The Darkest Nightmare | ナノ



カタカタと照明の落とされた個室で素早い音だけが聞こえる。数多もある画面上には流れるように次々と文字が浮かんでいく。席に坐したまま、時折コーヒーを飲んで眠気を吹き飛ばすのは冴だ。長い髪を邪魔にならないようにと上部で結って、ひたすら指先を動かす。


「……、」


前面の黒い背景にはプログラムが流れ、背後のウインドウには顔写真と共にその人の所属、潜入中の組織名に伴うコードネーム、正式名称、簡易的な情報が一覧化されていた。当然その中には、降谷零の名前も刻まれている。



「USBを付けた形跡はやっぱりなしですか……そもそも、ここには外部端末の接続はできないようにしているはず。ではスマホでこの情報を盗んだとでもいうのですか。」


流れる文字が止まり、最後にEnter?と文字が点滅する。冴は静かにキーを押すと、背景の画面が前面に押し出され、素早い速度で画面が切り替わった。目にもとまらぬ速さで次々と人物像が流れていく。それを見つめて冴は眉間にしわを寄せた。


「違いますね、スマホで動画を取ったとしてもこのフレーム数に、この速度では、いくらスローにしもてソフトにかけても閲覧は可能とは思えません。……ふぅ、ならば一体何で瞬時に情報を読み取ったのか……。」


背もたれに体を預けて冴は小さく息を吐く。時計を見やると、どうやら朝がすでに訪れていたようだ。長い時間会議をしていたからか、今の作業が思いのほか時間がかかってしまったのか。既に冷たくなっているコーヒーを飲み干して席を立つ。

彼女が次に向かった場所は首都高湾岸だった。周囲には多くのメディアが集っている。昨夜の停電騒動の情報を必死になって追っているのだろう。


「警察は何を聞いても調査中です、だとよ。」
「火の手が上がっている動画も入手したんだ、ただの事故にしては大きすぎんだろ。」
「はあ、誰も口割ってくれないし、今日中に何かネタとらないと……。」


会話を耳にした冴は荒れ果てた高速道路の一片を見つめた。今は交通事故ということで片付けているが、いずれは何かしら新たに情報は提示しなければならない。もちろん機密情報が漏れたなどと現実を口にすれば国は混乱し、警察機関の信用問題にもかかわる。それが自分たちの行動をいかに制限することになるのか、冴は知っていた。早めに手を打たねばと考えながら、足はその場から立ち去る。

次に足を運んだのは、人気の全くない倉庫街だ。あの高速道路での事故現場に近い場所にある場所で、炎上した倉庫街の近場でもある。海に落ちたであろう女が陸に上がれるとすればこちらの倉庫街であろうと読み、立ち寄ったのだ。冴は海沿いを歩く。


「……ん?」


ふと、目の前に微かな痕跡を見つける。きらりと光ったそれを目指して歩を進めれば小さな欠片が落ちていた。手袋を取り出してそれを掴み、目元まで近づけてよくよく観察をする。


「フロントガラスの破片、ですか。確かに逃走中の車種はかなり古いものだったはず。なるほど、ということはネズミちゃんはここから陸に上がったのは違いないようですね。」


さて、問題は……と、冴はガラスを袋に入れてこれを写真に収めたのちに懐へとしまった。周囲に視線を向けて、倉庫街の間をゆるりと通る。残念ながら水痕は消えているようだ。残っていれば女の痕跡を追えたのにと、昨夜捜索を許可してくれなかったボスへの嫌な思いを思い出しつつ、首を小さく横に振る。そんなことを言ってはいけない、冷静にならなければと自身を叱咤して、再び捜索を始めた。

次の手がかりを見つけたのは、先ほどとは反対側の海に面した場所だった。細い路地で、先ほどと同様のフロントガラスの欠片を見つけたのだ。次は一欠片ではない。多量のそれが地面に散らばっていた。明らかにここを女が通ったのは明白だ。気になるのはその多さ。


「……ここで衣類を脱いだとして、問題はどう始末したのか……。」


そのまま通りを直進すると、目の前に鮮やかな光景が映った。同時に最悪な夜に上がった、祝いの花火を思いだす。


「疑う前に行動せよ、か。」


冴はスマホを取り出して一通のメールを送信すれば、目の前の拡がる色鮮やかな舞台へと足を進める。すぐに返信が返ってきたのだろう、スマホが懐で震えた。

目当ての場所へと到達すれば、満面の笑みを浮かべた男女二人に歓迎される。「ようこそ! 東都水族館へ!」の言葉と共にパンフレットを渡された。


「ちょうど、後数十分もすればイルカショーが始まるんです!」
「リニューアルオープン初日には、皆さまへスペシャルバージョンをお届けしますので、是非お越しくださいね!」


