10th Anniversary | ナノ


夢を見ているんだってすぐに理解出来たわ。だって、私が居た場所は自分の部屋であって、こんな真っ白な空間じゃないもの。白すぎて眩しいくらい。壁が見えない。どこまで先があるのだろう。

独り。何もない白い空間に、私独り。
夢は時に願望を表すというわ。きっとそのとおりね。


 〜ぽろん♪


「誰!?」


何もないはずなのに。風も音もない世界で、どうしてピアノの音色が聴こえるの? 一番聴きたくなくて、遠ざけていたはずのものがどうして夢にまで!?


「止めてよ、流さないで!!」


もう嫌なの。音楽は私を不幸にする!


 〜♪ 〜♪♪


耳を塞いでも、体の内側から奏でられているかのように明瞭に聞こえてくる音。でも、よくよく聴いてみると少し知らない音楽だわ。……テンポが途中で無茶苦茶になるし、よく聞くメロディーを逸脱した転調が繰り返される、聞いたこともない音楽。優しくて、柔らかくて、まるで自由な――


「……いつの間に、ピアノ……?」


目を開けると、グランドピアノとイスがぽつんと置かれていた。辺りを見回しても何もない。導かれるようにして近づくと楽譜が置いてあったわ。


「なにこれ。めちゃくちゃな楽譜ね……」


耳に入ってくる音楽のように、規則性のない音符の羅列。こんな楽譜見たことない。……ピアノなんて、もう弾きたくないと家を飛び出したのに。音楽が聞こえない場所へ逃げ込むように布団をかぶったのに。

楽譜を手に取ると、不思議と目が最後まで五線譜を追いかけてしまった。あれだけ離していたはずの指が、鍵盤に触れる。


 〜♪ ……〜♪〜♪♪


「この曲、結構難しい……!?」


いざ向き合って弾いてみるとハチャメチャな楽譜の難易度が高いわ。でも、なんだか……


「楽しいよなっ♪」
「きゃあ!? だっ、誰よ!!」


突然、もう一台のピアノが現れて知らない声が聴こえたわ! ひょっこり飛び出た顔は二っと口角を上げて、笑顔を見せてくる。悪い人には見えないけど、どうして私の夢に?


「うっちゅ〜☆ おれが誰かなんて意味のない質問だ! 中身のないクロワッサンだ☆ ……ん? クロワッサン……って中身なんだっけ? チーズ? おかか? まあ、いいか☆ お前、暫くピアノ弾いてなかったんだろ!」
「えっ、ど、どうして……」
「指が硬いぞ☆ でも愛情は伝わってくる♪ ホラ、最初からもう一回いくぞ〜☆」


気付けば、知らない音は止んでいて。代わりに目の前から奏でられる音が心を躍らせてくる。この人が、弾いていたのね。というか何、この人。途中何言ってるか分からなかったわ。

奏でられるメロディーはある意味楽譜に忠実で、けれど鍵盤を叩く強さやちょっとしたペダルの加減でまるで楽譜に囚われない自由さを感じる。凄い、こんな弾き手が世の中にいるだなんて……!


「お〜い、手を止めるなって! おれは戻ってやんないからな〜♪」
「あ、待って、今どこを」


慌てて追いかける。あんなに弾きたくなかったのに、鍵盤に滑らせた指が止まらない! 凄い、この曲も、この人が奏でる音質も、全てが綺麗だわ! 

二つが重なった音色はテンポを上げて更に飛躍していくのが分かるわ。楽しい、私が奏でた音楽を追うように彼のメロディーが奏でられて、逆に私が追いかけて。まるで子どもがかけっこをしているみたい!


「いいないいな〜☆ やっぱ音楽はサイコーだ♪」
「ねえ、あなたは一体誰? どうして私の夢に出てくるの?」
「ここは夢なのか? わははっ☆ おれはてっきりアブダクションされたとワクワクしてたんだけどな! 人の夢にコンニチワするのも楽しいなっ☆」
「それに、この曲は誰が作ったの?」
「ほ〜うら、転調するぞ☆」


え!? あっ、……!
咄嗟に伸ばした指が、惜しくも鍵盤に届かない。暫く弾いてなかったから、本当に腕が落ちちゃったんだ……。自分から離れたのにどうして悔しいって、私……。


「音楽は自由だ! 誰にもインヒビットされることがない! 無限に広がる五線譜に想いを乗せれば誰だって銀河へ繰り出せる☆ お前、今上手く弾けなくて『悔しい』って感じただろ!」

 
ッ、そんなこと……そんなこと……。否定、したいのに。


「誰かに命令されるから弾くんじゃない、自分が奏でたい音楽を描けばいい♪ ほら、テンポアップだ〜♪」


作曲家のお父様と、ピアノ奏者のお母様を持つ私。昔から音楽と一緒に成長してきて、ピアノに触れない日なんてなかった。でも、お母様が病で亡くなってから、お父様は私にお母様の代わりを求めた。

「俺が作った曲を弾け」「俺の曲でコンクールは全て優勝しろ」「お前はプロに産まれた子だ」「アレンジなんて要らない」「正確に弾け」「俺の音楽を忠実に奏でろ」

全て、お父様の言う通りに。お父様の描く通りに弾けなければ優勝できない。プロにはなれない。お母様のようにはなれない。お父様にさえ従っていれば、必ず――……音楽って、なんだっけ。


