Zero the Enforcer | ナノ



カツン、カツンと床を蹴る音が響く。照明の切れた、月の光しか頼りにならない廊下を進むたびに、華奢な背中を長い髪の毛が揺れ動いていた。不意にポケットからスマホを取り出したその女――冴の顔がライトに照らされる。とても、綺麗とは言い難いほど、その顔は煤に汚れ、切り傷に覆われていた。


「ああ、もうこんな時間。ホテルに戻ったら、すぐに出発しないと。」


スマホの画面には明日のフライト情報が掲載されていた。行先は日本・東京。時刻は明朝、一番の便だ。今の時間から片手で数えられるほど早い時間。つまり今は深夜にあたり、本来であれば既に就寝していなければいけない時刻であろう。


「その前に、においをどうにかしないと空港で足止めされますか。」


億劫だ。とため息を零すとほぼ同時に、微かに……耳を澄ませなければ分からない程の小さな音が聞こえる。途端、冴は足を止めた。自身のヒール音以外の異音に危険を察知したのか、音を立てずにスマホをしまい、懐から拳銃を取り出す。

この廊下は直線だ。正面構えられた、月光を歓迎している窓で右折する以外ルートはない。さて、どちらが先に顔を出すのか。生と死の狭間でどくりと心臓が脈動した。目を細め、神経を研ぎ澄ませる。


「(無事に帰らなければなりません。来月の仕事は大きいですからねぇ。)」


壁に背中をあずけ、冴は拳銃を構えた。





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