パンフレットに描かれたイルカに思わず笑みがこぼれた冴は、2人の言葉に小さく頷いて礼を告げれば、歩を進める。パンフレットを開いてここの地図に目を通した。どうやら先日入手したここのそれ通りのようだ。ということはまだ工事中のエリアがある。冴は設計図共々思い出しながら、目的地へと一直線した。

やはりリニューアルオープンに伴ってか、多くの客層がいた。若い男女に、小さな子どもを連れた家族、仲睦まじい様子の老男女まで幅広い。鮮やかな光と止まない客を歓迎するアナウンスがパークを盛り上げている。その中でも、建設中のエリアはやはりその人数は多くはなかった。工事中だという仕切りには、何がここに建てられているのか事細かく書かれている。子どもにも見やすいようにポップな文字で、写真付きだ。やはりここにもイルカの写真がついており、愛らしさをより一層高めた。


「ねえ、お姉さん。今時間ある?」


と、不意に声をかけられた。冴はきょとんと眼を丸めて、声のかけられた方へと視線を向ける。しかし、そこには女一人を狙う怪しげな男の姿はなかった。「お姉さん、こっち、こっち。」と再び声をかけられて、冴はふっと人の好さげな笑みを浮かべた。その笑みは、職場で部下に見せるものとは相変わり、まるで別人のような気の抜けた微笑みだった。


「あら、いやだ。ごめんなさい、ボウヤ。」
「ううん、急に声かけちゃったから、ビックリさせちゃったよね!」


視線を落とせば、愛想のよさそうな少年と、正反対に無表情の少女がいた。兄弟には見えない。冴は腰を下ろして彼らと視線を合わせる。


「僕たち、お姉さんに聞きたいことがあるんだ!」
「あら、私にですか。お答えできれば良いのですが……何です?」
「えっとね、このお姉さんのこと知ってるかなと思って。」


そう言いながら少年がスマホの画面を向けた。そこに映っていたのは、美しい銀髪の女だった。片目だけが青のその瞳は印象強く映る。気になるのは、その顔が少々汚れていることだろうか。――もちろん、冴には彼女が誰であるかは既に理解していた。どうやらここに来たのは間違いなかったのだと内心ほくそ笑む。


「とても綺麗な女性ですね! もしかしてお母さんですか?」
「違うんだけど、この女の人が迷子みたいなんだ! お友達探してあげようと思って探してるところなんだよ。」
「あら、偉いのですね。ですが、ボウヤたち2人ではいくら楽しいこの場所でも危ないですよ。」
「平気よ。博士もいるから。」


共にいた少女がようやく口を開く。その口調は、まるでその見た目とは想像しえない大人のように淡白なものだった。この少女の言葉に、少年は苦笑しながら「おい、灰原。」と小声で注意するように声をかける。途端に、灰原と呼ばれた少女は表情を一変させた。


「博士っていうね、おじさんと一緒に来ているからダイジョウブ! ほかにもたっくさんのお友達と来てるんだぁ!」
「は、はは……。」
「そうなんですか……楽しそうでいいですね!」


でも、と冴は人差し指を立てて、わざとらしく怖い表情を浮かべる。


「2人だけで動いたら怪しいおじさんに捕まりますよ。お姉さんがその博士さんのところまでお送りします。」
「え、い、いいよ。僕たち、きちんと連絡してるし……。」
「ダメですよ! 別れた後に2人に何かあったらお姉さんは夜も寝れません!」
「えぇえ……。」


少年の顔はいかにも「面倒な人に捕まった」と言わんばかりだった。少女も何も言わないまでも少年同様に思っているのだろう、小さくため息を吐いたのが聞こえた。


「で、でもお姉さんだって1人じゃないでしょ?」
「残念ながら1人なんですよー……本当は私もお友達と来る予定だったのですが、そのお友達が体調崩しちゃって。」
「じゃあ来なければよかったじゃない。」
「ここで待ち合わせだったんです。私、先に入っちゃってて。出るのもなんか恥ずかしいですし。」


冴はにっこりと笑みを浮かべて両手を合わせた。


「ね、お姉さんが寂しいので、お2人が博士さんと一緒になるまで、お姉さんに付き合ってください。お願いします!」


大の大人にこう頼み込まれては断れなかったのだろう。少年と少女はこそこそと軽い会話をしたのちに、致し方ないと言わんばかりに小さく頷いた。冴は「ありがとうございます」と嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「そうだ。お名前を教えてください、せっかくの縁ですからね!」
「えっと、ボクは江戸川コナン。こっちが……。」
「灰原哀よ。」
「私は鈴宮菜摘です。短い間ですがよろしくお願いしますね!」
「う、うん…よろしく。」


――ああ、久しぶりのこのキャラは結構疲れますねぇ。

そう、裏で思っていたこともつゆ知らず、少年と少女は歩き出す。冴は彼らの後ろについていった。その先に探し求めているネズミがいると確信をして。


「へえ、ではその女性とはこの中で出会ったのですね。」
「うん、そうなんだ。だからきっと、この中に知り合いのお友達がいるはずなんだ!」
「女性のお名前はなんて言うのですか?」
「えっと……。」


