D.C | ナノ

Origin.


銃口は標的を変えて


――まったく、最後の最後で面倒なことになってしまった。

ナマエは静かに息を吐き出して、すぐに押し殺す。
周囲に気を張り、ゆっくりと背中を預けていた壁から顔を覗かせた。
長い廊下に誰もいないことを確認して、奥の扉まで素早く移動する。


「(O.K. どうやら開錠していたのはバレてないようね。)」


音を立てないよう慎重に扉を開け、突入すると共に銃を構える。
だが周囲には人っ子1人おらず、同時にそれらしい気配も感じない。

銃をしまい階段を下って、地下に止めてあったバイクへと駆け寄る。
特に細工されていないことを確認して、ナマエはエンジンをかけた。

刹那、気配を感じて動きが止まる。


「このまま私と会わずに行くつもり?」


聞こえたその声に、思わず大きなため息が漏れた。
逃走ルートとして確保していたその道に、影が現れる。


「Hi,ナマエ。久しぶりね。」


憎いまでに美しいその女が、酷く綺麗な笑みを携えて。


「……Hi,ベルモット。」


女とは思えない体格の良さではあるが、ベルモットが胸元に指をあてた途端にそれは変わる。
空気の抜ける音とともに膨れていたそれが縮み、女性特有のくびれを見せた。


「なあに? そのイヤそうな表情。」
「実際、嫌なのよ。せっかく会わないでおさらば出来ると思っていたのに。」
「ふふっ。貴女が先に手を出さなければ、会えずにgood byeできたわよ?」
「あらあら、それは残念。」


ナマエは肩をすくめ、バイクに背中を預けて向かい合った。
ベルモットは相変わらず、腰に手を当てて微笑むだけ。


「ねえ、それ渡してくれないかしら?」
「それ? 何のことかしら?」
「あらやだ。分かっているクセにそういうこと言うのね。
そのUSBよ。私も欲しいの。そのためにここへ潜入したっていうのに。」


艶のある唇が吊り上る。
ナマエはそんな彼女に首を横に振った。


「やめてよ。これは私の獲物。」
「お互いここでドンパチなんてしたくないでしょ?」
「そうね。だからそんな物騒なもの下ろしてちょうだいな。」


向けられた銃口が怪しく光る。
ベルモット――彼女の狙いは、ナマエの手元にあるUSB。

運良くか、悪くか。
機密情報を入手しようとナマエとベルモットが同じ場所に潜入していたのだ。
お互いそれを把握はしていたが、任務のために気付かないふりをしていた。
結果、ナマエが先にその情報を手にいれたのだが。


「そんなに欲しがるってことは、この中に知られたくない情報があるってことね。」
「さぁ、どうかしら?」
「ま、後でたくさん見させてもらうわよ。」


ナマエはUSBをチラつかせた後で、胸元にしまった。
上着から引き抜いた手にはベルモット同様、拳銃が握られている。


「だから、なおさら渡すわけにはいかないわね。」
「あら。ここで銃撃戦したら、今頃上で血眼になって貴女捜している彼ら来るわよ?」
「どうせ鳴らしたの、ベルモットなんでしょ。」
「私より先に手にした罰よ。」


バレないようこっそりと入手したこのUSBを手に逃亡を図ろうとした瞬間響く警報。
予想以上に早く彼らに鉢合わせてしまい、お蔭で追われる身。
あまりの手際の良さは、ベルモットが意図的に仕組んだことだと理解するのに十分だった。


「ねえ、早く譲ってくれない? こんな埃まみれの地下でのんびりしてたくないの。」
「あら同意見。貴女が諦めてくれたらすぐ帰れるわよ、ベルモット。」
「あいにく私はそれを持ち帰りたいのよ。」
「それにも同意見。私だってこれがないと帰るに帰れないもの。」


