The Darkest Nightmare | ナノ



確実な情報が手に入ったのはすぐだった。会議室に数名の精鋭たちが集う。中には冴と降谷の姿もある。空気はぴんと張りつめ、事態の深刻さを物語っていた。


「明日未明、組織の人間が踏み込むのは明白だ。ヤツラを必ずここで刈り取るぞ。リストが盗まれれば日本だけではない、各国がヤツラの手の内になるということを忘れるな。」


降谷の緊迫した声色に、彼らは背筋を正して声を発す。隣に立っていた冴は手に持った分厚い資料を軽く揺らした。一枚目のページだけでも、文字と図で埋まっている。


「一応、考えられるルートや近辺の逃走経路として使える地図は纏めました。逃走した時のことも考え、覚えておいてくださいね。必要あらば発砲してください。できるだけ命は繋ぎとめて、それ以外は五体満足でなくとも致し方ないでしょう。私たちがすべきは何よりも、かの者たちにリストを渡さないことです。我々が失敗すればこの降谷もまた容易に命を奪われるものと心してください。」


ごくりと誰かが息をのんだのが分かった。


「当日の配置を決める。」


念密な計画が立てられる。屈強な男たちが集う空間でただ一人、冴は口元を資料で隠してそこでほくそ笑んだ。どくりと騒めく心の内が、昨夜も行われた執拗なほどの情事を彷彿と冴えさせる。


「では風見、ここで頼んだぞ。」
「はい。」
「俺と若槻は後方で待機をする。出番がないことを祈るばかりだが……。」
「当日の夜警は当然この件は知りません。大騒ぎになるでしょうが、その鎮静は上層部にお願いしてあります。暴れておきなさい。」
「語弊を生む発言は控えろ、若槻。」
「あら。そうでもしないと捕らえられないのでしょう? あのネズミちゃんたちは。」
「…違いないな。」


冴は資料を手に、踵を返した。


「休憩を取ります。気を引き締めなさい、この中にネズミが潜んでいる可能性もありますからね。」
「「はいッ!」」


当日は待たずとも訪れる。
暗闇の中で冴はスマホを見つめた。白い背景に浮かぶ文字の羅列に素早く目を通す。左から右に動くその目の動きを隣にいた降谷は見つめた。きっと彼女がボスと強く慕う上司からの連絡なのだろう。現状でスマホのメッセージに目を通すのはそれ以外に考えられない。そう分かりつつも、降谷は身近な問いを投げかけた。


「指示か。」
「いえ、近場の交通状況を教えて頂いているんです。」
「渋滞しそうか。」
「渋滞20分が1か所、この後渋滞が考えられる地点が現状で3地点ですね。データを送ります。」
「――待て、冴。」
「はい?」


ふっと降谷は目を細めた。眼の色が変わっている。冴は彼の変化した雰囲気を感じ取って口を噤んだ。気配をも押し殺し、スマホを懐にしまう。その指先は銃へと向いていた。


「……来たか。」
「どうやら我々の敷居を易々と土足で歩いているようですね。まったく……。」
「想定の範囲内だろう。」
「否定はしません。後は風見がどこまで傷を与えられるか……。」


遠方から漏れる光が今宵の始まりを示した。途端、その方角から鈍い音が響き渡った。人の倒れる音だ。続いて、拳銃が手から滑って床に転げ落ちたであろう、高音まで。その2種類だけで、十分に事の状況を理解できた。


「やられたな。」
「私が潰しますよ、降谷。」
「いや、」


こちらへと向かってくる高音はパンプスだ。ネズミは女か、と冴は肩をすくめた。


「俺が行く。」
「優しくエスコートしてあげてくださいね。」
「冗談抜かせ。」


降谷が巨大な窓から差し込む月光を受ける。彼の視線は、今まさ近づいてきた高音の持ち主と交じり合う。女は降谷の姿を捕らえるや否や、勢いを落とさずにその長い脚で床を蹴り、反対の脚で器用に安室へと攻撃を仕掛けた。それを軽々とよけながら、戦闘態勢をとる降谷に女は眉を寄せる。


「っふ、」


どうやら女の黒髪短髪は鬘のようだ。月光が照らすその色は美しいまでの銀髪だった。日本人を思わせない。ならばその黒い両目はカラーコンタクトなのか、と冴は目を細める。
2人の攻防戦は続いている。女の足蹴りをよけては、降谷の鋭い拳が降りかかる。さすがに組織の幹部であろう女だ、その動きを俊敏に読み取り顔の前で腕をクロスすることで、衝撃を防いでいた。しかし、男である降谷の力強さはさすがのもので――


「うっ!」
「あら…?」
「その目、まさか……。」


強烈な衝撃は女の細腕だけでは緩和できなかった。やはり女の片方の瞳はコンタクトで隠蔽していたようだ。衝撃によってそれは外れる。やけに光を反射させる露わになった真の左目は、薄明りの中でもよくわかる青だった。これに降谷は過敏に反応して、間合いを取りながら顔を強張らせる。