不意にコナンは口を閉ざす。冴は小首をかしげた。


「何か、悪いことを聞いてしまったのでしょうか?」
「ううん! 実はボクたちもまだ知らなくて。」
「あら、それは失礼いたしました。お名前を知らないと探すのも大変でしょうに……ボウヤたちは優しいんですね。」
「そんなことないよ! 鈴宮さんもボクたちのこと心配してついてきてくれたんだもん、お姉さんだって優しいよ!」
「自分が寂しいってだけなんでしょ。」
「お、おい灰原……!」
「ふふ。そのお嬢さんの言う通りですよ。私が寂しいから1人が嫌なんです。だから、ありがとうございます、お2人とも。」


冴は再びコナンに写真の閲覧を求める。コナンは快く頷いてスマホを起動させ、女性の写真を見せた。何度見てもその女性は、あの夜、素早い身のこなしで追跡を逃れたネズミその本人に違いがなかった。特徴的な外見でもあったために、イヤでも分かる。

けれど、こうして写真に収められるほど間抜けな人材ではないはずだと冴は疑問を抱いていた。純粋に驚いている表情は、ただ困惑している美しい女性にしか見えない。とてもではないが、組織の人間のようには映らなかったのだ。あまりにも隙があり過ぎる。


「この人、ケガしていますね……。」
「え、うん……そうみたい。どうしたんだろうね?」
「もしかして、昨日の事故に出くわしたのでしょうか。」
「あら。どうしてそう思うのかしら?」


腕を組みながら哀は口角をあげて冴を見上げる。冴はようやく目を合わせてくれたと小さく微笑んで返せば、「ほら」と指先を写真の写る彼女の肩を指さした。写真のフラッシュで反射したのか肩の部分だけ微かにだが煌いている。冴はそこを指摘した。


「ニュースでは深く取り上げられませんでしたが、首都高速道路で車が高架下に転落して炎上したと聞きました。しかも運転手は行方不明……その衣類の汚れも、肩についているのがガラスなら説明がつきます。とはいっても、今のはガラスが割れないようにされているため古い車種だったのでしょうか? もしかしてその女性、髪の毛にも破片がついていたのではないですか?」


冴が頬に手を当てながらつらつらと思ったことを伝えれば、コナンと哀は驚いたように目を丸めていた。素人がここまで推測したことに驚いているのだろう。コナンは画面を見つめて、確かにガラスの反射光が映されていることに納得した。


「お姉さん、凄いね……一体何者なの?」
「何者だなんて、そんな大層な人間じゃあないですよ! ふふ、」
「でしょうね、能天気そうな顔してるもの。」
「哀ちゃんは辛辣ですね。おっと、小学生は辛辣だなんて難しい言葉は分かりませんよね。」
「バカにしないで頂戴。それくらい分かるわよ。貴女みたいに軽い頭してないから。」
「あらまぁ、私、嫌われちゃっているんでしょうか……コナンくん、どう思います?」
「えっと……いつもこんな感じだから……。」
「ふふ、そうでしたか。では愛情の裏返しと受け取りましょう。」
「どんな受け取り方よ……。」


ゆるり、ゆるりとコナンと哀は冴のペースに流されていく。冴は常にその口角を緩めなかった。そして更に深く静かに近づいていく。


「何度見てもこの人はとても美しいですね。これほど特徴的なら、1つくらい情報が得られてもおかしくないのでは? 彼女の知人もきっと彼女のことを探しているでしょう。こんな特徴的な外見を相手に伝えないわけがない。それなのに一度も『同じことを聞かれた』と答える人がいないということは――ここに彼女の友人がいるとは到底思えませんが。」


この追求にコナンと哀の口は閉じられる。コナンの眼光が鋭くなり、哀の眉間に一度皴が寄せられたのを冴は目敏く拾い上げる。内心で静かに今の勝負に勝ったとほくそ笑んだ。同時にこの2人の少年少女を侮ってはいけないと頭の中が警告のベルを鳴らす。冴の発言した内容を理解し反応している時点で、今までの会話の流れも踏まえてタダモノではないと確信を得たのだ。小学生にしては頭が回りすぎているうえに、対応が大人相応だった。


「鈴宮さん、本当にナニモノ?」
「私としては、お2人がナニモノなのかが気になりますねぇ。」
「……。」
「……ふふ、熱烈な視線を感じると嬉しくなります。」


冴は肩をすくめた。


「いじめすぎましたね。ごめんなさい、正直に言いますよ。」


そして足を止めると、自身の胸に手を当てる。小さな2人の視線を感じながら「実は!」と無邪気な笑みを浮かべた。


「私、探偵なんです!」





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