The Darkest Nightmare | ナノ



そうして忙しい日々が始まる。基本的なことはすべて限られたメンバーで共有し合い、その中でも個々にロールが与えられた。降谷に関しては元々組織への潜入捜査が続行中、ましてや今回の相手がその組織であるために公な行動は叶わず、日中は普段と変わらぬ私生活を過ごしていた。その間、主となって指揮を執っているのは冴だ。微笑めば淡い水彩画の美を与え、凛としていれば先陣を切る女武将の如く。時に感情を映さない音色を奏でていた。


「風見、分かっていると思いますが此度は大人数では動けません。貴方には降谷の穴埋めをしてもらいます。」
「はい。ですが降谷さんも連中が行動する日には警備にあたってくださるのですよね。」
「当然です。嬉しいですね、風見。降谷と共にこうして直接任に就くのは久々ではありませんか。」


冴の微笑みは、水彩画のような柔らかい印象をかき消し、ただ冷淡なそれそのものだった。言葉の中に意味深な思惑を感じ取り、風見は思わず口籠る。しかし黙っているわけにもいかず、眼鏡のブリッジに指を当て、感情を抑えるように微かにそれを上げた。


「……そうですね。思えば若槻さんとも長いこと共に動いていませんでしたから……お願いしますよ。」


限りなく感情を抑えた声色は、逆に普段の色を失わせる。冴は口元に細い指をあてた。


「ふふ、そう嫌悪を孕んだ声色をするものではありませんよ。一発で心の内が読めます。曲がりなりにも降谷の直属の部下だというなれば気をつけなさい。私が私であるという確証はどこにもないのですから。」
「ッ……申し訳ありません。」
「ふふ、貴方もまだ青いですね。」


冴は踵を返した。ゆらりと揺れる黒い川の流れに風見は苦渋の表情を浮かべる。
納得ができない。彼の心の内はまさにそれだった。

若槻冴という女性のことは未だに理解しえない。分かっていることはそう多くはなく、有名どころといえば丁度一年前まで数年間国際的テロ組織の諜報員として潜伏していた件だ。

単騎で内部から破壊活動を静かに実行し続けていたことその件は、公安内部では有名である。あらゆる諜報員が見せしめのように公開処刑される中で、確実に内部から気付かれないよう崩落させていったのだ。組織内が反逆因子である冴に気付くその瞬間に、まるで時限爆弾が起動したかのようにその組織は壊滅した。幹部ら数人の命は落ちてしまったが、結果としては上層部の半数の命を繋ぎとめたまま確保に至った経緯を持つ。

その圧倒的実力は認めざるを得ないもので、風見の尊敬すべき上司である降谷零同様であると肯定せざるを得ないものだ。現に、彼女と共に行動した時にはその柔軟性、正確性には驚かされてきた。しかし風見にとっては、降谷のように冴を尊敬の眼差しでみることはできなかった。


「若槻、悪いが話がある。いいか。」
「ええボス。丁度区切りがついたところです。まいりますよ。」
「若槻さん、俺はこの後はどう動けば――。」
「ふふ、そうやって降谷にも縋ってきたんですか?」
「っ……!」
「若槻。」
「まいります。……ああ、そう。報告だけはしてくださいね、風見。貴方には期待しているのです。これでも、ね。」


厭味ったらしい言い方がそう見ることができない要因なのか。尊敬すべき降谷を忌み嫌うような発言が多々見られることが要因なのか。冴からは、自らの功績を盾に他者を見下しているような感覚を風見は受けていた。だが降谷は違う。自分の功績は確かに持っているがそれはあくまで誇りという形でだ。この日本を守るための誇りとして持ち、これを部下とも共有しようとする、それが風見の見る降谷の姿だった。冴とは天と地ほどの差がある。


「心にもないことを……。」


思わずそんな言葉が漏れてしまった。冴と降谷が出くわすたびにお互い高圧的な態度で淡々と口論を繰り広げるのは、ある意味名物といえよう。当然、風見は後者の味方でしかない。その味方である上司は表立って指揮ができず、必然的に女が執る。風見の中にはどうしても、すとんと落ちない部分が気持ち悪くて仕方がなかった。


