スラブ | ナノ

地下室で音が響かなくなった。代わりに、辺りには硝煙と血液のにおいで支配されている。一般人が立ち入れば、このにおいだけでめまいや嘔吐といった症状がでるであろう。それだけ、濃く染みついていた。


「遅れてすみません、冴。」
「ううん、大丈夫よ。来てくれてありがとう。」
「傷モンになっちまったなァ。……悪い。」
「スレイプも、そんな顔しないで? らしくないわ。」


彼女に近付けば、どれだけ酷い目に遭ったのかが分かる。遠くから見ても認識できた紫の痕が痛々しい。口元だけが切れているのかと思えば、額や掌も表皮剥離している箇所があった。さぞや痛かったであろうに、それでもほほ笑む彼女の姿にスレイプは口を閉ざす。犯罪者の組織とはいえ、女性が傷物になってしまったことに申し訳なさを抱いていた。ふ、とここで気が付く。


「なァ、それはなんだ?」
「ああ……まあ、プレゼントよ。」


冴の首に銀色のチョーカーが付けられていたのだ。喉元には、チョーカーよりも厚みのある長方形のプレートがつけられていた。左上が緑色に光っているのが洒落ているが――これが何かを察してしまうのは、組織の人間として喜ぶべきか悲しむべきか。



「爆弾、ですね?」
「そう。あの人が解除方法を知っているらしいんだけど……。」
「だから『分からなくなる』だったのか。なんで殺したんだよ、嬢。」
「言ったでしょ? その方が面白そうだからよ。」


にっこりとした笑みには、恐怖を感じられない。本当に、大歓迎と言わんばかりのそれだった。思わず安室とスレイプが顔を見合わせた時、階段を下る音が聞こえる。同時に、開けた天井から不安定にぶれ下がっていた木の板が数枚落ちてきた。


「なんだ、死んでいなかったのか。」
「シーちゃん! やっぱり控えてくれてると思ってたわ!」
「ふん、貴様の死骸を拝もうと思ったに、残念だ。」


「貴様らも生きてたのか。」と、篠河は興味無さそうに男たち2人を一瞥する。


「もしかして篠河、気付いていたのか。ここに爆弾が仕込まれてるって……。」
「当然だろう。こんな建物におびき出して、設置していないわけがない。頭を使えスレイプ。」
「……。」
「『何かあっても自分の身は自分で守れ』、というのはそういうことでしたか。」
「ふん。」
「嬢も良く分かったもんだぜ。」
「ふふふ、カンってやつかなぁ。」


恐ろしい女だ。安室は苦笑を浮かべる。そして同時に、そんな彼女の動きを憶測し、危険なカケに出た冴へも賞賛を与えざるを得なかった。


「さて、いつまでもここに居るわけにはいきませんね。」
「この騒動だ。すぐサツが来るぜ。安室の例のドライビングテクニックなら、逃げられるな。」
「ええ、お任せください。」


篠河が下ってきたばかりの階段を上る。スレイプが続けて足を上げ、安室もまたその場から立ち去ろうとしたとき、ふと背後からの足音が聞こえないことに気付く。


「冴? どうかしたんですか?」


安室の問いに、階段を上っていた篠河とスレイプも足を止める。何事か、と冴へ視線が集中するの中で、彼女はここで初めて困ったように眉を下げた。首元をチョーカーに当てながら、そっと肩をすくめる。


「出られないの。」
「え?」
「この部屋から出たら、爆発するんですって。」
「冗談では?」
「残念ながら、同じチョーカーを投げた時に爆発したわ。ああ、映像で見せてもらったんだけどね。」


その表情に嘘はない。思わず安室が口を閉ざすと、篠河が視線を崩れている天井へと向けた。


「アタシは構わないぞ。貴様の首が飛ぼうが、身が粉々になろうがな。」
「おいおい篠河、冗談はキツイぜ。」
「冗談? ハッ。」
「ちょ、篠河?!」


足を動かせない冴に視線をやることなく、篠河は階段を上り部屋を後にした。突き抜けた天井からも姿を消し、放った言葉が真実であることが伝わった。これにはスレイプも慌てて、消えた篠河の姿を見つめは、動けない冴へと何度も視線を泳がせる。

