昨日洗車したばかりだというのに生憎の雨が残念だ。それよりも残念なのが、今日が愛おしい愛おしいナマエさんとのデート日だということ。
ふふふ、その呆れた瞳も可愛いですよ。
「体は冷えていませんか?」
「私は平気です。安室さんこそ、結局雨被ってるじゃないですか」
だから傘買おうって言ったのに。
そう膨れるナマエさんのジト目、最高です!!
「突然降られたので驚きましたが、雨に濡れる花も綺麗でしたね」
「あんなにネモフィラを見たのは初めてでした。一面青一色でしたね。……まあ、また行ってもいいかもしれません」
「! 是非、来年も行きましょう! 次こそはBBQもしたいですね!!」
「顔近いですから」
雨降るのは知ってましたけどね。ナマエさんに天気は晴れだと言っておいて正解でした。相合傘チャンスを逃すわけにはいきませんから。本当ならいい天気のもとでBBQして、帰り道で海辺に寄って青春送りたかったのですが……予想以上に雨足が強いので延期ですねぇ。
でも、こうやって雨の日のお家デート出来たので今日はそれでいいんです!
「運転疲れてませんか?」
「平気ですよ。ドライブで疲れることはあまりありませんから」
「そうですか、マッサージでもしてあげようと思ったんですけど」
「疲れましたすっごく!!!」
あぁ〜今日のナマエさん機嫌がすっごく良いんだなぁ。ちょっと恥ずかしそうにそっぽ向いて言うところなんてもうキュンです……。僕の心をしっかりとブレイクしてくるところが最高だ。さすが、僕の扱いを理解されている。
「は? ちょ、硬ッ……! 安室さんガチゴチなんですけど。何やったらこうなるんですか」
「えーっと……つい先日引っ越しのお手伝いをしたので筋肉疲労しちゃったかもしれません」
「引っ越しって、いつ何でも屋さんに転職したんですか」
「あはは」
「笑って誤魔化そうとしてもダメなんですからね。もう」
もう!!
ナマエさんの「もう」の破壊力堪らない……!!
「もっと強く押しても平気ですよ」
「既に力入れてますから! 安室さん終わったら交代です」
「えっ!? ナマエさんに触っても良いんですか!?」
「……今日だけ特別ですよ……」
僕の命日は今日か?
貴重過ぎるナマエさんのデレにむしろ僕がデレデレになってしまう……。今日だって念願のデートが出来て昨夜から寝不足だっていうのに、こんなご褒美があっていいのか!?
「ナマエさん、もう一個お願いがあるんですけど」
「調子に乗ってますねぇ……。聞いてあげないこともないですけど」
「え、好きです」
「このまま頭殴ってやりましょうか」
「やだなぁ、想いが口に出ちゃったんですよ」
「はいはい」
男なら誰だって憧れること。それが、耳かき。
愛する女性の太ももに無償で触れられる最高のシチュエーションですから。厭らしさを醸し出さずにナマエさんに触れる絶好のチャンス……! 最後に耳をふうっとして頂ければベストです。
その後は僕がしっかり、あっちもこっちもマッサージでお返しして差し上げますからね!
「結構綺麗じゃないですか。私に頼む必要あります?」
「あります。ありがとうございます」
「なんで今お礼……って人の腿が目当てか」
「はい!」
「嬉しそうに言うな」
言葉では突き放しながらも手つきは優しい。
はぁ、ナマエさんの太腿は至福だ。巨大マシュマロに身体全身を預けているみたい。更にはアロマを焚いているかのような甘い香りがして、頭がくらくらしてしまいそうだ。
「ナマエさん」
「はいはいなんですか」
「好きです」
「さっき聞きました」
「愛してます」
「……」
あ、これは照れてますね。ナマエさんてば、照れるとすぐ無言になって目を逸らすんですから。
顔の向きを変えてみたら案の定。ほんのり色付いた頬が、僕の心をどれほど擽ることか。
「こっち向いてください」
「外の景色楽しんでるんです。邪魔しないでください」
「雨でカーテン閉めてるのに?」
「……意地の悪い男は嫌われますよ」
「ナマエさんにだけです」
上体を起こしてそっとナマエさんの顔を覗き込めば、恨めしそうな視線を向けてくる。そういうのが、男心を擽るんだけど……きっとナマエさんには一生分からないんだろうな。
「キスしてもいいですか」
なんて、確認を取るのはただの建前なんですけど。
