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11


 静かに家を後にするクラウドの背中を窓越しに見送る。やっぱり、エルミナはクラウドを泊まらせる気はなかったんだ。エルミナが悪いんじゃない。エアリスのために、していることだから。エアリスとエルミナに置手紙だけを残して、窓の扉を開けた。家が見えなくなった一本道に差し掛かった際に、後ろから声を掛ける。


「クラウド」
「っナマエ、どうして――!」


 心底驚いたような表情のクラウドの腕に触れて、にっこりと微笑んだ。


「道案内役は必要でしょう?」
「道は聞いた。あんたは家に戻ってろ」
「六番街を通過するのはオススメしないわ。もっと近道があるの、そっちへ行きましょ」
「おい、待て!」


 歩き出せば、後ろから大きな歩幅ですぐに追い付かれる。


「だったら道を教えてくれるだけでいい。あんたには帰る場所があるだろ」
「帰る場所には、最終的に帰ればいいのよ」
「もう俺に関わるな。あんたには、普通の生活がある」


 クラウドの言葉に、足を止める。普通。普通って、何だろう。スラムに暮らして日夜エアリスを守る生活? 皆で食卓を囲む生活? それとも、もう居ないであろう人を捜し求める生活? 私の普通なんて、もうとっくの昔に砕け散っている。


「エルミナに、何か言われたんでしょ」
「……」


 クラウドは図星の時、言葉に詰まるか視線を逸らす。分かりやすくて、むしろありがたいわ。


「私も、はじめは拒絶されたわ」
「は? あんたが?」
「ええ。その時ももっと武装していたし、ちょうどエアリスがタークスに声を掛けられている時で彼らと戦ったの」
「あんた一人でか。無謀だ」
「エルミナは神羅に、ソルジャーにいい思い出がないのよ。……クラウドが悪いわけじゃないの」


 ただ、またエアリスの傍から大事な人が消えることを恐れているだけ。私だって、そう。でもクラウドはエアリスにきっと良い影響を与えてくれる。今も、これからも。


「今は、好かれてるだろ」
「うん……そうね」
「だったら帰れ。俺はなんとかなる。ティファたちの無事が確認取れ次第、また報告してやるから――」


 クラウドの口元に指を添える。はっと途端目を見開いて口を閉ざしたクラウドへ、そっと微笑みかけた。ここからは、私のワガママだから。


「私が一緒に居たい。それじゃあ、いけないかしら」
「な……」


 やっぱり、暗闇の中でも煌く魔晄の光は綺麗。ザックスのとは違う、奥に秘めた本当の色が気になって仕方がない。守りたいだけ、なのに。それを抜きにしてもクラウドの傍は不思議と居心地が良かった。共闘のしやすさなのか、彼との会話のテンポが丁度良いのか分からないけれど。その熱の傍に、もう少しいたいのは本音。


「クラウド」
「……っ」


 揺れ動く魔晄の光へ導かれるように顔を近づけると、その頬が紅潮していることに気が付く。可愛い。かっこいいのに、可愛いなんて反則だわ。


「ふふ。じゃあ付いてきて」
「っナマエ!」


 後ろから追ってくる声が責め立てるような口調だった。すぐ後ろを振り返って口元に人差し指を立てる。もう夜なんだから大きな声を出したらダメよと、仕草で忠告をすると口元へ腕を当てて気まずそうに視線を逸らした。素直で、本当に可愛いわ。
 ザックスは子犬みたいに燥いでいたけど、クラウドの場合何かしら。猫? なんだか気まぐれそうだし。もっと仲良くなったら、実はザックスみたいに犬みたいな立ち回りするのかも。ふふ、想像するだけでちょっと楽しいわ。


「っきゃ」
「危ない!」


 がくんっと膝が折れ曲がって、小石だらけの地面とこんにちはしそうになる。擦れ擦れのところで逞しい腕が腹部へ回って、何とか口付けを回避できた。背後から安堵のため息が届いて、自分が如何に浮かれていたのか分かる。いい大人が、恥ずかしい……。


