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#04 アルコールの魔法


 どうしてこうなった。


「う〜〜ん、クラウドさぁん!」
「……」
「ねえねえ。どうやったらこんなに筋肉つくんですか? どうやって訓練したらあんなに強くなるんですか?」
「……」
「ねーえ、クラウドさぁん!」


 隣で酒を飲んでいるだけのはずだった。ものの10分すら経過していない。まさか酒に弱いのか? それにしても絡み方が……こう……。


「ナマエ。もう少し離れてくれ」
「あ! ようやく名前呼んでくれましたねっ! ずーっとあんたしか言ってくれないので、忘れられてるのかと思ってました!」


 隣に座っていたはずなのに、いつのまにか俺の背中にくっついて離れない。バスターソードを立てかけておいて正解だった。でなければ今頃ナマエの腕には傷ばかりがついているだろう。この酔いっぷりじゃあ、多少痛んでも覚醒しなさそうだ。


「はい。ありがとうのちゅー!」
「っだから!」


 頬に触れた柔らかい感触に慌てて振り返って、息を呑んだ。


「んふふ〜、イケメンクラウドさんにちゅうしちゃった!」
「……」


 近い。こいつはやたらと俺にイケメンだとかかっこいいだとか平気で言ってくるが、ナマエもそこそこ可愛いと思う。酒が入っているからか目は蕩けて、頬も緩んでいる。崩れた笑顔を可愛いと形容するのは間違っていないだろう。現にスラム街を二人で歩いていると男たちからの視線が集まっていた。ティファの時もそうだったが、どうやらナマエも人気を集めているらしい。アバランチのメンバーも、やけにナマエを可愛がっていたな。


「えへへ」
「……ナマエ」
「はい〜!」
「…」


 柔らかそうな頬へ吸い込まれるように手を添えると、全身で嬉しそうに目を細めて擦り寄ってきた。


「お返しだ」


 自分だけが乱されるのに納得がいかなくて、赤い頬へ仕返しをしてやる。するとナマエはきょとんと眼を丸めた後、いつものように慌てるわけでもなく、無言で俺に強く抱き着いてきた。ぐりぐりと肩に顔を埋める。


「えへへ〜〜、クラウドさんからもちゅーしてもらっちゃった!」


 少し、流された気がした。そもそも俺も何やっているんだと入れてもらった酒に口を付ける。前ティファが出してくれたお酒とはまた違った味だ。


「やった。やった! ねぇ、もう一回欲しいです!」
「は?」
「クラウドさんからのちゅーう! もう一回!」


 強請り方は子どもなのに、耳を擽ってくる声は酷く甘い。女であるのだと自覚させられる背中に当たる感触と声色に、何故か俺まで酔ったように頭がくらくらした。グラスへ添えていた手が離れるのと同時に、後ろの扉が開かれて焦ってグラスを握り締める指に力を込める。


「あれ? ナマエ……とクラウド!? どうしたの、二人とも!」
「ティファ……なんとかしてくれ」
「え? あっ……! まさかナマエ、お酒飲んだ!?」
「う〜? ……んふふ〜ティファさんだぁ! 今日も美人ですね〜〜大好き! ねえ、ねえ、ちゅうしよ? はいっちゅ〜!」


 俺からすんなりと離れていったナマエはてこてこと縺れながらティファへ駆け寄って、手を広げて抱きしめる。そのまますぐに頬へキスをするものだから、不思議と気が冷めた。


「んもう。どれだけ飲んだの? あれだけダメって言ったのに!」
「んぁ〜だって楽しくってぇ。クラウドさんにもね、ちゅー」
「してない」
「え?」
「してない」
「……」


 ティファからの視線が痛かった。


「ナマエって、お酒に弱いの。ちょっとだけなら問題ないんだけど、目を離すとすぐこんなになっちゃって」


 ティファがナマエをカウンターへ座らせた。元々座っていた場所だ。散々暴れて気が済んだのか、ぐでんとカウンターへ顔を伏せた。その傍らに水を置いて、ティファは困ったように笑う。


「お喋りになって、スキンシップも凄くなる。おまけにさっきみたく、誰彼構わずキスしたがるの。……前にお客さんが勘違いしちゃって、大変だったんだから」


 ナマエの髪を撫でる手つきは優しい。妹みたいだと以前言っていたから、姉目線なのだろう。確かにあんな言動じゃ勘違いする男がいたって何の不思議もない。


「あ、誰彼構わずって言っても、キスするのは気を許した人だけだからね。私たちアバランチのメンバーと……マーレさんくらいかな? 後は、そこにクラウドも追加!」
「……」
「ふふ、やっぱりキスされたんだ?」
「……」
「もしかしてクラウドも勘違いしちゃった?」
「別に」


