スラブ | ナノ

銃声が、狭い部屋に響く。硝煙が立ち上り、薬莢が足元でからんからんと音を立てた。同時に、兼田の指から拳銃がこぼれ落ちる。上体が崩れ、その身体は地面へと叩きつけられた。


「……やはり、生きていたか。」


安室の背後から、女の声が届く。冴は緩やかに笑みを浮かべて、写真をデスクの上にやさしく置いた。そして、女と対峙する。


「シーちゃん……。」
「動くな。」
「……。」


未だ硝煙が昇る銃口が、次は安室の後頭部を狙う。拳銃を構えたまま、安室は身体を硬直させた。


「っく、……篠河ァ……!」
「それだけ喋れれば十分だ。貴様はそこで寝ていろ。」
「裏切、たか……!」
「裏切る? 笑止。アタシは元より、貴様の味方ではない。」


黄蛍光色越しに瞳は兼田から外れた。


「シーちゃんも、私が来た時に歓迎してくれなかったね。」
「統領をおかしくさせる貴様は、組織には不要だ。」
「ええ、そうね。」
「貴様のせいで……すべてが狂った。」


兼田とは違う、憎悪を孕んだ声色が放たれる。安室は相手のスキを伺おうとするが、迷彩服に身を包んだ彼女からは、少しもその気配が見られなかった。


「……シーちゃん、もうやめよう。」
「やめるだと? ふざけたことを抜かす貴様が、アタシは大嫌いだ。」
「ふふ。私は、シーちゃんのこと結構好きなんだけどなぁ。」


くすくすと口元に手を当てて笑った次の瞬間、冴の眼が無機質なものへと変わる。そのまま手は腰へ回され――


「彼、離してもらってもいい?」


あの時、男から盗んだ拳銃が篠河へと向けられた。


「……どうやら、貴様もこの男にご執心らしいな。」
「悪い? 頭脳明晰に容姿端麗。オマケに口はお上手で銃の腕もバッチリ。いい人材だと思わない?」
「そこまで褒めて頂けるとは光栄です。」
「黙れ。」
「おっと……。」


安室の後頭部にそれが押し当てられる。
ツェンダーの腕に惚れ、組織へ加入してきたという篠河。兼田同様に、冴という存在が憎いのであろう。ツェンダーの人が変わったというのは、以前も彼女から直接聞いていた。


「貴様の飄々としたその態度、いつになく気にくわない……!!」


さて、この状況をどう打開すべきか。安室が思案しているとき、冴はあろうことか拳銃を下ろしたのだ。そして、瞼を閉じる。口角は緩められたまま――彼女が目を開けた瞬間に、その『色』は変わった。


「――ふふ。相も変わらないその余裕のなさ。『組織』の人間として致命的ですよ。」


安室は思わず瞠目する。


「冴……?」


冴は時に残虐性を垣間見せるが、常に笑顔を浮かべていた。表向きは取っつきやすく明るい、どこにでもいるような女性――そのはずだが、今目の前にいるの姿はあまりにも異なっていた。凛と佇む容姿は別人であり、一際冷たい眼差しを宿している。はっ、と背後の篠河が息を呑んだのが伝わってきた。


「既に幕はおりました。ソレは貴方に差し上げます。スレイプも貴方たちの手の内なのでしょう?」


ソレ、と称された兼田は苦しそうに顔を歪めている。肩を撃たれ、出血がまだ続いている様子だった。


「ボスも頂く。」
「それはなりません。取引先の例の組織の男と、彼は我々が頂きます。どちらも、国籍は日本ですしね。」
「関係ない! 貴様には、渡さないと言っている!」
「さようですか。どうやら教育が行き届いていないようですね。これは困りました。」
「バカにしているのか!」


未だに構えている拳銃が、冴の眉間に標準を合わせる。

怒りに身を任せたその判断は、好機だった。刹那、安室が右足で篠河の足元を払う。咄嗟の出来事に体勢を崩す篠河だが、すぐさま立て直して安室を殴ろうと拳を振りかざす。しかし、これを予期されていたのであろう、鍛えられた腕が捻りあげられた。


「くっ……!」


拳銃が床に落ち、篠河の身が安室によって拘束される。苦渋の表情を浮かべる篠河に、冴は近づいた。目線を合わせるようにしゃがみ、冷たい笑みを浮かべる。


「もっと大局を見据えなさい。貴女にはその力が足りない。」
「いつも……そうやってアタシをバカにしやがって……!」


崩れた、荒ぶる篠河の姿。
皮が破れた、冷徹な冴の姿。

安室は口を開いて介入することは出来なかった。


「数度の敗北で嘆くとは情けない。その精神、鍛え治してもらうことですね。」


そう冴が放った途端に、静かなバイブレーションが届く。篠河の胸元が微かに振動しているのを発見して指を伸ばす。当然、身を捩って抵抗する篠河だったが、これを安室は抑えつけ、その隙に胸元からスマホを取り出した。画面に表示された名前にそっと目を細める。「触るな!」と叫ぶ篠河を無視して、冴はスマホを耳へとあてた。


「お久しぶりですね。……ふふ、聞こえていたでしょう?」
「ッ。」


何やら親し気に笑う冴に、篠河は歯を噛み締めた、ギリッと音がする。2人の関係性を洗えずに安室はただことを見守るしかなかった。


「ええ、事は収まりました。分け前はこちらの提示通りで宜しいですね? ふふ、構いませんよ。貴方の大事な部下です、傷つけたりはしていません。」


冴の視線が篠河へと向くと、彼女は見るなとばかりに顔を俯けた。


「ここの始末は我々にお任せください。貴方にはターゲット2名と彼女を迎えに来ていただくとして……。」
「……。」
「目的は同じです。またどこかでお会いするでしょうが――……その時は、優しくお願いしますね。では、……ええ、貴方も。」


それを最後に通話を切る。スマホを優しく、篠河のポケットに戻す。その時、ポケットの内側から豆粒上の何かを取り出した。顔を俯けていた篠河は気付いていない様子だったが、それが摘まんでいた指の間で潰されたのを安室は認知する。

冴は安室へと視線を動かした。それは無言の合図で、そっと抑えつけていた腕の力を抜く。途端、篠河は安室からの拘束を脱した。体を起こし、未だ苦痛に顔をゆがめている兼田の身体を易々と肩に担ぐ。


「貴様はアタシが潰す。」
「ふふ、次の逢瀬をお待ちしておりますよ。」


睨みを利かせたまま、篠河はその場を離れた。

部屋に再び静寂が訪れる。
冴は拘束されているツェンダーに近づき、そっとその頬に触れた。ツェンダーの身体はまたぴくりと動くだけだ。耳は聞こえているのだろう、先までの会話で何度か反応を示していたためにはそう判断を下していた。


「ツェンダー・若槻。貴方を連行します。良いですね。」
「……。」
「貴方の娘として過ごした日々、愉しかったですよ。」


冴の手が離れると同時に、複数人の気配を察して安室は身を下げた。部屋の中に3人のスーツ姿の男が立ち入る。


「彼を。」
「了解しました。外の後始末は済んでいます。」
「早急な対応、ありがとう。」
「いえ、お疲れさまです。」


淡々とした言葉を交わし、男たちはツェンダーを連れて部屋を後にした。中には、冴と安室だけが取り残される。


「――さて、」


瞼を閉じて、冴は拳銃を所定の場所にしまった。安室もまた同様にしまう。そして、2人は対峙する。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -