スラブ | ナノ

ローテーブルにことん、と小さな音を立ててカップが置かれる。中で揺れる液体がちゃぷんと小さな波音を立てた。すぐにカップは女の手に持たれて、口へと運ばれる。湯気が彼女の頬に触れる。


「ん、美味しい。」
「インスタントですけどね。」


女はクッションに腰をおろして、安室は少し硬いベッドに座る。腰を曲げてじっと女の様子を見つめていた。やはり、風呂上がりで違いなさそうだ、髪の毛の先が未だに湿っている。そんな状態で一体、どれほどの時間自分を待っていたのか。


「身体、冷えていませんか?」
「え?」
「お風呂上りなのでしょう。」
「やっぱり、分かる?」
「ええ。驚きましたよ、風呂上がりの女性が部屋の前で待っているとは、心臓に悪い。」
「フフ、ごめんなさいね。」


女は髪を纏めて、右側へと流す。安室からは白い首筋がやけに色付いて映った。


「それで、話とは? よほど大事な用だとお見受けしますが。」
「……えっと、」


過ごした時間はあまりにも短い中でも、彼女が口籠るのは珍しいのではと安室は驚く。なんでもにっこりと笑顔を浮かべて、時には足を突き立てて率先する印象が根強かった。そして、躊躇なく放ったあの銃声を忘れはできない。


「……シーちゃんと、居たの?」
「え? ええ。」
「さっきまで、ずっと?」
「それがどうかしましたか?」
「……。」


やはり、珍しい。思えば、任務の帰り際から彼女の様子は変化していた。ぼうっと遠くを見つめて何かを考えている様子だったのを思い出す。


「……何か、言われた?」
「いえ。とくには……ああ、拳銃の所持を認めてくれましたよ。」


ホラ、と懐からそれを見せれば、彼女は緩やかにほほ笑んで「おめでとう」とだけ告げてきた。返しの礼を告げると、彼女は口を再び閉ざす。相手が語るまで待とうという安室の姿勢を感じたのか女は逡巡しつつも、膝をつきながらベッドに近づいた。安室の膝に手をついて、彼女は見上げた。


「、」
「あのね、透。」
「はい。」
「……スパイが、いるみたいなの。」
「え?」


彼女は瞳を揺らして、背中を伸ばす。乞うようにその掌が安室の頬に触れられた。近づく顔に思わずドキリとさえする。


「透じゃ、ないよね?」
「……当然でしょう。」
「……本当だよね?」
「僕を疑うのですか?」
「……シーちゃんが疑う相手は、皆本当だったから……。」


思いのほか、この女は安室透がお気に入りなのかもしれない。淡々とトリガーを引いた、あの時の凛々しい彼女はそこにはいなかった。ただ純粋にこの身を心配しているようにも見受けられる。勿論、これが演技でなければの話だが。
安室は自分に触れられたその手に自らのを重ねた。ぴくりと揺れた指先にどこか愛着がわく。


「心配してくれるのですね。」
「シーちゃんは、統領の命令で相手の情報を探ってからこうやって対面するの。そうやって、何人もシーちゃんの執拗な捜索でスパイは刈り取られる。」
「その情報網から、ここにスパイがいると分かったのですね。」
「ええ。以前、データベースに不正アクセスした足跡を見つけたんですって。」
「ホゥ、データベースにですか。」


心臓がまたもや高鳴った。それは嫌な高鳴りであった。なぜなら不正アクセスは安室がやったものだからだ。当然足跡はすべて復旧出来ないように削除もした。痕跡がつくような間抜けな潜入は一切しなかった。それがバレている。どうやら篠河はよほどサイバー系にも強いようだ。あの時の疑いの言葉には、この件も含まれていたのかもしれない。


「透は、ここにいてね……?」
「貴女は欲してくれるのですか、僕を。」
「……仲間が消えるのは嫌だから。」
「仲間の枠に、僕はいるのですね。」
「……意地悪……。」


女の瞳の奥深くに、安室は感情を見出した。何度も受けたことのある熱い思いがそこには隠れている。しめた。意図的にゆっくりと目を薄めた。途端、女の唇が微かに開く。


「……。」
「……。」


互いに無言で、そっと近づいた。女が瞼を閉じたのを確認して安室もまた同様にする。ふわりと触れるだけの体温が温かい。安室は頬にあてていた手を彼女の首筋に当てた。すると女が更に唇を押し当ててきた。安室は首筋を撫でながら角度を変える。


「っん……。」
「……。」
「ん、…ん、とおる……。」


彼女の腰へと腕を下ろせば、その身軽な身体を持ち上げて膝の上に乗せた。


「…口を開けて。」


一度唇を離す。耳元に近づいてその耳朶を挟めば、ぴくりと彼女の身体は揺れた。そこに息を吹きかけ囁く。


「……いい子だ…。」
「ぁ、」


ゆっくりと開いたことに安室は無遠慮に舌を入れ込んだ。逃げる舌を後にして歯茎の裏に舌を這わす。その度に反応する身体をどこか愛おしく思いながら、安室はようやく逃げるそれをつかまえて絡みついた。


「ふぁっ!」
「……可愛いですよ。」
「っぁ、うれし……。」
「ふふ。」


漏れる艶色。安室は彼女の身体をベッドに組み敷いた。ぎしりと歪むスプリング音に気持ちが昂る。白いシーツに広がった黒い髪を指に絡めた。


「さぁ、不安を全部取り除いてあげますよ。」


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情報3
▽ 篠河朱音(シノカワ アカネ)
赤茶の短髪に、迷彩服が特徴的な幹部の一人。日本人。
黄蛍光色のゴーグルを常に装備して、ライフルを背負っていることが多い。
「シーちゃん」と愛称しているもう一人の幹部の女(嬢)へ敵対心を持っている。




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