先程まで真っ暗で密閉された空間が、解放された。
「以上だ解散。」
その言葉を合図に、息詰まるその場から多くの人たちが立ち去る。
これで今日の会議は終了だ。長かった。
「それにしても部門長。」
「どうした。」
「何故また警備に私たちが当てられるのでしょう。
今回は魔物関係でも、ましてやアルクノアテロ予告もないんでしょう?
それなら、担当になるのは警備部門ではないのでしょうか。」
アルクノア――
忘れもしない、名前。
「奴らの戦力は未だ衰えることを知らない。平気で黒匣を用いてくるからな。
戦闘になったときに、突っ立っているだけが仕事の警備共は役にたたんだろう。」
「はぁ……。」
「それに、近頃良くない噂も立っている。」
噂?
「来週にアスコルド自然工場のセレモニーが開催されるのは知っているな?」
「はい。確かビズリー社長も出席なさるとか。」
「そうだ。そのセレモニー会場にてアルクノアが動くのではないかという噂が近頃流れている様子。」
「アルクノアが? ……。」
「たかが噂ではあるが火のないところに煙は立たない。」
「いつ動き出すか分かったものじゃないということですね。」
「そうだ。お前もその腕落ちぬように磨いておくんだな。」
大きな掌で背中を叩かれる。
厭味ったらしい口調でそう言った上司は部屋を後にして、私だけが1人立っていた。
アルクノア。
あの時の戦いでも、私たちが向き合う必要があった組織。
その組織はまだ、潰れてはいない。
今は、このエレンピオスとリーゼ・マクシアの和平に反対しテロ活動を行っている。
拠点がどこなのかも、リーダーが誰なのかも、イマイチ掴み兼ねており、相も変らぬ脅威となっているのは確かだ。
それでも、
「そんなアルクノアを支持している人たちもいる。
まだまだ、共存までの道のりは遠い……か。」
けれど、これを成功させなければならない。
そして私たち人と精霊たちが共存できる世界を生み出さなければ……。
彼女の、ミラのためにも一刻も早く理解を。
「ナマエ、」
「!、ユリウスさん。」
ふと声をかけられ、振り返ると彼がいた。
「会議が終わったと聞いたんだが、どうかしたのか?」
酷く考え込んでいたようだが。
そう付け加え、彼は机の下に収められている椅子の背もたれに腰掛けた。
そこ、座るところじゃないです。
「まあ、……ちょっと。」
「アルクノアのことか?」
「……はい。」
言わなくても分かるユリウスさんって……。
眼鏡を光らせて、彼は腕を組んだ。
「近頃はテロ活動も大きくなっているからな。見過ごせない。」
「あの、」
「ん?」
「ユリウスさんは可能だと思いますか。」
そんな彼と向き合う。
「エレンピオスとリーゼ・マクシアの人々が和解し合い、手を取り合うことが。
精霊術を恐れず、黒匣を恐れず、お互いを理解し合い共存することが。」
「……その未来を、作りたいのではないのか?」
え。
「だからナマエは頑張っているんだろう? そのために、今ここにいるのではないのか。」
「それは……。」
私は確かにエレンピオスという故郷を知って、そしてこの人たちにリーゼ・マクシアというもう1つの故郷を分かってもらいたくてこの場にいる。
けれど、本当に私がこの場所にいるのは、また別の……。
思わず視線を泳がせると、ユリウスさんが近づいてきて、そっと肩に手を乗せてきた。
あたたかな温もりが、じん…と触れた部分から広がっていく。
「弱気になるな、俺たちは、分かりあえる。」
「ユリウスさん……、」
顔をあげれば、強い眼差しで、それでいて優しく口元を緩める彼の顔。
「それとも、ナマエはリーゼ・マクシア人が怖いのか?」
「まさか! 彼らだって私たちと何1つ変わらない。それを、私は誰よりも知っているつもりです。」
一緒に旅して、一緒に分かち合えた。
大切な仲間と共に手を取り合って、自由を掴みとった。
何も変わらない。区別することがむしろ、誤りなのだ。
「それが、答えだ。」
「……、はい。」
「よし。暗い顔はするもんじゃない。いいな?」
「はいっ!」
肩から頭にその温もりは移り、優しい手つきで撫でられる。
あぁ、この人は本当に……。
「さて、俺はお腹が空いた。昼食でもどうかな?」
「もちろん喜んで。」
彼の大きな背中を追いかけるように歩く。
そうだ、弱気になってはいけない。やると決めたからにはなさねばならない。
それがマクスウェルとの約束であり、ミラとの約束であるのだから。
そっと、手首にはめてあるバングルに触れる。
私はこの約束を達す。
そして、従来の目的も、必ず叶える。
「ユリウスさん。」
「どうした?」
「ありがとうございます。」
「……あぁ、どういたしまして。」
(うわ、混雑してる……。)
(購買で買って、別の場所で食べるか。)
(そうですね。…視線も、痛いし。)
(ん?)
(い、いえ……。)
(ユリウスさん、かっこいいもんなぁ。)