お互いがお互い、銃口を向き合わせた状態で沈黙が流れる。
緊迫感が張り詰める中で息を殺す。


「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」


身動き1つできない状況。
どちらが先に動くかで勝負が決まる。

神経を尖らせている中、突如として響くいた扉の開く音。


「!」
「!」


同時にナマエとベルモットの銃口がその扉へと向いた。
地上から地下へと繋がる、ナマエが通ってきた入口。
まさか上の連中が……! そう思ったが、そこには誰もいなかった。


「っ、」
「っ!」


罠だ。はっと、すぐに銃口をお互いに向ける。
標準が定まった瞬間が引き金を引くタイミング――!
同時に手が止まり、お互いの指が動く。

――ガウンッ!


「!?」
「ッ!?」


だが火を噴いたのはナマエのものでも、ベルモットのものでもなかった。
どこか別の場所から発射された銃弾が、見事にベルモットの手元を撃ち抜く。


「っ待ちなさい!!」


絶好のチャンスを見逃すわけがなく、ナマエはすぐさまバイクに跨った。
ベルモットの鋭い声が地下に響くが、それを打ち消すように第二の銃弾が彼女の足元に。
険しい表情をして動きを止めたベルメットを横目に、ナマエはそんな彼女の横を素早くすり抜けた。


「貴女はclearよ、Vermouth!」
「っ……!」


バイクは止まることなく、暗い夜空のもとへと飛び出る。


「(まったく、どんだけコレは厄介を引き付けるのよ。)」


サイドミラーから背後を気にするが、ベルモットからの追跡はない。
ナマエは1人かわしたことを確認して重々しく息を吐いた。
そして胸元にあるUSBの存在を確かめながら、近づいてきた第二の邪魔者に毒を吐く。


「礼は言わないわよ!」
「元より言われるつもりはない。」


ナマエの右側に並走を始めた黒い車――シボレー。
以前見たときと変わらないその顔を一瞥し、ナマエはバイクを唸らせた。


「まさか貴方まで出てくるなんてね! 大人気過ぎて過労死しそうだわ!」
「フ、それならいっそ休暇でもとるんだな。」
「冗談!」


分岐路の直前で不意に走行方向を切り替えるも、やはり振りきれず。
シボレーは見事にナマエにくっついてくる。


「レディをストーカーとはいただけないんじゃないの!?」
「礼の言葉は要らないが、それ相応の報酬は欲しくてな。」
「そっちが勝手にぶっ放したんから私には関係ないわ!」


風を受けながら、ナマエは横目で赤井を見た。
声を張り上げないと自分ですら聞こえないのに対して、
この男の落ち着いた声は、大きく発しているわけでもないのに耳に届く。
些細なことではあるが、この奇妙な力差に顔が歪んだ。


「あまりスピードを出すな。怪しまれる。」
「っ分かってるわよ!」


ふと遠くに見知った車が増え、赤井の言葉にナマエは素直に従った。
ベルモットがあの後、どう男たちをかわしたのかは分からない。
だが確実に彼らはナマエの身柄を抑えようと躍起になっているだろう。


「ナンバーは。」
「知られてる!」
「投げ捨てる気は。」
「お気に入りなんだけど?」
「なら、アッチのお気に入りに逆戻りするんだな。」
「……ほんと、貴方相変わらずムカつくわね。」
「光栄だ。」


ナマエは顎で右に曲がるように指示し、赤井はそれに従った。
人気のない路地裏を通り抜けた先で、静かにそれぞれ停車する。


「どこまで知ってるんだか、怖いくらい。」
「俺としては、君のその手際の良さに驚かされているがな。」
「よく言うわ。」


ナマエはバイクから降りてヘルメットを隣接した海に投げ捨てた。
音を立ててそれは海面にゆらゆらと浮かび上がる。

そして周囲を気にしながら、ナマエは黒いシボレーに乗り込んだ。
間もなく、バイクを置き捨ててシボレーのみが動き出す。


「まずは離れるとするか。」
「そこ左に曲がればさっきの大通り出られるわ。」
「了解。」


ナマエは窓越しに辺りの様子を窺う。
どうやら後はつけられていないようだ。


「君は変わらないな。その美貌で向こうのボスをひっかけて、手に入れたわけか。」
「その言い方凄い腹立つけど。ま、あっちがおバカさんで良かったわ。」
「ベルモットが先に引っ掛けいたらどうなってたんだろうな?」
「……あんな変わらない女と比べないで。」
「それは失礼。」
「まったく。」