「どうした風見。」
「ふっ、降谷さん……!?」


誰も居なくなった空間だったと思っていたためか、風見はびくりと肩を震わせる。だが確かに、気付かないうちに扉を開けていたのは、自らが最も尊敬する男なのだ。


「おいおい、随分と顔にも雰囲気にも出ているな。それでは務まらないぞ。」
「すっすみません!」


冴に言われて反発心が上がった言葉も、降谷に言われれば素直に改められる。風見自身、2人の上司への信頼の差がいかに開いていることは熟知していた。


「若槻はどこか分かるか。」
「若槻さんでしたら、今トップに呼ばれて……。」
「なに? ったく、またか……。」


降谷は呆れたようにため息をついて、近くのチェアに腰を下ろした。デスクの上にはどこかの地図と詳細な見取り図が置かれていた。降谷はその地図を一瞥し、見取り図を一枚一枚めくっていった。


「なんだ、これは。」
「ああ。東都水族館がリニューアルオープンするにあたって、頭に叩き込むようにと若槻さんが。」
「入手が早いな。先を越されたか。」


その声色は温かい。ふと風見は違和感を覚えた。あんなにも冴と降谷の仲は良いと言えないものなのに、時折降谷は彼女のことに対して唐突に柔らかな表情を浮かべるのだ。自身の中で未だ治まらない怒りの原因に対して、この上司はどんな言葉を放たれても表には浮かべない。それどころか、なぜかこうして穏やかな表情を浮かべる。それが、風見には不思議でならなかった。


「……降谷さんは、」
「ん? どうした。」


思わず好奇心が勝る。


「若槻さんをどう思われますか。」
「どうだと? なんだ、突然。」
「オレにはやはり納得できません。あの人の実力は認めざるを得ませんが、降谷さんと同様に指揮官が務まるのでしょうか。」
「仕事に不手際でもあったか。効率でも悪かったのか?」
「それは……ありませんが。降谷さんを小ばかにしているとしか思えないあの態度は、トップとしてあるまじきです。小精鋭でしか動けないからこそチーム力が必要な中で、円滑に動けているとは思えません。」


ああ、言ってしまった……。仮にも上司だ。その上司への愚痴を堂々と、しかも自分が尊敬すべき人に当たり散らすように告げてしまった。胸のつっかえは取れたが、ドクリと心臓が嫌な音を立てる。ひやりとした汗が頬と背中を伝っていくのを感じた。目の前にいる偉大な上司はなんと返すのか。ごくりとつばを飲み込めば、降谷はいつもと変わらずに口角を静かに上げた。


「甘いな。」
「え、」
「まだまだお前も甘いってことだ。」
「降谷さん…!?」


見取り図を一通り終わったのか、資料をデスクに戻して立ち上がる降谷を風見は見つめるしかなかった。


「とはいえ、アイツの魅力にハマられても大概迷惑だ。そのままでいいだろ。」
「ど、どういうことですか? 降谷さん!?」
「戻ってきたら伝えてくれ。いつもの時間、いつもの場所で。」
「どちらに……!?」
「戻るんだよ、シゴトにな。」


ひらひらと手を振ってその背中は扉の向こう側へと音を立てて消える。再び一人残された風見はぽかんと薄く唇を開けたまま立ちすくしていた。果たして一体、どういうことなのか。やはり風見には何一つ納得できることはなく。


「……仲が悪いんじゃないのか?」


風見たちの中では冴と降谷の仲は険悪だとすら言われているのに、一体どういうことなのか。風見は再び心の内にモヤを抱えて、自分も資料を頭に叩き込まなければとデスクへ向かった。ああ、この先やっていけるのか。そんな一抹の不安を抱えながら。

 * * * *

部屋の照明は薄暗い。雰囲気を壊さないようにと、少し音量が落とされたテレビではお笑い番組の拡大版が流されているが、それに2人の意識はとらわれていない。グラスに大きな氷を入れてお酒を注ぐ。たぷたぷという音が心地良い。


「お前、風見をあまり弄るなよ。」
「えぇ? 突然何を仰るのです。」
「あいつは根が素直だからな、簡単に振り回される。」
「ふふ。容易く翻弄されるようでは、この先やっていけませんよ。」


