Zero the Enforcer | ナノ



『以上。国際会議場での爆発についてお送りしました。詳しい情報が入り次第、またお伝えします。』


薄型のテレビの画面が切り替わった。


『次に、日本時間5月1日に帰還する無人探査機<はくちょう>についてです。』


縁起の悪い大爆発の映像から一変し、宇宙で羽ばたく宇宙探査機のCG映像が流れた。青い地球へと向かうそれは、アナウンスの声に合わせるようにして動く。


『帰還方法をおさらいしましょう。火星からのサンプル採取を終えた無人探査機<はくちょう>は、直径4mの帰還用カプセルを切り離した後に大気圏に突入します。』


冴は現場の鑑定書を積まれた書類の上に置き、続けて現場の鑑識写真をデスクの上にバラまいた。


『その後はパラシュートで降下し、日本近海の太平洋上に着水する予定です。探査機の本体は大気圏突入時に燃えます。』


写真を1枚1枚、手に取って凝視する。現場でも何度も見た写真の数々。例の厨房は勿論のこと、毛利小五郎の炭化指紋も含まれている。それぞれを、睨みつけるようにじっと見つめていった。


『なお、サンプルカプセルにはGPSを積んだ<精密誘導システム>というものがあり、落下地点は半径200m内に収まるようになっています。』


ふ、と冴の手が一瞬止まる。ぴくりと動いた指先は複数ある写真の中から 一際目につくそれを摘まみ上げる。


「なんでしょう?」


写真を手に取り、顔の高さまで持ち上げる。何かのガラス片だろうか。焼けた後のため元々の原型は不明である。不詳の証拠品――普段であれば流すかもしれないが、冴はその写真をちらちらと揺らして凝視した。


「…………。この証拠写真は。」


視線が封筒へと移される。そこにはメモ紙で『検察側申請証拠一覧』と明記されていた。再び冴の視線は写真へと向けられる。何の変哲もない、爆発後に弾け飛んだであろう何かの欠片。同封されているA4用紙には、日本料亭で使われているものか、会議場の資材なのかを確認中と明記されていた。


「不詳ほど不可解なことはないのですが。」


冴は立ち上がる。とりあえずこの写真が気になって仕方がない。スキャンして手元に写真を確保した後、ガラス片の正体を知る手段へ移ろう。不明なものは探し出すのが困難であっても明らかにしなければならない。何が、真実を開く鍵なのかがまるで分からない事件なのだから。


「あぁ、そうだ。『Nor』と『NAZU』の件を降谷に伝えなければなりませんね。まったく、仕事が忙しいというのは喜ばしいことか否か。」


冴はヒール音を響かせながら部屋を退室した。残されたパソコンは一人になってもディスプレイを照らし続けていた。その画面には、NAZUのロゴがいっぱいに映っていた。


ーー夕方。

冴はスーツからラフな格好へと着替え、街へ繰り出した。いくら鍛えられた人間と言えども、飲食をせねば力は出ない。いつ、なんどき何があるか分からないからこそ、適度な栄養補給は大事なのだ。片手にコンビニ袋を提げて、欠伸を噛み殺しながら、陽の落ち始めた道を歩く。


「……あら?」


そんな彼女の目の前にあまりにも懐かしく、そして印象深い影が映る。それは小さいながらも不思議な存在感を醸し出していた。冴は頬に手を当てて考える。そうしてはっと思い出した。姿はしっかり覚えていたが、名前がすぐに出てこなかったのだ。


「コナンくん……でしたか。さて、どうしましょうかねぇ。」


『鈴宮菜摘』としてかつて出会い、一時行動を共にした少年。小柄な彼が、非日常的な危険地帯で大活躍したのを忘れは出来ない。大の大人でも為しえないことを易々と実行する彼に興味を覚えていたからこそ、尚更覚えていた。

だが、今は関係がない。『鈴宮菜摘』は今回必要のない人間だ。不用意にその居ないはずの人間が存在を露わにすれば、いつか身を滅ぼすことになる。だが、冴の考えを変えたのは、まさに目の前の少年――江戸川コナンだった。


「不用意な接触は避けたいですね。致し方ありません。迂回しましょうか。……?」


片手は小顔に似合わない大きさの眼鏡が、もう片手には耳元にはめられたイヤホンに当てられていた。眼鏡からは短いながらもアンテナが伸びている。そんな眼鏡を見たのは、初めてだ。それ以上に冴の興味を深めたのは、彼の表情であった。

子どもとは思えない、あまりにも真剣な眼差しが目の前の建物に向けられている。そして耳に当てられたそのイヤホンから何かを慎重に聞き取っているように見えた。まさか音楽を聴いているわけではないだろう。睨みつけるようなその視線を辿ると、大型のスーパーが映った。


「――…………。」


冴の中の何かが、あの写真の時のように反応した。ゆっくりと、足が前に進む。


「……。」
「……。」


真後ろに立っても全くコナンは反応しない。冴は緩やかに笑みを深めた。以前の共闘から、この気配に気付けない器ではないことは何となく察している。ならば気づけないのは、よほど集中しているのか。はたまた己の気配を消すのが上手いのか。

