーがまだ戦っている。


「クラウド……行こう」
「…ああ、止めるぞ」


 再び階段を駆けあがっていく。神羅兵たちも本気で私たちを止めに来ている。彼らは知らないのだろうか。本当にプレートを落とそうとしているのはアバランチではなく、自分たちの所属する神羅カンパニーだということを。もしそうだとしたら、彼らは彼らなりに命をはってプレートを守るための戦いをしているのだろう――なんて、惨い争いなのかしら。

 それでも譲ることなんて出来なくて、また一人、剣を突き立てた。


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