ナマエは大げさに息を吐く。
だが赤井の表情が変わらない。

変わったといえば、長かった髪がバッサリ切られていることくらいか。
ニット帽から顔を出す波打った前髪はそのままだが、どこか寂しげに映る。


「組織への潜入失敗したんだってね。」
「まあな。」
「で今は堂々とFBIとしてベルモット狙いなのかしら。」
「どうだろうな。」
「このUSB、欲しいんだろうけどあげないわよ。」
「山分けもか。」
「当たり前でしょ。」


ナマエが初めて赤井と会ったのは、それこそ彼が諸星大を名乗っていた時だった。
偶然、とある企業内でお互いスパイとして出会ったのだ。
すぐにナマエも赤井もお互いが別組織の諜報員であることを割り出した。
あわよくば企業とその組織の情報を手に入れられれば、そう考えていたのだ。
その上で、欲する情報のために一夜を明かしたことも記憶に残っている。


「つれないな。あの時はあんなにしがみついてきたのに。」
「任務のためよ。離さなかったのは貴方のほうだけどね。」
「ホー? 君がどうにも締め付けるから応えただけなのだが。」
「よく言うわこの絶倫。」


体力には当然自信のあるナマエ。
今までも諜報員としてそれなりに身体を重ねてきたこともあった。
だが、この諸星もとい赤井という男との夜は他を凌駕するほどの密度で――。


「…………。」
「どうした、思い出しでもしたか。」
「冗談やめて。あんなのすっぽり忘れたわ。」
「絶倫じゃなかったのか、俺は?」
「減らず口ね、本当に。」


くくっと喉で笑う赤井に、ナマエは息を吐く。
報告を済ませようと胸元から端末機を取り出し、短く任務完了の報せを入れた。
赤井はその間、横目でナマエを一瞥するだけで何も言葉を発さずにいる。


「――了解。では明朝に。」
「……今夜はフリーというわけか。」
「なによ、その顔。」
「いや。今日中に渡さないのかと思ってな。」
「データはすでに転送してあるわ。」
「手際の良いことだ。」


ナマエは端末機をしまい、USBを手にすれば赤井へと放り投げた。
赤井は反射的にそれを受け取る。


「くれないんじゃなかったのか?」
「上からの命令よ。」
「ホォー。」
「なんで貴方たちなんかとつるまなくちゃいけないんだか。」


FBIなんぞと手を取り合うなんて、冗談じゃない。
ナマエは苛立つ様子を隠さないままにそう告げる。
赤井は意外そうに声を発せば、USBを自身のポケットにしまった。


「せっかくだ。この後どうだ。」
「貴方、戻らなくていいわけ?」
「手土産は持ってるから、いいだろ。」
「それあげたの誰だと思ってるのよ。」
「だから礼をするんだろ? たっぷりと、な。」


意味深に細められた目に、ナマエは眉を寄せた。
この男、一体何を考えているんだか。


「こんなのが彼らの恐れるsilver bulletだなんて笑っちゃう。」
「で、どうなんだ?」
「受けてあげるわよ。私が満足するまでせいぜい頑張ることね。」
「フ……上等だ。」


シボレーが方向を変えて、スピードをあげた。
ナマエは移り変わる景色を見ながら、静かに高鳴る鼓動を抑えこんだ。


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ベルモット vs 夢主 vs 赤井
 黒の組織 vs DIA vs FBI
てな感じ意識

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