スラブ | ナノ

安室透は順調に組織の内部へと踏み入れることに成功していた。スパイだと疑われはしているものの、トップと親密そうな女とは距離を詰められた。その女からは信頼を置かれているらしい。それだけでもかなりの収穫だ。

降谷は久々にスーツに身を包んで登庁していた。


「そうか。まだ向こうのボスの素性は分からないんだな。」
「ええ。ただ、幹部のうち3人と接点は持ちました。早いうちに拝みますよ。」
「ところで、見つけたか?」
「スラブ、ですよね。」
「そうだ。」


この潜入捜査を任された際に伝えられた、仲間の存在。スラブと伝えれば分かると言われてはいるが、安室にはその仲間が誰に該当するのかまでつかめていなかった。時にスレイプの面倒見の良さがそれかと疑い、時にこの身を心配してくれた女がそれかと疑い、時に射撃や情報収集に長けている篠河がそれかと疑い、キリがない。正直に降谷は首を横に振った。


「いえ。」
「そうか……フ、あいつは難しいぞ。」
「……どのような人物なのでしょう。」
「悪戯-あそび-が好きだな。」


悪戯だって?
降谷は眉間にしわを寄せて考えた。スレイプは悪戯口調だ。思えば女も好きそうだった。篠河は――違うか?


「君と同じさ、降谷くん。」
「俺と一緒ですって?」
「ああ。自信家ゆえに圧倒的な余裕を振りまいて他者を遊ばせて愉しむ――そういう人間だ。」
「つまり、俺もそういう人間だと仰りたいわけですね。」
「大差あるまい。」
「自信も余裕も持っているのには違いありませんね。」


でなければ、こんな仕事に就けやしない。
だがそれは先の捜査官も同じなのか、と降谷は口元に手を当てる。


「君が一刻も早く暗号を唱えてくれることを期待している。」
「……ご期待には応えます。」


上司は降谷の肩に手を乗せて立ち去った。1人になった降谷は考え込む。いったい誰が捜査官なのか。きっとこれだけ潜入して時間が経っているため、既に接触はしているのだろうと降谷は踏んでいた。だが、誰がそれなのかが手がかりも掴めない。組織を潰すのは勿論、捜査官を明確にするのもまた降谷の任務の1つだった。何の意味がこもっているのか不明瞭なスラブを告げなければならない。


「降谷さんっ!」


その時だ。男が嬉しそうに声をかけてきたのは。


「今日はいらしていたんですね、お久しぶりです……!」
「風見か、声が大きいぞ。聞こえてる。」
「す、すみません!」


風見裕也。警視庁公安部に所属する男であり、降谷の部下にもあたる。


「捜査は順調ですか?」
「まあな。」
「潜入捜査なんてすごいですね、さすが降谷さん!」
「内容は教えないぞ。」
「分かっていますよ。」


同じ警察の人間であっても、捜査内容は明かさないのが掟だ。潜入捜査、とだけ伝えている降谷はいつか彼と街中で会った時に先ほどのように声をかけてこないか些か不安を抱えていた時期があった。何分、風見は降谷への信愛度が強すぎる。


「ところで、ウチに新しく配属された人物はご存知ですか。」
「いや、新人か?」
「どこから異動になったのかが明確ではないのですが、今全体の指揮を執っている男です。」
「全体の指揮? ほぉ、挨拶でもしたいものだな。」
「ただ神出鬼没で、気づいたらいないということが多くて……忘れたころに顔を出してくるらしくて。」
「らしい? 風見は会ったことがないのか。」
「残念ながら。対面した人が言うには、見た目は若くて、少し細身で……あ、降谷さんみたいですね……!」


羨望の眼差しを跳ね除けて降谷は腕を組んだ。どうやら自分の身の回りの環境が変化しつつあるらしい。戻ってきたときに順応できるように情報は集めておきたい。情報が今最も自分に必要な武器なのだ。


「今日はいるのか。」
「いえ、誰も見ていないようです。」
「そうか……。」
「降谷さん、この後は?」
「戻る。」


この後も潜入先で任務が控えている。早めに行って、少しでも集められる情報があれば得なくてはならない。時計の時刻を確認して、降谷が歩みだした途端だった。見たことのある男を視界に入れたのは。


「降谷さん?」
「……。」
「どうかしましたか?」


風見が声をかけても反応しない。降谷はただその男を見つめた。相手もこちらに気付いたようだ。厭味ったらしく口角を上げて、近づいてきた。


「久しいな。順調か?」
「……。」
「だんまりか。ま、順調なら今なお潜入はしていないんだ、進んでいないようだな。」
「お前ッ、降谷さんになんて口を!」
「風見、黙れ。」
「っ……。」


降谷は一歩足を前に出して、肩をすくめた。


「順調なら潜入していないということは、どういうことです。」
「考えろ、分かるだろう?」
「……スラブ、ですね。」


どうやら正解らしい。男は何も言わなくても、笑みを深めた。


「情けないな。口軽な男も、トップに近い女も、情報に長けた女も、お前の身近には既に駒が揃いつつあるというのに。」
「――!」


男の言葉にハッとする。なぜ、知っているのかと。


「まさか……いや、捜査官からきいたんですね。」
「報連相はしっかりしているヤツだからな。」
「やはり俺は会っているのか……。」


男は歩を進めた。降谷の隣を素通りする際に、再度口を開く。


「アイツを愉しませるのは結構だが、そろそろ踏み込んでほしいところだな。次が控えているんでな。」
「なに……?」


振り返ったときには、男はあの時と同じように手を振って足を止まずにいた。その背中を睨みつける。風見が隣で声をかけてきたが、降谷はこれには応えなかった。こちらは真剣だ。遊びではやっていない。


「フン、面白い。悪戯好きのセンパイに灸を据えてくれてやる。」




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