スラブ | ナノ

安室が幹部へと昇進したのは、それから数日後だった。そこで分かったのは、現在幹部は新参の安室を除いて4人いることだった。現在把握しているのは、スレイプと彼が『嬢』と呼ぶ女だ。後者に至ってはほぼ存在は明確ではない。結局のところ、やっと本格的な捜査が開始できる状況になっただけだった。

だが、それでも数か月でこの地位まで伸し上がれたのは大きい。自室を手に入れた降谷はベッドに腰を下ろした。少々硬いのが難だが、部屋は一流ホテルのように豪華だ。


「安室。今いいか。」
「ええ、どうしました。」


休んでいた彼に声をかけたのはスレイプだ。安室が幹部に昇進してからも関係は良好で、慣れぬ彼に尽くしている存在。扉を開けると珍しくサングラスをかけていた。思わず安室はそこに第一声を発する。


「あれ、サングラス。」
「どうだ。カッコいいだろゥ?」
「いえ、残念ながらスレイプの顔型にそのサングラスはちょっと……見栄張り過ぎじゃありません?」
「お世辞でもいいからカッコイイって言って!?」
「あ、すみません。」


話せば話すほど気さくな性格のスレイプに安室は正直助かっていた。彼が思っていたよりも、情報を守る壁が高く厚いのだ。未だに安室はここのトップの顔を映すどころか、名前も素性も、今どこに身を潜めているのかも知らずにいた。更に言えば、ここの幹部である残り2人も同様である。嬢と呼ばれているもう1人についても素性はハッキリしていない。


「仕事だぜ。出れるか。」
「ええ、勿論。」
「じゃ行きましょ。」
「!」


まだまだ先は長いと思っていた安室に、またもやチャンスは到来した。


「今日は嬢も一緒だゼ。」
「あれ以来だね、透。元気だった〜?」
「ええ、お嬢様の顔を見て元気が今出ました。」
「フフッなあにそれ。お嬢様ってのも止めてよ。そういうタチじゃないから。」
「だよなァ、嬢は嬢でもお嬢様ってヤツじゃッイテッ!? イテテテテテ!!」


ああ。あの時とまんまだ。安室は思わず苦笑する。


「へぇ、スレイプに言われたくないなぁ。似合わないサングラスかけて見栄張っているスレイプくんには言われたくないなぁ。なんだっけ、嬢は嬢でも?」
「お嬢様です!!!」
「よろしい!」


ヒールが食い込んでいるビジネスシューズが悲鳴を上げている。可哀そうにと安室は肩をすくめた。余計なことを言うからだとスレイプに目で訴えると、彼も小さく肩をすくめる動作をして返した。


「私、透の運転で行きたいな?」
「僕でよければ、勿論。」
「フフ、決まり。スレイプの運転は酔うから嫌いなのよ。」
「嬢ってオレの扱い酷くねェ?」
「気のせいじゃなぁい?」
「そうかァ?」
「そうそう。ね、透?」
「ええ。」
「ひっど!!」


賑やかな3人が通る道では、部下たちが頭を垂れていた。安室がいるからではない、スレイプがいるからでもない。すべては彼女がいるからだ。いったい何者なのか、スレイプのいう『特別』の正体が原因なのだろうとは予測付いていた。

組織の車で発進した一同は、内蔵されているカーナビに従って進んでいた。助手席に腰を下ろしたのは勿論女で、スレイプは後ろで足を大きく広げて座り込んでいる。


「へえ。では我々と繋がりたいと取引を持ち掛けている輩を潰したいということですか。」
「そっ、欲しいのは麻薬じゃないみたいだしね。」
「武器ですね。」
「……。」
「あああ、安室ォ!」


ぽろりと漏らした――ワザと、漏らした安室の発言に、女の表情が凍り付く。同時に、後部座席で悠々と腰を下ろしていたスレイプが冷や汗を掻きながら両手をブンブンと、頭もブンブンと左右に振る。


「スレイプちゃん。」
「は、は、はい。」
「漏らしたのはどのお口かな? 私の練習台になってくれるのかな? お口を御弾でぶち抜かれたいのかなぁ?」
「すっみません!!!!」
「あはは、そう怒らないで上げてください。僕が無理やり聞き出してしまったんですよ。」


声をあげて笑う安室をスレイプが睨むが、彼はこれを軽やかにスルーする。女ははぁっと溜息をついた。その細い脚を組んで口を尖らせる。その視線はスレイプに見せた冷ややかなものではなく、面白げに満ちた瞳だった。


「透は案外意地悪なのね。ま、スレイプが弄りやすいのは認めるけど。」


すぐに脚を組み替える女を安室は横目で見つめた。黒い前髪から覗く漆黒の瞳とかち合う。緩やかに薄められた瞳に、安室もまた同様に返した。


「透の言う通りよ。私たちの武器を彼らは欲しがっているの。」
「武器を簡単には流出できない。だから我々が所持しているのを内密にするために潰すというわけですか。」
「それもあるし、思い知らせてあげるの。」
「思い知らせる? 何をです。」
「貴方たちみたいなドブネズミに武具は勿体ない品物だってね。」


一般的にみて可愛らしい部類に入るその顔が、毒を吐く。初対面のあの時から感じていたが、やはりこの女性は思いのほか過激派らしい。とはいえ、幹部である以上は多少の冷酷さは持ち合わせているのだろう。


「目的地に着き次第、私と安室が先行。スレイプには車内で待機してもらうわ。」
「外はオレが守る。オマエは嬢と一緒に敵を打ち倒せ。」
「交渉は?」
「不必要。ま、多少遊んであげましょう。」


車が目的地に近づいた。ナビにそって進んでいる車が工場に入る。どうやら使われていないらしく、所々に雑草が生い茂り、苔も目立っていた。更に奥へと進む巨大な倉庫が4,5列連なっていた。


「この一番奥が落ち合う場所だ。」
「ところで僕は丸腰ですが。」
「これ生き残ったらあげるって。」
「それはまさか、頭がですか?」
「うん。」
「ホォ、俄然やる気が出てきますね。」


つまりこの任務さえ成功させれば、更に組織の中枢へと近づけるのだ。安室は口角を上げてアクセルを踏み込んだ。車はスピードを上げて目的地に近づく。途中、何やら力強い視線を感じるが3人はそこに目を向けることもしないままただ目的地を目指した。車はすぐに停車する。スレイプを残し、女と安室が車から降りた。受ける視線が鋭さを増す。女は悠々をパンプスを鳴らしながら倉庫の中へと入った。安室もまた、一歩後ろで歩を進める。


「待っていましタよ。」
「それは失敬。落ち合う場所がこんな遠いと大変なのよ。ね?」
「ええ。道中での視線も痛くて緊張してしまいましたよ。」
「フフフ……歓迎のツモリだったのですガ、失礼いたしましタ。」


2人を待っていたのは先方のトップだという中華風の男と、彼らの取り巻きだった。中華風の男は細長い髭を長い爪でいじりながら言葉を続ける。


「さテ、ここに来たということハ、我々の要求に応エテ下さるということですネ。」
「私は統領の代理できたの。私には統領の言葉を正確に伝える義務があるわ。」
「なるホド。でハ、聞きましょウ。」


中華風の男は指先の動きを止めないまま、小さく頷いた。対峙する女は口角をあげる。腕を組んで、足を少し広げて仁王立ちをすれば、顎先をあげて彼らを見下す表情を浮かべた。


「『貴様らドブネズミには腐った生ゴミが似合いだ。クソが。』」




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