ここに遅れて風見は応援へと舞い戻ってきた。その手には拳銃があり――


「降谷さん、ズレて!!」


銃口が女へと向くや否や、女はその身を軽々と翻し、巨大な窓ガラスを細身で打ち破った。


「なに!?」
「ここから飛び降りるとは素晴らしいですね。降谷、追いますよ。車はどちらので行きます!」
「俺のだ!!」
「風見は待機を。 負傷した彼らを起こしなさい!」
「は、はいっ!」


巨大な木をクッションに上層から地面へと足を付けた俊敏なネズミに冴は口角を上げる。逃すわけにはいかない、降谷の顰められた表情を横目に見て冴は先ほどの女の姿をインプットさせようと強く瞼を閉じた。


「乗れ!」
「言われずとも。ネズミは表で車を奪取し逃走中。インターへ向かっているのでしょう。首都高ですね。」
「監視カメラか。」
「ジャックさせて頂きました。履歴は後で消しておくのでご安心を。おっと……。」


急発進した降谷の愛車RX-7が荒々しい音を立てる。シートベルトを付ける直前のその動作に冴は思わず目を丸めた。非難するような目で運転席を見れば、降谷が鼻で笑う。


「しっかり付けておけよ。」
「まったく荒々しいですね。おや……?」
「どうした。」
「いえ……なんでもありません。ところでもうすぐ捉えられそうです。」
「前方のあの車か。」


ふっと冴はスマホ画面を見ながら違和感を感じたが、それを伝えることはしなかった。降谷が前方にらしき車を見つけたからだ。気付けば予想通り、首都高湾岸線に入っており、RX-7のタコメーターは赤い針をぐんぐん加速させていた。


「追いつくぞ! しっかり掴まっていろよ!」
「ああ……どうやら私たちだけではないようですね。」
「何がだ!」
「いえ、貴方はネズミちゃんを追い詰めてください。」
「ふんっ、言われずとも……!」


追い抜かした赤いフォルムの運転者を視界に収め、冴が先程抱いていた違和感が解消される。冴の頭の中でさまざまな情景が瞬時に流れ、瞼をゆっくりと閉じた。

加速を止めない降谷の車体は、ようやく組織の女の車に追いつく。意図的に車体を激突させた後に、サイドを並走した。威圧的に、かつ追い詰めたと言わんばかりに降谷が口角を上げる。女の苦渋に満ちた表情も一瞬、すぐに女の車はさらに加速した。ちょうど目の前には首都高湾岸線独特の大きなカーブが迫っていた。そして片方の車線にはトラックが。


「降谷!」
「分かっている! ぐうっ!」


女の車と同様にドリフトをさせれば、自分たちの車ともう一台、身を寄せてくる邪魔な存在に気付く。降谷は苛立ちも含んだ荒々しい口調で声をあげた。


「誰だッ!?」


車同士が近づいた途端、降谷の表情があからさまに一変した。ウインドウ越しに映ったその男こそ――彼の因縁の相手だったのだ。


「赤井……!?」
「……。」


赤井秀一。FBIに属するその功績数知れずの男だ。冴は、赤井が今夜のことを独自に入手していたのだろうと察し、その鋭い洞察力に感心した。だが降谷は違う。日本や各国をも巻き込む緊急事態を前に、因縁の男を目にし、完全に余裕を失っている。


「下がれ!! 赤井!!」
「降谷、」
「ヤツは公安のものだ!!」
「降谷目の前ッ!」
「なにっ……!?」


冴が一部始終を見ており、赤井が目の前の出来事に瞬時に気が付く。唯一反応に遅れていた降谷に焦燥感が詰まった冴の怒声が届き、ようやく全員が現状を察した。降谷の目の前には巨大な影が落ちており、反射的に視線を上にあげれば赤い軽自動車が無残にも宙へと浮いている。咄嗟の人間の反射が機能し、降谷の足と手が同時に動いた。


「っく……!」
「うあっ…、っと、もう!」


女が、トラックと自車の間に一般車両を巻き込んだのだ。その車がまさに勢いだけで宙へ舞い飛び、冴たちの前に振り落ちてきた。これを2台の車は回避するが、一般車両は後方から走っていたトレーラーと激突し、火の手が上がる。


「生きてるな!?」
「ええ、無事みたいです。」
「……フッ、」


降谷の笑みは咄嗟に自分が衝突を回避できたことへの自信ではなく、マスタングGT500がその場で停車したことだった。己が勝ったと言わんばかりにまたも口角を上げて自身のRX-7を再び急発車させた。前だけを見つめる降谷に反して、冴はサイドミラーから背後の様子を見つめる。


「これで俺たちが仕留められる……!」
「……。」
「どうした、若槻。」
「いいえ、貴方はただネズミを誘導してください。」
「誘導だと? ハッ、馬鹿を言うな、捕まえるんだよ!」


さらに加速し、サイドミラーは後方の景色を映さなくなった。冴は目を細めて静かにほくそ笑む。先の展開を1つの可能性としてシミュレーションした。もし仮にこれが実行されたとき、さぞかし降谷は怒り狂うのだろう。我々が女を捕らえることに成功しても素直には喜び安堵できないのだと確信する。そうならないことを祈りつつ、だがそうなるのだろうと冴はスマホのロックを外し、一瞥した画面をスリープにした。





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