「あなたは、音楽が好き?」
「嫌いなわけないだろ! お前だって好きだろ?」
「……私は、好き…だった」
「いや、今でも好きなはずだぁ☆ 嫌いな人間が、この曲を奏でられるわけがないからなっ♪」


意味が、分からないわ。でも、どうしてか彼と一緒に奏でる曲は楽しい。指が今までよりもスムーズに動く気がする。サボっていた自分を恨んでしまいたいくらい。やっぱり、悔しい。指が届かなかったのが。


「えっ!? そんなメロディー無いわよ?」
「楽譜にだって縛られなくていい! お前は頭が硬いなぁ、スオ〜かぁ?」
「すおー?」
「お前の好きな音楽を、おれに教えてくれっ♪」


なんて、楽しそうに奏でるのかしら。……私も、同じように……。ここにお父様はいない。誰にも叱られることもなく、私の音楽を――!


「お、いいぞいいぞ〜☆ サイッコーだな!」
「ねえ、自由に弾いていいのよね!」
「ああ☆」


こんな最高の曲にアレンジを加えるなんてちょっと勿体ないけど、でもこうしたい!


 〜♪ 〜♪♪〜〜


「おおっ!? おおお〜〜お前、すげぇじゃん☆ いいぞいいぞ〜インスピレーション降りてきたなっ♪」
「ねえ、あなた名前はっ?」
「レオ! お前は?」
「ナマエ! レオみたいな奏者に会えて嬉しい!」


気が付けば真っ白だった空間が色とりどりに輝き出したわ。音楽に乗せて光る様子に、まるで踊っているような感覚さえ覚えちゃう! 

楽しい! 音楽って、こんなに楽しかったんだ……♪


「この作曲家教えてよ! 私、今度のコンクールこの人の描いた曲を弾きたいわ!」
「コンクールなんて堅苦しいもの出てんのか〜物好きだなぁ」
「えっ、レオは出ていないの? 勿体ないわ!」
「おれは適当に曲書いて、適当に歌って踊って弾ければ満足だな♪」


曲書いて……? ってことは!


「これ、あなたが作ったの!?」
「ああ! 去年の冬に野良猫とコンビニの前で遊んでたら思いついた! じゃれ合うの楽しかったなぁ〜♪」
「うそでしょ……」


だって、私と変わらない年頃じゃない! こんな自由な発想、どんな人生送ったら出来るのよ!


「お、おぉぉお……?」
「え、何? どうしたの?」


突然、レオが演奏をやめて立ち上がっちゃった。ポケットからメモ帳を取り出してべろりと一枚破いたと思ったら寝っ転がっちゃったわ。え?


「ふふふ〜ん♪ 天からご挨拶してくれたんだなぁ♪」
「レオってば! どうしたのよ?」
「まあ待てって。今インスピレーション降りてきたんだ☆ おれがお前のために『とっておき』を作ってやる!」
「とっておきって……」


次から次へと書き込んでた破いて捨ててしまう。私はそれを拾って、順番に並べていった。五線譜が、繋がっていく……。お父様が作曲に取り掛かる時は籠って、何だか時々叫びながら苦悩を重ねていたのに。こんなに簡単に生み出すなんて……魔法みたい……!!


「レオは、魔法使いなのね」
「おれが? わはは☆ おれが魔法使いだったら、世の中全部音楽で埋め尽くして、みんなで奏でられる世界にしてやるんだ☆」
「私もっそこに行きたい!」


レオと一緒に音楽を奏でていきたい。レオの音楽を、私が発信していきたい!


「これ、お前にやる」
「え?」
「お前が産声をあげた記念☆」


産声ってもう産まれてるのに……。
レオから渡された最後の一枚。こんな短時間で作られた曲を奏でるのが今から楽しみ!


「ねえ、せっかくなら今弾きましょうよ!」


ピアノがあるんだし、と振り向いたらどうしてか二台あったはずのグランドピアノが消えていた。どうして?


「ねえ、ピアノ消えて――……レオ? ……レオ!?」


レオまでいない!!
どうして? また真っ白な空間に戻ったこの世界に、私、独りなんて……。せっかくレオと出会えたのに! ねえ、嫌だ、もっとレオと話していたい! レオと一緒に音楽をやりたい!!



「――…………あさ……?」


……夢、だったんだ……。
ううん、最初から分かってた。夢だって。それがいつの間にか、現実以上に楽しくなっちゃって。私の音楽への気持ちがレオを作り出したのかな。


「ッ〜〜ある! ……楽譜があるっ!」


枕の横には、あのメモたちがあった。夢じゃなかったの!?


「これだ、レオの五線譜!」


着替えるのも惜しくなって部屋を飛び出した。ピアノが設置されている部屋へ駆け出すと、お父様からの怒りの叫び声が聞こえる。昨日もレッスンをサボった事を怒っているんだわ。でも、今はそんなことどうでもいいの!

別紙に張り付けたメモたちに目を通して、大きく息を吐く。鍵盤に指を置くと、するすると指が動くの。凄いわ、なんて綺麗な曲……初めは暗い導入なのに、段々心躍るようなアップテンポへ変わっていって、更に天へ飛んでしまいそうなほど軽やかなリズムになっていく!


「レオ、やっぱりあなたはいたんだ……!!」


ああ、どうかもう一度会いたい。
きっと私が音楽を愛して続けていれば、また会えるよわね!


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