2つのうち片方のグラスを隣に座る降谷へ差し出せば、すぐに相手の口に流された。冴もまた同様にする。


「咄嗟の指揮に反応してくれなくなるぞ。」
「あらいやだ。そんな役立たずなんですか、貴方の風見は。」
「誰が俺のだ。止めろ気色悪い。」
「ふふ、本人が聞いたら涙しそうな発言ですね。」


くすくすという上品な笑いは、お酒の中に滲んでいく。冴は足を組んでソファの背もたれに体を預けた。思いのほか沈まず、軋む音もしなかったのは、既に隣に坐している男が鳴らしていたからだろう。


「苛めているわけでは無いのですよ。ただ、彼はあまりにも貴方が好きすぎるようですから、ちょっと悪戯-あそび-たくなるだけです。」
「ほぅ? なんだ、一丁前に嫉妬でもしたか。」
「ふふ、貴方だってしたでしょう。ボスに。」
「長期任務明け早々、連絡も寄こさず2人飲みふける辺り何も感じないわけがないだろう。」
「嬉しいですよ、零。貴方の想いが。」
「――…ふん。」


からん…とグラスの中の氷が傾いた。ツンと鼻につく香りは独特なこの酒の存在を明確にしている。その冷えたグラスをもってぐいっと喉へと流す。


「それにしても零、こんなところで休憩の夜をよろしいのですか。」
「構わん。すぐどこかへ消える女に時間を割いてやっているんだ。素直に喜べ。」
「あら、それは失礼いたしました。私だってほうら、寂しく思っておりましたよ。」


喉が熱くなるのを感じながら、首元に回っているその腕に自らの頬を摺り寄せた。ぴくりと腕が動いたかと思えばその指先が頬を撫でて、ゆるりと顎先に触れる。降谷は滑りの良い肌を心地良く感じながらも、その顎先をやんわりと自らの方へと向けた。


「どの口が言うんだかな。」
「っはぁ……。」


この色香が身体の中に熱を生み出す。


「冴、」
「っふ…ぁ、ぁ」


未だ中に残る酒の旨味を舌で味わいながら、口内を荒らす。冴の濡れる舌を円を描くようにゆっくりと絡め、それが逃げるように離れた時、舌先をちゅうっと吸った。ぴくりと反応する淫らな身体に降谷は目を細める。


「んんっ、ちょっ」


手を太股に置き、肌色を隠す柔らかなスカートを押し上げていく。咄嗟に顔を背けて空気を吸った冴は降谷の手を抑え、それ以上の進行を抑制した。しかし降谷は何も答えずただ口角を上げたまま再び冴へと食らいつき、次は激しくそれを味わう。ぴちゃりと音が鳴った。


「ゃ、あ、」


その間に褐色の手は抑制してくるそれをも跳ね除けてスカートを押し上げ、するりとレースの下へと隠れた。肌を味わうようにやんわりと下肢を撫で、焦らすかのように指先を押し当てながら更にその隠れた下着の元へと上がっていく。冴の腰は逃げるように動くが、背後は既にソファの背もたれで逃げ場が無くなっていた。


「ぁ、ぁ…っ。」
「濡れてるな。」
「ッ……、」


下着に到達した指は、布越しに簡単に奥へと沈む。指先が濡れる感触に、微かに聞こえる粘着質な音に、どくりと降谷自身の熱が肥大していくのを感じた。


「ここでは嫌ですよ……。」
「移動する時間が勿体ない。」
「そんな、がっつかなくても。」
「物欲しげにしているのはお前だ。」


意図的に指を細かく動かせばくちゅりと音が鳴り、同時に細い腰部がよじれる。布の染みが広がった。


「前に可愛がってやったのにな。」
「貴方が喰いついてきたのでしょ…っ。」
「よく言う。もうダメだと俺に噛り付いてきたのを忘れたのか。」
「ふふ、美味しそうに見えちゃって…ぁんっ、」


足を持ち上げられ、上体が崩れる。降谷は冴をソファに組み敷き、覆いかぶさるように接吻を重ねる。


「ふぅ、ん…」
「やはり待てない。悪いがここでやらせてもらうぞ。」
「ぁっ、もう…仕方のない人ですね…。」


黒髪を一房救い上げ、そこにも軽く口付ければ、降谷の手は冴の肌へと滑らせていった。





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