 ふいっと顔を背けても、ティファからのにやにやした顔が視界に入って居心地が悪くなった。酒を飲み干し立ちあがる。


「もう帰る」
「え? ご飯食べに来たんじゃないの?」
「ナマエを放ってもおけない」
「送ってくれるんだ?」
「ティファは店支度があるだろ」
「ありがと。助かる。それにしても……ふぅん? クラウドが女の子を、ねえ?」


 意味深な顔に溜め息を吐く。立ちあがって剣を背負い、ナマエの肩を叩いた。うんともすんともいわない。どうやら眠りについたらしい。


「ナマエの部屋、覚えてる?」
「ああ」
「鍵これね」
「なんでティファが持ってる」
「ナマエってよく物を失くすの。だからスペアキー」
「……明日返す」


 ナマエの膝裏へ手を伸ばして抱きかかえる。やけに軽かった。天望荘の端だったな。階段を上って俺の部屋を通り過ぎる。ティファから貰った鍵で扉を開けると、女子らしい甘い香りが漂ってきた。俺と同じ部屋のはずなのに、内装が凝っているだけでこうも印象が変わるのか。


「ナマエ、着いたぞ」
「んんん〜? くらうどさん……?」
「……寝ぼけてるな」


 とろんとした瞳が俺を見上げてくる。セブンスヘブンで働いていると言っていたが、良からぬ輩に勝手な好意を持たれても可笑しくない。本人に自覚があるのかは知らないが。


「くー…らうどさんだぁ……んふふ、ね〜寝よ?」
「ああ、寝た方が良い」


 ベッドへナマエを下ろして部屋へ戻ろうとすると、ぐんと首裏に回された腕に引っ張られた。再び顔が近づいて、柔らかい感触が触れる。目を見張った。今度は頬じゃない――……


「またクラウドさんのちゅう、げっとー!」
「おまえっ…」
「やんわらかぁい! えへへ、クラウドさん、大好き!」


 触れた唇がじんじんと熱い。未だに抱き寄せてくる腕を引き離すことが出来ずに、眼前で溶けた笑みを浮かべるナマエに今度は自分から近づいた。


「ぅ……?」
「なんだよ……ナマエが先にしてきた、から……」
「うぅう……」


 人様にキスをしてきた癖に、俺からしたら泣くのか。胸が締め付けられる罪悪感と共に、自分への言葉もただのお世辞なのかと考えると腹の中が変に渦巻いた。


「……これに懲りたら二度とするな」
「うぁ、いや、じゃないぃ…」
「は」
「クラウドさんからのちゅう、…嬉しい、です……好き、大好き」
「……」


 相手は酔っていて、しかも寝ぼけてさえいる。そんな相手の言葉を真に受けるなんて愚かなことをしても、何の意味もないのは分かっている。ティファが言っていたように勘違いする男と何ら変わりがない。


「……ナマエ」


 それでも、どうしたって心が掴まれた。細い肩を掴んで名前を呼ぶと、くてんと首裏から腕がベッドシーツへ沈んだ。開いていた瞼が閉じて、触れてきた唇が薄ら開き規則正しい寝息を立てている。どうやら眠りに入ったらしい。無防備すぎる相手を見下ろして、溜め息を吐いた。


「俺は何をやってるんだ……」


 頭を振ってようやくナマエから離れた。部屋の扉を閉めて鍵を掛ける。冷たい鉄扉に背中を預けて、再び息を吐き出して空を見上げた。星空はない。無機質なプレートだけが俺を見下ろしている。
 熱くなった体の熱を払うまで、暫くその場から動けなかった。


 ***


 目を開けると、いつの間にかお布団の中に包まれていた。あれ、わたしどうしたんだっけ? 確か、クラウドさんのために報酬稼ぎをしていたらご本人様に助けてもらって……その後、セブンスヘブンでお酒をご馳走してもらったんだった。……そこから、あんまり記憶がない。


「ううぇ……頭痛い。……なんか、気持ち悪いし……」


 何のお酒飲んだんだっけ。顔を洗って歯を磨いても胃がむかむかする。薬を探してみても箱の中には消毒液と絆創膏くらいしかなかった。ケアルで片付くからもう要らないと、救急箱の中身を更新しなくなったせいだ。


「ケアル。……うー、治るわけがないかぁ……」


 自分にかけてみたけどやっぱり意味はなかった。部屋を出てみたら外が眩しすぎる。目を細めながら一歩足を踏み出すと、お隣のお隣さんの扉もちょうど開いた。


「あ、クラウドさん。おはようございますー」
「…………」
「クラウドさん?」


 あれ、どうして目背けられたの?


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