「……人の家で盛らないでください」
「逃げなかったくせに」
「逃げられなくしたの誰ですか」
「僕ですね」
「語尾上げないでくださいよ、気持ち悪い」
昔は心底心が籠って僕の心は傷つきましたけど、照れ隠しで言われると悪くないですね。うん、ナマエさん可愛い。こんな可愛い生き物が僕の腕の中にいるなんて、幸せだ。
「ね、もう一回」
「しません」
尖った唇へ愛を込めて。
「……可愛いですね」
「安室さんの趣味疑います」
「良い趣味してるでしょう? 僕の恋人は恥ずかし屋さんで、いじらしいんですよ」
ああもう本当に、言葉とは反対に細い指先で僕の服を掴むなんて高等テクニックをどこで学んできたんでしょう。しっかりとハート掴まれてますからね、僕は何処にも行きませんよ。むしろもっと、些細な距離さえ存在させないほど密着したいんです。
「ナマエさん」
「……」
「こっち向いてください」
耳が仄かに火照っているのもバレてますからね。
ふにふにの頬を包んで持ち上げたら、ほら。潤みながらも睨む瞳はナマエさんの気高さと、恋愛慣れしていない初々しさを兼ねていて、この絶妙なバランスが男をかき乱すんですよ。何度伝えても認めてくれないですけどね。
「好きですよ。愛してます。もっと貴女に触れたい」
「十分すぎるほど触れているかと」
「本当に? ナマエさんは、これで満足ですか?」
押し黙ったその姿にくすりと笑みが零れてしまう。睨む力が増しても痛くも痒くもない。ナマエさんも分かっているから、すぐ視線を泳がせるんでしょう?
「ねえ、ナマエさん」
耳元で強請るように囁く。ぴくりと揺れる細い肩を指先で焦らすように撫でれば、微かな吐息が零れる。ああ、本当に、食べてしまいたい。頬を擦り合わせて、唇を見つめる。小さく空いた無花果が静かに開閉しながら、僕の求める言葉を与えてくれる。
「安室さん……私も、あいしてま
「なんて言いませんからね!?」
思わずフォーク投げ飛ばしそうになったわ!!
何その顔。きょとんと目を丸めても可愛くも何もありませんからね。良い年した男がする表情じゃないし、梓ちゃんも頬染めないでよ。
「え〜でも素敵な夢じゃないですかぁ! お家デートなんてラブラブしちゃってぇ〜このこのぉ!」
「いや、夢だとしても鳥肌見て、梓ちゃんこれ見て」
珍しく二人きりで梓ちゃんと話をしたら、遅出の安室さんが大変ご機嫌で入ってきて。それはもうだらしのない表情をしていた。あむぴあむぴとはしゃぐ全女子高校生に突き付けてあげたいくらい。
梓ちゃんは優しいから「どうしたんですか? 幸せそうな顔! いいことありました?」なんて聞いたのが悲劇の始まりだった。
「愛しのナマエさんとのデートというだけで胸がドキドキしたのに、いじらしい姿がもうグッッッッ……とキまして!!」
「恥ずかしがりながら勝気なところがナマエらしい!」
「止めてください、夢抹消してください。夢見る脳味噌切断してください」
今朝見たという夢をとんでもない饒舌で語りだして、その内容が無残すぎて手にしていたフォークで脳髄吐き出してあげたくなったね。最悪だわなんだこの人。
「辛辣さを残しながらも蕩ける恥じた仕草を習得するなんて……。ナマエさんは僕をどうしたいんですかっ!」
頬染めるな。トレイを抱くな。
「でも残念でしたね。良いところで夢から覚めちゃって。後もう少ししたらキスできたのにっ!」
全然残念じゃないから。キスしないから。
そもそも目覚めと共にて忘却すればよかったのに。
「いえ、僕はラッキーでしたよ」
「え?」
「愛する人からの大切な言葉は、直接聞きたいですからね」
「……」
いや、いやいや、なんで私見るんですかねぇ。
「一生言いませんけど」
「またまたぁ!」
「その顔非常に腹立つのでやめてください。梓ちゃん、お会計」
「えぇ? もう帰っちゃうの?」
当然でしょう。席を立つと、丁度良いタイミングで鳴らそうとしていたベルが揺れた。来客だ。すぐに梓ちゃんが対応をして、安室さんがおしぼりの準備をする。
「ナマエさん」
「……なんですか」
梓ちゃんが席へ案内する僅かな時間に、どうして耳打ちしてくるの。
「僕の想いは変わりませんからね」
……。ウインクが無駄に似合ってて腹立つ。
JKがお呼びですけど。早く行っていただいて結構です。