スラブ | ナノ

ナイフの刃先を回転させることにより、ブラックボックスの中身が露わになる。無数に張り巡らされた複数色の導線の奥にはスタンバイと英記されたディスプレイがあった。思案しながら一本一本、ナイフで導線を切断する安室の隣で、冴はじっと見つめる。


「へぇ、透、爆発物の処理もできるんだ。」
「簡単なものであれば、ですけどね。この手のは以前もやったことがあります。」
「凄いすごい。」
「警察が来るのが早いか、僕が片すのが早いか……。」


額には汗が流れ始めている。一度一度の選択が自分たちの命運を決めるのだ。並大抵の精神力では叶わないであろう。それでも、こうして話ながらできている時点で、安室の技量が窺えた。


「警察来たら殺せばいいよ。」
「冴、物騒なことは慎んでくださいね。」
「んもう、今更なのに。」


視線を少しずらせば死体の山だ。冴は肩をすくめた。


「……。」
「……。」


再び静寂が訪れる。時折、パチンと線が切れる音と、安室の安堵する吐息が零れるだけだった。冴はただじっと、そんな彼の手先を見つめている。


「聞いてもいいですか。」
「なあに?」


ふと、問いが投げかけられた。集中しなければならないのに、良いのだろうかと思いながら、冴は小首をかしげる。


「統領と兼田は、昔からの仲なんですか?」
「え?」


予想外の問いに冴は目を丸める。だがすぐに顎に手を置いて思案した。


「パパが若いときからの付き合いなんだって。重火器が得意なパパに、頭脳戦が得意な兼田……戦時中も一緒って聞いたわ。今の組織も最初はパパと兼田の2人で始まったんだって。」


どうしてそんなことを聞くの? と、当然の疑問に安室は曖昧に笑った。


「もう一つ教えてください。貴女が『統領の娘』ということを知っているのは?」
「え? そりゃあ、私たちしかいないよ?」
「あの男は……この誘拐犯はご存じだったんですか?」
「あ……。」


そこで冴がぽかん、と口を開ける。


「……知ってたよね?」
「ええ、その口ぶりでしたね。」
「変なの。私、パパと一緒に任務に出たことなんてないし、アジトでもなるべく幹部としてしか接触してないよ? そりゃあ、パパ、私に甘いところはあるけど……。」


なんでだろう。そう疑問を含めたつぶやきを耳にした安室は、微かに口角を上げた。


「なるほど、やはりそういうことですか。」


静かに導線をまた切断しながら、安室は笑みを深める。これについていけない冴は首を更に傾げながら、当然の問いを投げかけた。


「ねえ、さっきから何? そういうことって、何が?」
「冴、」
「な、なに。」


繊細な動作で爆発物を取り扱っていた手が、止まる。時間が限られる空間で、安室の瞳が怪しく光った。


「『面発生乾雪表層雪崩』ってご存知ですか?」
「……はい? ちょっと透、こんな非常事態にいったい何を……。」
「雪崩の区分の一種でしてね。簡単に説明すると、地表面に積もる雪の表面が脆弱性のある弱層であった場合に、この弱層だけ全面崩れ落ちる現象のことなんですよ。」


この非常事態で一体何を言っているのか。訳が分からないと顔をしかめている一方で、安室は空わぬ笑みを浮かべたまま言葉をつづけた。


「ただこの弱層だけの雪崩だと、被害は必ず大きいわけではないんです。」
「ちょっと、透……!」
「この弱層の上に、板状の性質をもった雪が降り積もった場合。しかも、この雪の板が厚く硬い場合に、面発生乾雪表層雪崩が起こったらどうなると思います?」
「どうって……表面が硬く安定していても、弱層の下にあるのならその硬い層も崩れ落ちて、被害は大きいんじゃない?」
「その通り。大災害レベルになるでしょう。これを人工的に誘発するのはかなり困難です。」


いったい、何の流れでこの会話になっているのか。
今は、自分の命、安室の命がかかっているのだ。いつ警察が突撃してて来るのかもわからない緊迫した雰囲気の中での異常な動きに、冴は思わず眉間にしわを寄せた。


「ねえ、そんな話、今じゃなくてもいいんじゃない?」
「いえ、今だからするんですよ。」
「もー、どういうこと?!」


思わず声を上げた冴に、安室は瞼を閉じて笑う。そして、あろうことかナイフを床に置いて、冴と向き合った。二つの視線が交差する。


「人為的に雪崩を発生させるためには、強力な爆発物を使わない限り困難でしょう。」
「透、こんなところで雪崩は起こせないわよ。」
「さあ、この雪崩のことをなんていうかご存知ですか?」
「……知らないわよ。」


否定の言葉に、安室は酷く愉快そうに口角を上げる。


「『ディープスラブ』。」


――
一方で、アジトへと到達したスレイプは愕然としていた。
目の前に拡がるのはまさに血の海だ。昨日まで肩を汲んで酒を飲んでいた部下が、白目をむいて倒れている。床に、壁に、血痕がこびりついていた。


「どう、なんてんだよ……。」


喉がカラカラに乾燥し、ようやく発せられた音は酷く掠れていた。思わず視界がぐらつく。先ほどまでの景色はまるで嘘かのような惨劇に現実を受け入れられなかった。だが、鼻をつんと刺激するそれは感じたばかりだ。


「まさか、俺たち不在の時を狙ってあの連中が来たんじゃ……!」


だから、あの男は最後まで余裕の表情を浮かべていたのか。してやられた!!
スレイプは懐から拳銃を取り出す。そして前方を見つめたまま後ろに控えている篠河に声をかけた。


「篠河! カシラが心配だ、行くぞ!!」


だが、後ろから返事は来ない。気配はあるのに、なぜだ。
スレイプが後ろを振り返った瞬間、眼前に黒い筒口が充てられた。




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