Zero the Enforcer | ナノ



決して広いとは言えない部屋は明かりが落とされていた。何台ものパソコンの照明だけが辺りを照らす中、一人は資料に目を通し、一人は素早くタイピングをしている。最後の一人は、そんな2人よりも酷く険しい表情で姿勢を正していた。誰も口を開かない、静けさの中には確かな怒りが存在していた。


「死人は。」
「推定でも二桁には……。」
「そうか。」


風見の声の落ち込んで声色に反し、降谷は淡々と頷く。だが、声色に出ていないだけで、資料を掴む手はわずかながら震えている。


「まさか、サミットの前に爆破するとはな。」
「ええ……分かっていれば、我々公安の仲間が死ぬことも……。」


悔しさに満ちたそれが降谷の口を閉ざした。だが風見も警察の人間だ。落ち込んでばかりではいられない。今、できることをやるしかない。そう決意し、普段通りの凛々しい表情へと戻る。


「今、公安のリストにある国内の過激派や国際テロリストを調べています。最も有力候補にあげられていた国際テロリストの1998Znに関しては、今朝未明に壊滅と情報を受け取っているため、考えにくいでしょう。」


ちらり、と風見は黙々とキーボードをたたく冴へと視線を映す。彼女の服装もまた爆発の影響を受けたそれだ。だが、それ以上に気になるのは頬や首筋、手首にもついている無数の傷痕だった。決して、今回の爆発だけで生じたそれではないだろう。先ほど姿を見かけて驚いたとき、ちょうど今朝の便で帰国したとも聞いた。

あまりにも合致するその動きにもしや――そんな推測さえさせるほどの実力者が、再び己の上司とタッグを組んでいるこの事態にどこか畏怖さえ感じさせる。


「降谷さんはこれからどうされますか?」
「現場のガス栓にアクセスした通信を調べるさ。どうやら少し変わったもののようだから、時間はかかりそうだ。」
「『高圧ケーブル』。」
「ん?」


沈黙を守っていた冴の音色が響く。何事か、と2人で彼女の見つめるパソコンへと視線を向けた。そこには、国際会議場の内部データが隅々まで保存されていた。今、拡大されているのは例の厨房だ。その隅には、なにやらポンプのようなものが存在していた。


「これが揚水ポンプです。その隣にある格納庫内に『高圧ケーブル』があるのですが、途中で揚水ポンプに繋がれているようです。」
「ケーブルの熱を冷却するために、外側に『油通路』があるのか。」
「では原因は『高圧ケーブル』でしょうか? 当然ですが、工事ミスではないでしょうし。……まさか若槻さん、」
「今の我々がすべきことは、『原因が何か』ではありません。『証拠をどこに付けるか』です。」


風見の憶測が言葉にされる前に、冴は小さく頷いた。画面は、高圧ケーブルからこれを収納している『格納庫』へと向けられる。


「この『格納庫』に、容疑者の指紋が見つかれば。」
「事故から事件へ……。」
「テロリストを捕まえる時間が与えられるわけです。」


問題は、と冴は回転椅子をくるりと動かす。彼女の視線は降谷へと向いていた。


「問題は『誰を犯人に仕立て上げるか』ですよ、降谷。」
「……。」
「降谷さん……。」


罪のない人間に、罪をかぶせる。
それが警察。それが公安部。すべてはテロリストを捕まえるため。日本を守るため。そのための犠牲者を選べと、冴は降谷に向かって言葉を放った。


「ああ、決めてあるさ。」
「名前を。今すぐデータベースより情報を引き抜き、指紋を付ける手筈を整えます。」


再びパソコンに向かい合った冴に、降谷は冷徹な声を下す。


「元警視庁捜査一課ーー『毛利小五郎』。」
「了解。では彼のパソコンにもアクセスして、国際会議場の見取り図およびサミットの予定表を入れておきます。風見、貴方はこの後会議がありましたね。」
「ええ、既に始まる時刻かと……。」
「資料を会議室へ送ります。会議終了後、すみやかに毛利探偵事務所へ向かってください。」
「任意同行で動くでしょうか。」


今までにこのような事例がなかったわけではない。さて、どう相手を動かすか。風見が悩ましげに考えた直後、淡々と降谷は告げる。それは、被害者と密接な立ち位置に在るからこその発言だった。


「その時は、彼に手を出させればいい。あの人は気が短い、すぐに手を振り払う。」
「まさかそれを、公務執行妨害に該当しろと仰るのですか?」
「ふふ、風見。正義感を向けるはそこか否か……聡明な貴方であればよく分かることのはずですよ。」
「……。分かりました。」


会議に行かなければならない時間だ。風見が腕時計に目を落としたとき、それを遮るように降谷の手が伸ばされた。なんだろうと疑問を投げかければ「USBを貸せ」との指示が与えられる。大人しく渡したUSBはそのまま冴の手へと移動していった。


「今からとある『アプリ』を入れます。」
「はぁ……。」
「風見、お前には重要な仕事をもう一つ与える。」
「はい。」
「とある者のスマホに、この『アプリ』を入れるんだ。」
「それだけで?」
「それだけでいい。ただし、相手はかなりの嗅覚の持ち主だ。ぬかるなよ。」
「はい!」


丁度良く、ダウンロードが完了した。USBが持ち主の元へ戻ると、今度こそ風見は身なりを整えた。


「頼んだぞ、風見。」
「はい。失礼します。」


部屋から一人、影が消える。再び沈黙が流れた。素早いタイピングの音は途切れることを知らず、次から次へと情報を引き出してはどこかへと送っていく。証拠品となる『格納庫』の映像も出てきた。今どこにそれが安置されているかも一目でわかるデータベースだ。


「指紋は。」
「俺が処理する。」
「準備がよろしいのですね。」


冴のタイピングが止み、次に開かれたページは検察庁に関するものだった。上から下へ次から次へと顔写真が流れていく。その中から検索をかけた時、ぴたりと流れる川が止まって、一人の男の写真が拡大表示された。


「日下部誠。地検公安部の敏腕さんです。」
「なぜこの男が担当すると予想するんだ。」
「彼は未だ負け知らず。公安事件を幾つも抱えています。かの有名な男にはそれなりの人材を充てるのではないですか?」
「……ま、仕事をしてくれれば構わないだろう。」
「私から統括検事に連絡を入れておきましょう。彼の正義感が暴走しないように。」
「任せた。」


降谷が部屋から出ようと踵を返した。それに待ったをかけたのは冴だ。


「降谷。」
「なんだ。」
「なぜ、毛利小五郎を容疑者に仕立てようと?」


『アプリ』の用意も早急に頼んできたあたり、降谷の中では既に容疑者が決まっていたのだろう。この男に即決させるほどの『何か』がこの毛利小五郎にはある。いや、毛利小五郎本人ではなく、その周辺だろうか。冴は酷く興味が沸いたからこそ、聞かずにはいられなかった。


「――最も恐ろしい『協力者』を手に入れるためさ。」


扉が閉じられる。自信に満ちた、それでいて期待を乗せた『協力者』の存在。冴は口元に手を当てて思案した。だが、今の冴にはそれが誰なのか迄は分からなかった。けれども、ふとその時脳裏に浮かんだのは、以前、東都水族館における事件で出会った小さな少年少女の存在だ。

まさか彼らが――彼が、降谷の言う『協力者』であることなど検討もつかない冴は、ただ目の見えない犠牲者に同情の意を送った。


「恐ろしい人ですね、まったく……。」


だが、これから悪魔になるにふさわしい。


「では、徹底的に固めさせていただきますよ。毛利探偵?」





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