彼女を助けるために来た。だがここにいては警察に捕まる。そうなっては本末転倒だ。スレイプの心中を察したように、ふと安室が口を開いた。


「行ってください。」
「は?」
「ここは何とかします。貴方は車を使って、篠河と共に戻っていてください。」
「おま、何言ってんだ! 嬢とお前を見捨てろって言うのか!?」
「はは。僕はここで終わるつもりはありませんよ。」
「だからってどうするんだ。すぐにサツは来る。短時間でチョーカーを無理やり外すつもりかよ?」
「おそらく無理に外せば爆発するでしょう。スレイプ、大丈夫ですから先に行ってください。」
「安室……。」


スレイプは苦渋の表情を浮かべた。彼は、思いのほか組織のつながりを大事に死しているのかもしれない。それか、よほどいい人間なのだろう――こんな組織にいるのが惜しいほどに。安室は心の中では苦笑を浮かべつつも、彼を動かすためにそれを表に浮かべなかった。代わりに、視線を鋭く尖らせる。


「戻ってください。統領が心配です。」
「な、なんでそこでカシラが?」
「今回の事件、おかしな点が多すぎる。嫌な予感がします。」
「……。」
「彼女のことは任せてください。必ず、僕が何とかしますから。」


スレイプを安心させるように微笑を浮かべれば、彼はしばし逡巡した後に大きく頷いた。


「分かった。……お前を信じるぜ、透。」
「ええ、戻ったら祝杯でもあげましょうか。統領もいれて。」
「最高だ! ……悪いな、冴。」


短く告げ、スレイプも駆け上がる。
再び、空間に静けさが訪れた。2人きりになり安室は冴と向き合う。そしてその手が伸ばされ、チョーカーに触れた。


「どうするつもり?」


当事者である彼女の瞳は決して不安で揺るぐことはない。唇も弧を描いている。


「どうするもこうするも、解除するしかありません。」
「できるの? こんな小さな爆弾を短時間で。」
「大丈夫、これ自体は爆弾ではありませんよ。」
「え?」


きょとんと眼を丸める彼女に、安室は目を細めた。相手を落ち着かせるように優しい音色を出していた彼はすぐに周囲に視線を動かす。そして、ふと部屋の奥に設置されている支柱へと駆け出した。そこは、冴が拘束されていた場所であった。彼はそのまま裏側へと回り込む。


「やっぱり。」
「あらま、これ……。」
「そうあくまでも爆弾はこっちです。貴女がこの部屋を出た時に赤外線でセンサが反応し、その瞬間に作動する仕掛けでしょうね。」


裏には、ブラックボックスが置かれていた。


「でも、爆弾を見つけたからと言って解除できるの?」
「得意ですよ、ご安心を。」
「時間も、工具もないのに?」
「大丈夫。コイツさえあればなんとでもなりますよ。」


そういって懐から取り出したのは、見覚えのあるナイフだった。柄に龍が描かれているそれは、かの男がいつも嬉しそうに自慢をしている中国の伝承で登場するそれだった。


「やだ、どうしたの?」
「実はさっき、こっそり拝借しました。」
「……透、可愛い顔して本当にやるのねぇ。」
「はは、誉め言葉として受け取っておきますよ。」


脳裏に浮かぶのは、のんきな顔を浮かべたスレイプだ。今頃、ナイフがないないと騒ぎ立て、篠河に一睨み食らっているころだろう。そんな情景を想像すると、今の現状なんて忘れるほどに面白おかしくなる。冴は上品にくすりと笑った。


「冴、貴女は必ず僕が助けます。信じてくれますね?」
「ええ、もちろんよ。」




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