スラブ | ナノ

降谷零による組織への潜入は、初にしては上々なものであった。事前の手配というやつが入念だったのもある上に、潜入早々売られたセンパイからの挑戦を容易く勝ち抜いたことが功を制したらしい。どうやらここは実力が全てを決する社会のようだ。

降谷は潜入前に作り上げた『安室透』という人物になりきって、実力勝負の組織で奮闘する。その結果、報告にあった通り、この組織は麻薬を一般人へと渡し巧みな話術で更に第三者へと流す動きをしているのが明確になった。

しかしまだ武器流入については触れることができていなかった。そして同様に、この中に潜入しているという同じ捜査官も焙り出すことができていなかった。以降、何の手掛かりも掴めないまま既に3か月が過ぎ去っていた。そんな折だ。組織の幹部から勧誘を受けたのは。


「アンタの働きにはオレたちも目を置いている。」
「へぇ、それは嬉しいですね。」
「アンタ、なんかやってたのか? 運動。」
「ボクシングは少し嗜んでいました。」
「はぁ〜、なるほどなァ。」


男はグラスに酒を注いで、それを勢いよく呑み込む。食事の手は進まないまま、ひたすらアルコールが投入されていた。


「そりゃ、入った途端にアイツらをノしたのも分かるってもんだ。」
「ハハ。まさか僕も、初っ端から喧嘩売られるだなんて思いもしませんでした。」
「アンタ、細っこいし頼りなさげだからなァ。アイツらも簡単にヤれると思ったんだろうぜ。」
「ま、結果としては僕の力を最低限示せたので良好でしたけどね。」
「言うじゃねェか!!」


がっはっは、と口を大きく開いて笑う男に、降谷もとい安室は苦笑した。これが幹部で良いのだろうか、そう心配せざるを得ない。だが、同時にこれはかなり良い状況なのだと理解もしていた。


「見た目のヤワさを感じさせない実力にカシラも関心してな。」
「カシラ……? そういえば、一度もお会いしたことがありませんが、どのような人物なのですか?」


そう、チャンスが到来し易いのだ。安室は既にアルコールによって顔を赤らめている男に、自然な流れで問いかけた。男はグラスを持つことを止めて、ビンをその手に収めれば勢いよく傾ける。唇から溢れ出る琥珀色が、喉仏を通ってシャツに染み込んだ。


「そりゃあ、カシラはカシラだぜ。慎重すぎる所はあるが、いざ決行するときには勢いがいいね。爆発力がある。」
「爆発力?」
「あァ、あの人が使う重火器はいいぜ? 火力は常に最上。オレらじゃ腕吹っ飛ばされる勢いのを片手で扱いやがる。」
「重火器、ですか。」


安室はポケットから無地のハンカチを取り出した。それを男に差し出す。胸元で広がるその侵食を抑え込むように、男はハンカチをシャツに押し当てた。


「サツが突入しても、カシラのそれがあら一発よォ!」
「ですが頭だけ手にしてても、我々にできることは限られますが……。」
「あン? カシラだけじゃねぇよ。ホウラ!」


男はハンカチを持ったまま胸元から音を立てずに拳銃を取り出した。ぎらりと光る銀色のフォルムに安室の顔が映る。


「へえ、タウルスM44ですか!」
「お、安室オメェ、銃にも詳しいのか!」
「多少の知識はありますよ。それにしてもココは武器も得ているんですね、イイ所に所属できて光栄だ。」
「まアな。最近は武器もバラ撒こうぜって話になってるんだぜ。」
「へぇ、武器を! ですが、警察の眼をどうやって欺くのか。そもそも武器をどこから入手するのかが問題になりますよね。」


泥酔状態へと傾いていく男に、安室は踏み入る。少し立ち入り過ぎたか、と一瞬頭が制止をかけたが、目の前の男はそれには気付くことなく再び簡単に口を開いた。


「武器は全部カシラが仕入れてくれてんのさ。どこからってのはオレたちも知らねェが……たぶんアレだな。」
「アレ?」
「……あんナ?」


男は口角を厭らしいほどに吊り上げる。周囲に視線を動かし、誰もいないことを確認して男は屈んだ。安室も同じように身を屈めて、男の口元に耳元を当てる。


「カシラは今、別の連中と取引中なんだ。」
「取引中ですか。その連中とは?」
「オレも詳しいことは知らねェが、なんでも大きい組織らしいぜ。カシラの麻薬バラまいてんのを知って、声をかけてきやがったのさ。」
「ホォ…随分と鼻がいいんですね。」


どうやらネズミが増えそうだと安室は新たな情報という武器を得たとほくそ笑む。男はハッキリとした口調で口を開くものの、やはりかなり緩んでいるらしい。この食事への勧誘の最初で言われたのは、安室の幹部昇進の話があるということだった。それもあってか、自らの部下であり、同じ立場になるであろう人間に話したくて仕方がないのかもしれない。簡単にボロを次々出す様子に対して、安室はもしやこの男が、上司の言っていた同じ捜査官なのかと疑いもしていた。だが、確信は何もない。下手なことを離せば自らの立場が危ういのだ。慎重に安室は相手から情報を引き出すしかなかった。


「あァ。カシラもそれを買って、今交渉中ってやつだ。」
「それで、その組織というのは。」
「せっかくだ。昇進も近いオマエには話してやるよ、安室。なんでもソイツラは」


だが、そう簡単にすべてが漏れることはなかった。


「何をしているの? スレイプ。」


淡々として声が突然響き、安室の心臓が飛び跳ねた。だがそれは男も同様で、身体を大きく振るわせて、手に持っていた酒瓶が床に落ちて割れる。その破片を踏みつぶしたのは、黒いパンプスだった。そのパンプスから長い脚、細いくびれ、女性特有の双丘に、流れる黒い髪、そして映るのは、凛々しくも端正な顔立ち。その顔を見て男は口元をひきつらせた。


