スラブ | ナノ

「嫌味を受ける覚悟をしとけよ。」と告げた篠河の言葉を、今安室は理解していた。ハッキリ言って不快極まりなかった。

遊園地にて狙撃任務を終えた安室と篠河は、同じ幹部である若槻、兼田両名と合流することなくアジトへ帰還した。駐車場のいつもの場所にバイクを止めようとすると、まずそこに、これ見よがしにローイス・ロイスが停車されていた。その時の篠河の行動には思わず安室もぎょっとする。誰があの高級車に足蹴りを食らわせると思うのか。

とはいえ、パンクさせなかっただけマシだと内心はほっとしていた。彼女曰く「車に罪はない」らしい。ならばなぜ蹴ったと言いたくなるが、今の安室には彼女の気持ちが重々理解できた。


「ホッホー? 君が安室透クンですか。ええご存知ですよ? 君は我が組織に十分な貢献をしてくださっていることはご存知ですとも。我が統領もまた君の働きを快く思っております、ええ。」


バイクを別の場所に停めて、篠河は報告の後シャワーを浴びると早々に立ち去ってしまった。一人残された安室は、若槻に会いに行こうかと歩を進めたが、彼女の自室へ向かう最中にこの男出くわしたのだ


「今日の狙撃も君が担当したと聞きました。ホッホー? その細腕で素晴らしい精度ですとも。我が篠河にも劣らぬ技量は組織の発展に非常に役立つ。」


銀色のメガネを何度も直しながら、男兼田はその細い目で安室を捉えた。御世辞にも長いとは言えないコンパスを伸ばして放った言葉がソレだった。


「貴方が兼田、ですか。」
「いかにも。兼田時貞と申します。カネタ、ですからね。カマダ、ではありません。時貞という名前は私の曽々御爺様の名だったらしく、洒落た名で気に入っているのですよ。」
「そうですか。」
「名前といえば君の安室透という名前も中々に素晴らしいですね。トオル、ですか。君の瞳を見る限りまったく透き通っていませんが、ま、ゴロはいいと思いますよ、ホッホー。」
「あはは、そういわれたのは初めてです。ところで、何用でこちらに?」


止まらぬ口調を遮るように安室は笑って、自分の質問をすることでペースを取り戻そうとした。兼田はその意を知っているのか否か、メガネのブリッジに小指を当てたまま短く単語を紡ぐ。


「報告です。」
「報告……先ほどの任務のですね?」
「ホッホー、ご名答。そして君の腕が本当に篠河クンの言った通りなのか最終判断させていただきました。」
「眼鏡には適いましたか。」
「ホッホー、ええ、ええ、素晴らしいですとも。統領にも報告させていただきましたよ。」
「それは光栄だ。」


統領に報告、その言葉に安室はこの組織のトップは、やはりこのアジト内部にいるのだと確信を得た。今兼田が歩いてきた方向は、以前、安室がアジト内部を捜索した時に、唯一入れなかったセキュリティーが何重にも引いてある扉があった場所だ。そこに座しているのだろうと推測はできた。


「ところでその統領は、コチラにいらっしゃるのですか? そろそろご挨拶させて頂きくてね。僕の成果も直接評価していただきたい。」
「考えておきましょう。我が統領は慎重派な男でしてね、簡単にお会いにはなれないのですよ。」


やはり、そう簡単にはいかないか。もう少し成績を上げる必要があるな。と内心で考えつつ、表面では緩やかにほほ笑んで「そうですか。残念です。」とだけ返す。


「……しかし、君のことは評価している。いずれ機会も近いでしょうな。ホッホー。」


兼田は口元だけを器用に吊り上げてその場から過ぎ去った。足音を立てないのは、もはや体に染みついたクセなのか。その後ろ姿を横目で見つめて、安室は目を細める。

若槻の部屋は、統領がいるであろう部屋の近くだ。少し細い道を抜けた先になる。その細い路地は、中庭へとつながる道だった。透明なガラスに仕切られたそこは、天からの陽射しが唯一当たる場所になっている。大きな樹木が一本あるだけの中庭だが、安室はそこがお気に入りだった。何度も足を運んでいたある日に、この先に若槻の部屋があることを知ったのだ。


「――おや。」


今日は若槻を目当てに歩を進めていた安室だったが、お気に入りのその場所に彼女の姿を見つけた。ガラスに片手を当てて、じっと中に聳え立っている樹木を見つめている。どうやらコチラには全く気付いていないらしい。組織の人間として、些か無防備なその背中に苦笑しつつも、安室はそっと近づく。


「若槻、」
「ッ! 透!?」


ガラスに手をついて、若槻の身体を包み込むように背後から声をかける。びくりと震えるその反応にくすり、と笑みが零れると若槻は口元を尖らせた。どうやらからかわれたと思ったらしい。


「突然話しかけないでよ…。」
「すみません、つい愛らしい姿が見えたもので。」
「透って意外とクサいことばかり言うよね。可愛い顔して怖い狼みたい。」
「あはは、強ち間違っていないかもしれませんけどね。」
「……。」


更に身体を密着させれば、若槻は口籠った。ふんわりと火照るその頬に顔を近づける。指先を彼女の顎に当ててコチラへと向きを変えれば、大人しく従ってくれた。そのまま、ゆっくりと顔を近づけるが、唇は彼女の指に触れる。


「どうしたんです?」
「……。」
「……若槻、」
「…ダメ。」
「どうして?」
「ダメだから、ダメ。」


唇に触れさせてくれないその手を掴むが、若槻は断固として譲らない。視線を合わせてくれている事を考えれば、嫌われているというわけではないだろうが。果たして、どうしただろうと安室が少々思案した時、仮説は簡単に頭に浮かんだ。


「兼田ですか。」
「、……やっぱり、見てたのね。」
「ええ。高性能のスコープのお陰で。」
「……。」


どうやら憶測が当たっていたらしい。この若槻というお嬢様が、意外にも愛らしい部分が多々見られる。安室は自分の頬が自然に緩んでいることに気付いた。


「触れた?」
「……。」
「触れたんですね。」
「っ透……!」


無言が答えだ。透は掴んでいた手を離せば、彼女の頬に手を当てて口付けた。一度身を引く若槻に更に身体を密着させる。ガラスに押し付けられた彼女の胸が、少しだけ歪んだ。それすらもどこか気持ちを高揚とさせる。


「……消毒、必要でしょう?」
「っ、」


安室は再び若槻に顔を近づけた。

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情報4
▽ 兼田時貞
長身細身で銀色フレームのメガネをかけている幹部の一人。日本人とアメリカ人のハーフ。
「ツェンダー」と昔からの知り合いで、元々同じ密輸組織に所属していた。
彼の右腕として昔から君臨している男。




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