スラブ | ナノ

その日、安室は背中にライフルケースを背負ってバイクに跨いでいた。先行しているのはライダースーツに身を包んだ女篠河だ。最近は部下も持ち、安室は組織の中でも一角を担うようになってきた。そして、幹部同士で重要度の高い任務に就くことが増えてきていたのだ。篠河に着いていった先は、意外にも遊園地だった。地元では休日には入場制限がかかるほどの人気のあるアミューズメント施設だ。


「ここですか。」
「ああ。取引は正午。相手は香港を拠点とする集団だ。ヤクを売るが場合によっては射る。」
「武器ではないんですね。」
「武器を欲してアマチュアを寄こしてきた奴らだ。」
「ああ――貴女が見事に打ち抜いた彼らですか。」


2人はケースを背負ったまま園内に入る。途端に視線を浴びる。


「篠河、貴女の格好が目立って仕方がないのですが。」
「なんだと? バイクに乗るのにこれが当然だろう。」
「遊園地には向かないと言っているんですよ。」


やはり迷彩が入った、身体にぴったりと密着してるライダースーツは、篠河の女を異様なまでに引き出してくる。その醸し出される雰囲気に誘われるように男たちの目線が凄いのだ。そしてそれは、隣に立つ安室への嫉妬の眼差しでもある。


「よく言う。貴様に向けられた雌の視線の方が痛いわ。」
「アハハ、」


安室はにっこりを笑みを浮かべた。途端に、周囲から黄色い声が飛び交う。篠河は大きくため息をついて、足早に歩を進めた。それを追うように安室もまた駆け足で前に進む。


「ところで、誰が彼らと取引を?」
「若槻だ。基本的、アタシたち幹部で取引を執行するのは若槻と兼田の2人だ。覚えておけ。」
「えっと……。」


ここで新たな名前が挙がった。若槻と兼田。
さてどちらかが幹部であろうが――どちらだ。その安室の疑問はすぐに解決する。


「若槻と兼田とは、どのような人物なのですか?」
「……は?」
「え?」


ぱちくり、とゴーグル越しに驚きの視線が向けられる。初めて見る篠河のその表情に安室もまた目を瞬く。2人の間に、静かに冷たい風が通った。


「貴様、若槻とあれだけ絡み合っておいて名前を知らなかったのか……。」
「か、絡み合ってって……どういう表現ですか。」
「ッ言っておくが聞こえていたんだからなッ……!!」
「え、篠河……?」


あの冷静な篠河が、顔を真っ赤に染めている。怒りではなく羞恥でだ。


「へ、部屋は防音じゃないんだ、昨夜だって貴様らッ!!」
「昨夜? …………ああ、」
「なんだその今思い出したと言わんばかりの顔はッ!」
「ふふ、案外可愛いところがあるんですね、篠河にも。」
「馬鹿にしているのか貴様!!」


彼女の言葉で、安室の中ですとんと落ちた。


「別にやましいことはしていませんよ。ただ、マッサージをしていただけです。何やら全身凝っていたみたいなので。」
「まっさーじ、だと?」
「ええ。確かに声だけ聴いたら想像はしてしまいますよね。僕も一瞬誘われているのかと勘違いしてしまいましたし。」
「……〜〜ッ!」


真っ赤な彼女の表情に、安室はおかしそうに笑う。それが尚更相手の機嫌を損ねたらしい。スタスタを歩くスピードを速めてしまった。安室はその長いコンパスですぐに横をキープする。


「それにしても、そうですか……彼女は若槻というのですね。」
「名を知らなかったとは滑稽だな。」
「スレイプも、他の構成員も彼女を名前で呼びませんから、お嬢様としか僕も言いようがなかったですしね。」


そう。若槻というのはどうやらあの黒髪の女性の名前だったらしい。昨夜も安室の部屋に来ては、他愛のない話をしていた。途中で身体が固くなってきているという話になり、そこからマッサージへと繋がったのだ。確かに篠河の言う通り、その時の彼女の声色は女そのものだった。とはいえ、そういったことはしていない。


「何が嬢なものか。あの女め。」
「篠河……?」


珍しくころころと変わるその表情に、安室は目を瞬く。


「そういえば貴女、言っていましたね。『皮をはぎ棄てろ。貴様が死せば統領は昔のままであられた。』と。」
「よく以前の言葉を覚えているものだ。」
「記憶力には自信がありましてね。」


初めて篠河と会った時、確かに彼女は黒髪の女性、若槻にそう告げた。嫌悪を孕んだ声色だったために、印象強く残っている。


「あれはどういう意味です?」
「言葉のままだ。」
「貴女は頭がどこかしら変化していることを知っている古株であり、原因が彼女にあると考えているんですね。」
「貴様は知らないだろうが、若槻も昔からいたわけではない。」
「へぇ?」


こちらの方が近道だ、と篠河につられ、人気のない道を進んでいく。どうやら解体工事中のエリアらしい。人は確かに見当たらなかった。華やかな音楽が遠のく。


「統領が若槻を連れてきてから、統領は変わられた。冷徹、迅速、徹底した計画を練るあの方が、あの女に現を抜かしだしたのだ。」
「ほう。」
「今ではあの女にべったりだ。あの女が切ると言えば切り、あの女が承諾を下せば下す。あの女の操り人形に成り下がってしまった。」


なるほど――スレイプの言っていた本当の意味を理解して、安室は笑みを深めた。


「何を笑っている。」
「いえ、篠河が頭のことを敬っているのだなと感じましてね。」
「……フン。」


次第に、遠退いていた音楽が再び耳に聞こえたくる。




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