Zero the Enforcer | ナノ



交通機関が麻痺しだしている中で冴が向かったのは検察庁だった。目の前に乱暴に駐車させると当然警備員が注意に駆け寄ってきたが、冴はこれを鋭い目つきで牽制して中に突入した。


「日下部検事にお会いしたいのですが。」
「失礼ですが、どちら様でしょうか。」
「此度の裁判について裁判長より指示いただいた者です。日下部検事は。」
「申し訳ございませんが、検事は席を外しておりまして……。」
「……承知いたしました。失礼。」


冴は踵を返し、綺麗にされたフローティンを蹴りながら検察庁を後にした。その時すれ違った職員から聞こえた言葉に目を見張りながら。


「おい、岩井統括も爆発に巻き込まれたって本当か?」
「ああ。日下部検事がその場に居合わせて消火したらしい。なんでもスマホからだとよ。」
「こりゃ、スマホ持ってるだけでも危ないな。」
「でも検事、岩井統括の指示にイライラしてたよな。」
「逆にこれで自由に動けていいんじゃないか?」


そんな会話に冴は目を薄めた。表に出ればかの警備員が顔を真っ赤にして忠告してくる。冴は人当たりの良い笑みを浮かべて謝罪をし、再びバイクに跨った。その時だ、通信が来たのは。


「どうしました。風見。……なんですって?」


冴は眉間に皺を寄せる。風見からの報告によれば、既にNAZUに不正アクセスされているというのだ。その目的は、本日着水予定の無人探査機<はくちょう>のコントロールであった。軌道を変更され、NAZUで操作が出来ないという。この軌道を戻すにも、コードが必要らしいが。


「まさか、そのコードも……。」


――書き換えられていた。


「承知いたしました。詳細を私のスマホに送ってください。」


通信を切った冴は首を横に振って大きな溜息を吐いた。


「まずいですねぇ。宇宙空間にいるのでは対処の仕様が……。住民の避難は彼らに任せるとしても、今何をすべきか。考えなさい、私……!」


数多の車を追い抜き、都内を疾走する冴に通信が入ったのは、思いのほかすぐの出来事だった。その相手がだれかを理解していた冴はすぐに応対する。


『若槻聞こえるか、動機が判明した!』
「仕事が早くて助かります。」
『お前だけの責任じゃあ、なかったよ。』
「え?」
『羽場二三一。覚えているか。』


懐かしい名前だ。冴はバイクをゆっくりと減速し走らせながら肯定の意を示した。次に何をするべきか、何となくではあるが把握したのだ。でなければ降谷がすぐに電話してくるとは思えなかった。


『狙ったわけでもないキャスティングをしてしまったな。』
「ええ。羽場二三一。橘境子。そして、」
『日下部誠……。』
「全ては去年の今日に始まっていたのですね。」
『奴はNAZUを利用して<はくちょう>を落とす気だ! 落下予定地点は……。』
「警視庁……!」


電話越しでは荒々しいドライビングテクニックの音が聞こえる。隣の助手席にはコナンがいるのだろう。彼の小さな悲鳴も耳に届いた。


『俺たちはこれから日下部誠を捕らえる。』
「その彼ですが、検察庁にはいませんでしたよ。」
『なに……?』
「おそらく警視庁にいるのでしょう。任せても?」
『当然だ。お前には別に頼みたいことがある。』
「ええ。考えが一致していれば、分かっています。」


何も言うまでもなく頷く冴に、見えない降谷の笑みが届いた。それは信頼の詰まった微笑みであり、冴は瞼を一瞬伏せる。


『まったく、頼もしい限りだ。』
「さしずめ、ネクロマンサーってところですね。」
『ふっ、お前にはぴったりかもな。……無茶するなよ。』
「バカですね。こちらの台詞ですよ。……任せました。」
『ああ、何かあれば連絡する。』


それを最後に通信が途絶える。冴はアクセルを強く踏み、Uターンをした。目的地変更だ。

一方その頃、降谷とコナンは警視庁の近くまで来ていた。先ほどコナンを通じてとある『協力者』を得た降谷は、後は計画通りに上手くいけばよいのだが……と車を走らせながら思案していた。コナンはちらりと隣でハンドルを切る男に視線をやる。


「ねえ、安室さん。」
「なんだい、コナンくん。」
「今電話していた若槻さんって、誰? 風見さんと同じ公安警察? それとも……『ゼロ』?」
「ふふ、相変わらず詮索好きだね。」
「盗聴していたなら知っているよね、前に再会した女性のこと。僕はその人が怪しいと思っているんだけど……。」


安室の車を横切るのは、大型人員輸送車だった。停車したそれに次々と人が乗り込む。もうすぐ警視庁が近い。中では既に住民や職員の避難が始まっているようだ。この荒波の中では日下部を探すのは些か困難になる。早く見つけなければならない。


「悪戯はほどほどにしないと、自分に降りかかってくるよ。」
「……それ、鈴宮さんが言っていた台詞。」
「今の君にぴったりだろう? さ、着いたぞ。奴を探さなければ!」
「もう! いつもごまかすんだから……!」


車から飛び出した二人は、人の流れに逆らうようにして警視庁へと突入した。人々が避難しようと走って逃げだす中で、ただ一人だけ悠然と歩く人物がいる。二人の 足が止まった。その人物はスマホに目を落としたままコナンとすれ違う。その瞬間に、コナンは男の袖をつかんだ。


「っ、」


彼の持っていたスマホが転がり落ち、それを降谷が拾った。


「それは、NAZUの地上局で見られるデータだよね。テロの犯人さん。」
「まさか日下部検事、貴方だったとはね。」
「……なんだね、君たちは。」
「もっと早く気付くべきだったよ。アンタが申請した証拠一覧を見た時にな。」


スマホの持ち主である男、日下部誠は2人を鋭い目つきで睨みつける。だがそれに臆することなく、コナンは言葉をつづけた。辺りには既に人はいなく、しんとした空間が広がっている。


「あのガラス片は、犯人しか知り得ない本当の発火物の一部だったんだ。アンタはそれを証拠申請してしまった。発火物がまだ『高圧ケーブル』だと思われていた時にね。」 


日下部の息を呑む音が聞こえる。自らの失態を指摘され、自覚した瞬間だった。次の言葉をコナンが紡ぐ前に彼のスマホが音を立てた。メールを着信したらしい。速やかにそれを取り出すと、迷うことなく添付されていたファイルを開く。


「去年起きた『NAZU不正アクセス事件』の公判資料だ。アンタが担当した。」
「そうか、その事件の手口はNorを使った不正アクセス……。」
「自分が担当した事件の手口を使って、サイバーテロを働いたんだよね?」


突き詰められていく真相に、日下部は視線を泳がせた。そこへ畳み掛けるように、容赦のない追求が突き刺さる。


「でも、それに誤算が生じた。」
「NAZUでは既に、犯人を追跡するシステムが完成していた。」
「それを知ったアンタは、バグを作ったNorでアクセスし、IoTテロに見せかけて上司のスマホを発火させたんだ。そのダミーを警察に特定させるためにね。だから、IoTテロのタイミングが妙だったんだね。」


コナンが言い終わるや否や、日下部が動きを見せた。突然、降谷に向かって駆け出し、その体を突き飛ばしたのだ。そのまま降谷の持っていた自身のスマホを奪うと、勢い衰えぬままに裏口へと逃げだしていく。


「あのスマホにNorを使った痕跡が残っているんだ!」
「まったく……!」


コナンと降谷は日下部を追って駐車場へと走り出した。





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