「な、な、なんだ、驚かすなよ、嬢!」


真っ黒なスーツに身を纏った女性の、にっこりと笑顔を浮かべた表情は、一見愛らしいそれに映るが現状はそうもいかない。男――スレイプは一気に酔いがさめたのか、赤い顔は青く一変した。


「何をしているのって聞いてるのにスレイプったら、もう!」
「っぐ、」
「!、何を……!」


女は笑顔を浮かべたまま鋭いヒールをガラスの破片からスレイプの背中へと動かした。その勢いに比例した痛みがスレイプの身体をめぐる。安室は思わず声を発し、視線の標的となった。正面から見れば、黒い髪に黒い瞳は完全に日本人だと印象付ける。


「貴方、確か最近入った……ええっと、アムロ、トオル……よね? スレイプってば口軽いからごめんなさいね。」
「ご、ごめんなさいねって、…っそろそろ痛いゼ、嬢。」
「あらま、これをば失敬?」
「だ、大丈夫ですか?」
「…オッ、オメェは優しいんだなァ安室。意外だぜ……。」
「意外とはなんですか意外とは。」


スレイプは背中を押し付けられていた場所を労わるようにさする。女は腕を組み、チェアの背もたれに腰を掛けた。


「ねースレイプ。余計な口開いちゃ統領にやられちゃうわよ?」


バーンってね。
終始笑顔のまま、指先を頭に当て拳銃で撃たれる様を流す。スレイプは冷や汗をかいたまま、深々と頷いた。


「お、OK、理解しているよ。だから許してくれや。な?」
「どうしよっかなぁ〜?」
「嬢ってチョコレート好きだったろ! ホラ、確か英国製の!」
「統領にもらったからいらな〜い!」
「エッ、またもらったのか!? くそゥ、オレなんてまだカシラからハシしかもらったことねェのに! 羨ましいぜ!」
「統領が折ったハシで喜ぶなんてスレイプの価値観疑うわ。」
「う、うるせェ! カシラから何でも貰ってる嬢に言われたくないゼ!」
「……。」


安室は目の前の珍劇に目を丸める。だがどうやら女はこの組織のトップと近い距離間にいる人間らしい。幹部のスレイプとも仲良くやっているということは、同じ幹部なのだろうか。思案する安室の顔に女はぐいっと端正なそれを近づけた。思わず安室はきょとんと瞬きをする。


「へぇ、透って可愛い顔立ちしているんだね。」
「それは貴女の方ですよ。とてもココには似合わない。」
「フフ、ありがとう。でも貴方だって人騙せないような顔して、やるわねぇ。」


指先が安室の顎先に触れ、上へとあげられる。安室はそれに逆らうことなくされるがままに従った。それが女のお気に召したらしい。恍惚そうな表情を浮かべたまま目を細めた。雰囲気だけで艶やかさが伝わってくる。誘われているような感覚に陥る瞳と見つめ合っていた。


「ね、どう? 次はこんな男よりも私と飲まない?」
「願ってもない誘いですね。欲を言えば、僕からお誘いしたかった。」
「私が先を越しちゃったね、フフ。」


するりと指先が顎から離れる。最後まで触れるか触れないかの距離感を保った指先は、男としての欲を静かに高ぶらせる動作だった。指先が離れるまで2人の視線は絡み合ったままだったが、指が離された途端に女は黒い髪を大きく靡かせて踵を返した。


「私、統領に呼ばれてるの。行くわ。スレイプ、お喋りの件は黙っててあげる。」
「助かったぜ……。」
「感謝してよね。それじゃ、またね〜。」


ゆるりと手を振って女はそのまま歩を進めた。暗闇の中へ消えていくその麗しい姿を見送ったスレイプは大きく、そして深々しいため息を吐く。緊張していたのか、肩の力がストンと抜けたのが目に映った。安室はテーブルに置かれていた未使用のグラスに水を注いで渡す。


「どうぞ。」
「サンキュ、安室。」


スレイプはノドが乾いていたのか一気に飲み干した。


「ったく、嬢は神出鬼没過ぎて心臓に悪いゼ。」
「彼女は何者なんです?」
「俺と同じ幹部さ。ま、ちょっと特別だがな。」
「特別?」
「安室、あの女のご機嫌は損ねるなよ。オマエがどんなに功績を上げようともあの女の機嫌を損ねたら最後だからな。」
「……忠告、肝に銘じておきますよ。」


さて、行くかとスレイプは腰を上げた。安室も同様にソファの背もたれに片手をついて立ち上がる。そこには先ほどまで女が腰を掛けていたため仄かに温かい。

今の話を聞く限り、ココでうまくやっていくためにはあの女には要注意ということなのだろう。機嫌を損ねたら最後だというのならば、あの女の機嫌をとれる人間になればココを制するのも容易くなるということだ。安室は目標を定めた。やはり自分にはサポートとやらは不要のようだ。自らの力でこの組織を堕とす。手始めに彼女に近づく算段でも整えよう。


「ところでスレイプってなんですか。」
「う、うるせェ! 幹部なんだから名前くらいカッコいいの使わせろよ!!」
「だからって、す、スレイプって……プッ、」
「安室テメッ……!!」


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情報1
▽ スレイプ
「安室透」が初めて接触できた幹部の一人。イギリス人。
黒いハットを好んで被る、気前の良い男。
非常に友好的で、「安室透」にも数々の情報を提供、面倒を見ている。




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