スラブ | ナノ

帰りの道のりでは、スレイプが運転を務めた。後部座席には女と安室が座っており、女は珍しく何も口を開かないままぼうっと外の景色を見つめていた。その半面で、スレイプは絶えず口を開く。


「にしてもオマエ、凄ェぜ。」
「え?」
「あの篠河に気に入られるとはな……しかもアイツの初手を交わしたのは嬢くらいだゼ。」
「へえ。彼女の腕は凄いですね、ライフル背負ったままのあの打撃は中々のものですよ。勿論、それを交わしたという貴女の腕も、さすがと言わざるを得ませんね。」


安室の視線が女へと向く。だが、女はやはり何も言わなかった。バッグミラー越しにスレイプと視線を合わせるが、スレイプは小さく首を横に振った。


「彼女も幹部の一人なんですね?」
「ああ。篠河はカシラの腕に惚れて入ったんだ。」
「確か、頭は重火器の取り扱いに長けているんでしたね。」
「そゆことだ。にしても、今夜行くのか」
「え?」
「誘われてだろゥ。ヒュゥ!」


どこの中学生ですか、と安室は苦笑する。チラリ、と女を一瞥するが当然これにも反応はなかった。いったい何が彼女をそうさせているのか。疑問を抱えながら、安室は小さく頷く。


「行きますよ。僕も彼女の腕には興味があありますから。」
「間違えて銃口当てられないようにしとけよ。アイツ、マジでやるからなァ。」
「……え、マジでやるんですか?」
「おう。2回ヤったゼ。スパイが入り込んだ時にガゥンッてな。」
「ホゥ、スパイが。恐ろしいですね。」


オマエも目を付けられないように気を付けろよ。
スレイプの疑惑の視線が向いた。安室は臆することもなく、当然ですよと小さく頷いた。

アジト地下に、鉄扉で区切られた部屋があった。組織の、一部の人間が使う射撃訓練場。そこに安室と篠河の姿があった。変わらない迷彩服にゴーグル姿が、戦時中の人間を彷彿とさせる。安室が立ち入ったその時から篠河の銃口は火を噴き続けていた。どれも的確に、的の中央を射抜いている。安室の姿を映した篠河は、無言で銃を数種類選ぶよう差し出す。安室は迷わず手に収まるそれを取って、遠い的に向かってトリガーを引く。


「ホゥ……やはり見込んだ通りだ。」
「眼鏡にかなったようですね。」
「だがその手腕、どこで極めた。貴様は何者だ。」
「なるほど。僕がスパイなのでは、と疑っているのですね。」


安室は手の内で銃を一回転させて、それを元の場所にしまう。ポケットに手を入れて、肩をすくめた。


「疑うには当然の対象ですね。ですが、この裏社会においてこの程度のこと造作もないでしょう。」
「……。」
「そんなことを言ったら、貴女の腕もどこで磨いたのか気になるところです。大勢いたあの取り巻きを、あの速度、あの正確性で打ち抜くのは中々できるワザじゃない。まして、どれも心臓を一突きだ。」
「アタシの武器はコレだ。鈍い腕でこの立場に居ない。」


篠河は自分の武器を肩に担いで、その鋭い眼光で安室を一直線に見つめた。そのまま、篠河は安室に対して、揃えた複数の銃を試しに撃つよういい放った。安室はそれに従って実行する。背後から腕を組んで見つめてくる視線が、昔の修練を思い出す。
一通りの銃を取り扱った安室をじっと見つめた篠河は、小さく息を吐いた。


「貴様には先の拳銃が似合いだな。」
「頂けるのですか?」


差し出された最初の銃を受け取りながら、安室は小首をかしげる。


「貴様の腕、確かにアタシが験した。」
「なるほど。頭からの命令だったわけですか。」


ふと黒髪の女が、先の任務を生き残ったらあげる、といっていたのを思い出す。黒髪の女から、篠河に試験官が変わったのだ。もしかしたらスレイプが気さくに話しかけてきて、共に行動するのもある意味で監視、試験のうちだったのかもしれない。


「これより貴様に帯銃を許可する。少しでもおかしな真似をしてみせろ。貴様の脳天撃ち抜いてやる。」
「肝に銘じておりますよ。」


そして再び、この鉄の檻の中に銃声が響き渡る。篠河は既に仕事は終えたと言わんばかりに安室に背中を見せ、射撃の練習を始めた。その背中も無防備に映れば楽なものの、少しでも近づこうならば標的に変更されそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。

安室は受け取った拳銃を懐に収めて、射撃場を後にする。自室へと戻る。


「(スレイプ、篠河、そして黒髪の女性。残る幹部はあと1人か。まだトップの情報も、ましてや麻薬、武器の密輸ルートすら何もわかっていない。これからが本番か……それにしても、あの篠河の腕には驚いたな。トップがこれ以上の敏腕だというなら、少し厄介ごとになるかもしれない。――ん? あれは……。)」


自分の部屋の前に、影を認めた。長い髪を弄りながら、ぼうっと立っているのはあの嬢と呼ばれる女だった。いったいどうしたのか、安室は少し警戒しながらも、笑顔を浮かべながら声をかける。


「どうしたんですか。こんな夜更けに男の部屋の前にいるのは感心しませんが。」
「透……やっと戻ってきた。」


意外なのは、ほっとした様子でこちらに近寄ってきたことか。ラフな格好で、髪は少し濡れている。仄かに香ってきたそれはシャンプーのものなのか、どちらにせよ頬の赤みも含めて風呂上りなのだと推測はできた。これには思わず安室も苦笑せざるを得ない。更にこれに加えて、彼女はごくごく当然のように爆弾を投げつけてくる。


「話があるの。部屋の中でしたい、入れて?」
「……。」
「なあに? もしかしてこの後も予定あるの?」
「……いえ。」


思わず口籠った安室に、女は怪訝そうな表情を浮かべる。本当に、まったく理解していないようだ。軽率な行動はできない。スレイプは以前、この女の機嫌を損ねればどんな立場であっても組織に居られなくなると警告をした。つまり、この女さえ堕とせば、組織の何かを掴める可能性が高いのだ。ここは、少々危険だが少し距離感を詰めた方が良いと、安室は咄嗟に判断した。

ポケットから与えられた銀の鍵を取り出して鍵穴に差し込む。良い感じでこの女の心の隙間にでも入ることが出来れば……焦らないようにゆっくりとドアを開けた。


「何もありませんが、どうぞ。」
「ありがとう。」


そうして彼女を招き入れた。




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