The Darkest Nightmare | ナノ



「私、探偵なんです!」
「……た、探偵?」
「ええ。とはいっても見習いなので実績は何もありませんけどね!」


当然、すべてが偽りである。冴はこの瞬間から、鈴宮菜摘は探偵見習であるという設定を作り上げた。コナンに顔を近づける。不意に赤くなるその頬を見て、目を細めた。


「見習いでもお役に立てる自信はありますよ。だから、是非彼女について教えてください。これも縁、私自身の力量を上げるためにも、彼女のために動くボウヤたちのお手伝いをさせてください。」
「で、でも……。」
「ねっ?」


戸惑うコナンに、呆れた表情の哀。先と同様に「面倒だ」という感情が嫌でも伝わってきた。けれど冴は笑みをさらに深めて強引に頼み込む。そういう人物像を作り上げた。それが、菜摘鈴宮なのだ。人当たりが良く、正義感が強く、少しばかり調子のいい探偵の卵。何でも首を突っ込みたがる性格に仕立て上げ、冴は押した。


「まあ、ダメだと言われてもついていくんですけどね!」
「は、ハハ……。」
「また厄介なのが連れたわね。……はあ。」
「ではご許可を頂いたところで、博士さんとやらと合流しましょうか。」


こうして冴は、菜摘として正式にコナンと哀に同行することになった。道中で得られた情報は、博士との愛称で呼んでいる保護者と共に、同年齢の少年少女とここに来ているということ。彼らもまた、女性――そしきのネズミの知人を探しているらしい。

冴はネズミをどうやって捕獲をして、この厄介そうな少年少女を撒くかを思案していた。とはいえ所詮は小学生である。自分が警察関係者である証を見せ、彼女の脅威を簡易的にでも伝えれば、納得はせずとも身を引くだろう。問題はネズミの捕獲であった。どのような状況かもわからない女を果たしていかに取り押さえるのか。お互いの存在は既に認知している、冴が女の容姿をしっかり目に焼き付けているように、自分を追ってきた公安の姿を女が忘れるわけがないのだ。

最初に相手の姿を目に焼き付けた方が最も有利に事を進められる。何でも女性は今、彼らの保護者及び友人と同行しているらしい、人質を取られでもしたら厄介極まりない。やはり先にいかに動くかが要を握るだろうと思案していた。


「おーい! コナーン、灰原ー!!」


その時だ。少年少女の名前を呼ぶ大きな声が聞こえたのは。ハッと反応を示した3人は周囲に視線を向ける。けれどどこにはそれらしき姿はない。すると楽しそうな声がもう一度聞こえてきた。それはまた別の高い声だった。


「こっちだよー!!」
「上ですよー! 上ー!!」
「おーい! ここだっつってんだろー!?」


上から聞こえてきたのだと判断して顔を上げると、そこにはぎょっとするような光景があった。観覧車へと向かう水平型のエスカレーターから身をかなり乗り出している少年がいたのだ。御世辞にも痩せているとは言えない、ふくよかな腹部が完全に外側にはみ出している。あれではいつ重心を崩してもおかしくない。しかも追い打ちをかけるように、楽しそうにしている少年少女たちは気づいていなかったのだ。すぐ目の前で、身を乗り出せないように壁が建てられていることに。このままでは遅かれ早かれ壁にぶつかって少年の身体は簡単に落ちるであろう。高さは何メートルとある。落ちれば命はない。

それを、冴は勿論、コナンと哀も瞬時に危険だと判断出来ていた。当然、怒声にも近い焦りの声があがる。


「危ないっ!!」
「元太戻れ!!!」


だが、無情にも彼らの声は届いても少年の重心は崩れた。上半身が仕切りから乗りあがり、後は重力に従って身が落ちそうになる。咄嗟に老男性が元太と呼ばれた少年を救出しようとするものの、少年の足が男性の顎に強打したために伸ばした手は届かなかった。