「あんた……やっぱり帰った方が良い」
「へ、平気! ちょっと考え事していただけよ。って、ちょっと……!」


 お腹の腕が離れたと思えば、手を繋がれる。そのまま歩き出したクラウドへ引っ張られるように足が前に出た。掌に伝わる熱が、ほんのりと温かい。自分とは違う太く大きな存在感は、クラウドが男の人なのだと突き付けてくる。


「ね、ねえ」
「また転ばれたら困るからな」
「も、もう平気よ」
「信用ならない。あんたの平気とか、大丈夫は全部」
「一人で歩けるわ! だから手を――」
「俺が、こうしたい」


 見下ろしてくるターコイズブルーの真剣な眼差しに、ぶるりと背筋が震えた。


「……なによ、それ……ずるい」
「あんただって、ずるいだろ」
「私が?」
「……行くぞ」
「えっ? ちょっと、何がずるいのよ!」
「なんでもない」
「嘘、絶対に嘘だわ」
「だったら当ててみろ」
「ヒントくらいちょうだい」
「ない」
「えぇ? もう!」


 歩く速度が、少しだけ緩やかだ。私に、合わせてくれている。そう理解してしまえば、顔に熱が籠っていった。こんな感覚、私知らない――……でも繋がれた手の温かさがとても胸を躍らせて、悪くない気分になった。少しだけ力を込めると一瞬身を固くしたものの、握り返される。そんな些細な反応に、呼吸が震えた。

 暫く道を進んでいくと、トンネルの先からひょっこりエアリスが顔を出した。


「あ」
「エアリス!?」
「どういうつもりだ」
「待ち伏せ?」

 
 確かに気配を消して家を出たはずなのに……。エアリスも恐らく、エルミナの行動が分かってたんだ。先回りされたことに、私の知らない道があるのかと頭を抱える。エアリスはふらりとどこかへ勝手に行ってしまう時があるから、タークスじゃないけどちょっとだけ困っちゃうのよね。


「ナマエ、置いていくなんてひどい」
「ごめんなさいね。でも、エアリスは家に居ないと」
「や・だ!」


 にっこりと満面の笑みを浮かべられると、返す言葉もない。


「それとも、わたしがいたら、二人の邪魔?」
「え? そんなこと……」


 言葉の意味が分からず首を傾げる。ただ、エアリスの視線が何となく下を向いていて――ぼんっと顔が赤くなった。


「あ、やっ、あの、これは、その!」
「ふふっ! ナマエのそんな顔、初めて見た! クラウド、やっるー!」
「エアリスに見せるためじゃない」
「分かってるもん。……ね、三人で、行こ?」


 慌てた私がバカみたい。クラウドを見上げると何度も見た肩を竦める仕草。これ以上何を告げても無駄だって、短い付き合いの中で察してくれたみたい。私も、エアリスが傍に居てくれるなら嬉しい。三人……そう三人で進もう。


「じゃあ、しゅっぱーつ!」


 腕をぐんと伸ばしてくるりと翻したエアリスの背中に、困った子だと笑みが零れた。


「クラウドも、行きましょ……クラウド?」


 また、クラウドが頭を抑えている。頭痛持ちにしては頻度が多いし、しかも大分痛そう。どうしたの、と声を掛けようとしてその唇が静止した。美しい瞳から零れた一滴に、言葉を失う。泣いて、いる――? 
 胸が締め付けられてクラウドの頬に手を添えると、はっと瞳が丸まった。


「ナマエ……?」
「クラウド……」
「……っ、すまない。問題ない」


 顔を背けられ、行こうと腕を引かれる。クラウドに訊きたくても、訊いてはいけない気がした。何に、涙を流したのだろう。度々何に頭を悩まされているのだろう。私じゃあ、助けてあげられないの?


「行こう。本当に、なんでもないんだ」
「……うん。……もう少しだけ、繋いでいていい?」
「ああ。そうしてくれ」
「ありがとう」


 せめて、とクラウドの手を握り締めた。トンネルを抜けた先でエアリスがおーいと手を振っている。ゆっくりと三人で、伍番街スラムを抜けていった。途中でウォール・マーケットの眠らない灯りがスラムを照らしたけれど、あそこを通過する必要はないので別の通路を歩む。
 その頃には、自然と手は離れていた。


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