冴の魔の手はコナンへと伸ばされた。


「ッうぁあああっ!?」


甲高い悲鳴と共に敵意の籠った視線と、一般人の疑惑の視線が冴へ集う。彼女はそんな集中砲火も気にすることなく、満面の笑みを浮かべてしゃがんだ。


「お久しぶりで〜す、コナンくんっ!!」
「えっ、あっ……ええっ! 鈴宮さんっ!?」
「どうも。私のこと憶えてくれてたんですね!」
「覚えてるも何も、あの後急に姿消したから心配したんだよ!」


冴はコナンの眼鏡を持ち上げ、イヤホンを奪って自身の顔の高さまで持ち上げていた。それをコナンは素早く奪う。心配した、と荒げた発言をしたのち眼鏡を装着しなおして、息を吐いた。


「まあ……おねーさんなら、事情聴取を切り抜けた代わりに、事後処理に追われていたんだろうけどね。」


きらり、と眼鏡が街灯の明かりで反射する。一般人の疑惑の視線は、2人が知り合いのように会話をしていることから逸らされていた。コナンは鋭い視線で冴を睨みつけた。そこに、小学生の愛嬌はない。


「あらあら、随分と怖い顔をして難しい言葉を使うのね、コナンくん。」
「鈴宮さんこそ、あの時みたいな冷静沈着な本当の姿を隠しているんだね。」
「ふふふ。やっぱり、難しい言葉を使って……ボウヤ、次は何で遊ぶのかしら。」


にっこりと笑ったその笑顔を崩さないまま、冴は鈴宮菜摘の外見で微笑む。その笑顔を受け取ったコナンははっと息をのんだ。外見ではない。その内に秘めた冷たい何かに心臓が飛び跳ねたのだ。


「……遊ぶって、なあに? 鈴宮さんこそ、次は何の捜査中なの? もしかして今回の爆破について動いているとか……『ゼロ』として。」


それを悟られないようにコナンは言葉を瞑んだ。そして目の前の女性に向かい、推測段階である単語を投げつける。一瞬の反応も見逃さない。それくらいの集中力で、コナンは冴の反応を待った。


「おお、正解です!」
「え……?」


想定外の答えに、コナンはきょとんと眼を丸めた。み、認めた…?! と、コナンの内心は動揺している。だが冴は笑みを崩さないまま、人差し指を立てて大きく頷いた。


「だって私は探偵ですよ〜? 今回の爆発、東京サミット前だなんてただ事ではありません!! 私1人の力で解決したら、噂の公安部に入れるかも! 確か公安のことを『ゼロ』って言うんですよね!!」
「……それ、演技だよね?」
「……え? 違うんですか? おかしいなぁ、祖父のノートには『公安=ゼロ。夢の職業☆』って書いてあったんですけれど。」
「……。」
「えっ、本当に違うんですか!?」
「……。」


痛々しいコナンの眼が冴に突き刺さる。コナンの中では、鈴宮菜摘という人間が以前、赤井や安室と協力して例の事件を解決に導いたキーパーソンとして映っていた。ただの探偵ではない、赤井や安室のような大きな組織に属しているのは想定できる。

だが、やはり今目の前の彼女を見ていると到底そうも見えなかった。嘘を吐いているようにもなぜか映らない。思わずため息が零れそうになると、目の前の影が伸びた。冴が立ち上がったのだ。


「鈴宮さッ!?」
「悪戯はほどほどにしなければ、自らへ降りかかってきますよ。」
「……っ。やっぱり、タダモノじゃあないんだね。」
「警戒を怠ってはなりません。一瞬の躊躇が自らの、そして他者の首を刎ねることになるのです。」
「……。」


笑みを消した冴はコナンを見下ろし、敵意を露わにしたコナンが冴を見上げる中で、冷たい風が流れた。


「ふふ。いい目ですね。」
「本当の鈴宮さんを知るのが、怖いよ……。」
「恐れを知るのは良いことです。無鉄砲では救いたいモノは何一つ救えませんからね。」
「鈴宮さんの救いたいモノってなに?」
「……そうですねぇ。」


冴は顎に手を当てて暫し考え込む仕草を見せた。だがすぐに、いつかしたように両手を腰に手を当てて笑顔を深めた。


「とりあえず今日の私の胃袋ですね!」
「…………。」
「ふふっ、幼いころから怖い顔をしていては、将来に響きますよ。」
「余計な御世話だよ……。」
「ふふ。さ、コナンくん。もう帰る時間です。ああ、宜しければご自宅までお送りしましょうか?」
「いっ、いいよ! ばいばいっ鈴宮さん!」


コナンは顔を赤らめて手を振る。冴からずっと手を振られるその背中が遠くなるころには、彼の顔色は元に戻り、表情は真剣なものへと変化していた。

やはり、彼女は事件に関係している。警察の人間であることには違いないであろうが、所属がまるでわからない。警察と言っても日本のそれかどうかも不明だ。そもそもとして、以前助けられたからと言って、必ず味方であるとは限らない。そう、あの男のように――。


「なるほど。そういうことですか。」


そんな背中を見つめながらは冴瞼を閉じた。背後からは2人組の男女が良い買い物ができたと嬉しそうに通り過ぎていく。大きくヒール音を鳴らして、冴は踵を返して歩みだした。

歩くたびに揺れ動く長髪に、ちらりと視線を向けるものがいることに気付きながら。





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