「うわぁああああああ!!!!」


元太は咄嗟の本能で手を伸ばした。その指先で何とか身体を支えようとする。同時に彼が超えてしまった仕切りから、自ら身を乗り越えて、助けようとする影があった――女だ。冴は途端に目を鋭くさせる。しかしはっとコナンと哀に視線を落とすも、彼らの眼は今や元太にしか向いていなかった。


「元太!!」
「落ちる〜〜! 助けてくれ〜〜!!」


そう叫ぶ少年。何か手段はないかと思案をするものの、周囲には何一つ支えになりそうなものは存在しえなかった。周りにいる客たちもまた何事かと上を見上げてはぎょっと目を見開いて甲高い悲鳴を上げる。


「くそっ、何かクッションになるものは……!」
「ダメよ! この高さから落ちたらどんな緩衝剤でもッ!」


どうにかしたくても、どうもすることができない。
冴もまた周囲を何度も注意深く、素早く観察するも、あまりにも何もなさ過ぎた。何かあったとしても哀の言う通り、この高さからだと厳しい。ここは何とかして、落ちてきた身体を自らの身で支えるしかないのか――ぎりっと歯が軋む。

そしてその時は訪れてしまった。


「――うわぁああああ!!!」
「元太ッ!!」
「っ、」


元太の指先は無情にも離れ、身体が宙へと浮く。各所から悲鳴が上がった。加速して落ちていく少年の身体に皆の視線が向く。けれど同時に、もう一つの影が動いていたことに冴たちは気づいた。女だ。ネズミが何を思ったのか、自ら宙へと飛び込み、建造物の構造を利用して急斜面をその細い足で滑る。加速した動きに体幹がぶれることは一切なく、勢いよく足を踏み込めば、少年に向かって飛び跳ねたのだ。


「!」


その細腕は見事に少年を抱きしめ、自らの身体で元太を守って転がり落ちてきた。その間、数秒。誰もが心臓を凍えさせた。


「大丈夫か!? 元太!!」


一目散にコナンが動き、その後を哀と冴や職員が追う。何とか地面に着地した女は腕の中にいる元太の肩に手を当てて軽く揺すりながらその安否を懸命に確認しようとした。


「元太くん! 大丈夫!? しっかりして!!」
「ッ――!?」
「……。」


険しい女の声色に驚いたのか、哀の足が途端に制止する。足だけではない。その小さな身すべてが硬直したことに冴は気づいた。静かに表情を窺うと、ここまで大人びていたそれが一変している。何かに酷く、驚いているような様子が見受けられた。


「……あれ、どうして姉ちゃんが……?」
「よかった……無事で……。」
「あーッ! そっか、オレ上から落っこちちゃったんだ……。」


元太の無事な様子に安堵するわけでもなく、哀はただ女を見つめて目を丸め、唇を震わせている。冴はその時に初めて、驚愕ではなく、彼女が女を見て恐怖を抱いているのだと察した。それは狩られることへの恐怖に震えている小動物そのものであり、流れているその汗が哀にとって尋常ではない感情であるのだと理解する。


「――。」


冴の中で、さまざまな疑問がこの時に花開いた。


「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」
「姉ちゃんが助けてくれたから大丈夫だぞ!」
「よかった……。」
「念のため医務室へおいで下さい……。」


女は立ち上がる。それを哀の視線は追う。やはり瞳には抑えきれない恐れが浮かんでいた。冴はそんな小さな体に、限りなく優しく触れた。びくりと大きく震えるその心身を落ち着かせるように視線を合わせ、微笑む。


「怖かったですね。無事ですよ、哀ちゃん。貴女のご友人は。」
「……え、ええ……そうね……。」
「医務室へ行くようです。一緒に行きましょう?」
「……ええ……。」


何に驚愕したのか。何故、あそこまで女を恐れたのか。灰原哀はネズミのことを知っているのか。頭の中が疑問で浮かび続ける。だが結論を先急ぐことはない。どうやら女は、冴という人間を『知らない』ようだ――。





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