D.C | ナノ

Origin.


筒口に潜む真実


「ひゃー、今回もハデにやってくれましたねぇ。」
「こんなに過激になっても、足跡残さないんだからタチが悪いわね!」


目の前に広がる火の海を見つめながら、スーツに身を包んだ女性2人は深々強い溜息をついた。片や金髪の女性はその表情を険しくさせて、手にしていた拳銃をホルターにしまう。片や黒髪の女性は肩に担いでいたライフルを背負い直し、上体だけを軽く捻り、幾分も身長の高い影に声をかける。


「ねー、赤井さぁん。この後始末どうしましょ。」
「我々が関与すべきではない。上に任せていいだろう。」
「えへへ、そーゆー考え方大好き。じゃ、撤収しましょっか!」
「まったく、ナマエは気軽で羨ましいわ。日本人って皆そうなの?」
「……違うと思うが。」


金髪の女性――言わずもがなジョディは先ほどとは異なる意味合いで息を吐く。この矛先が自分とも気付かぬナマエは赤いボディが艶やかなバイクに跨り、ポケットから煙草を取り出した。


「ナマエ、貴女まだ煙草なんて吸ってたの?」
「ストレス社会のお供だよ。ねー、赤井さん。」
「何故、俺に振る。」
「ヘビースモーカーだから?」
「……君に言われたくはないんだが。」
「もうっ、煙草は禁止! 今は早く戻りましょ。」
「はいはい。」


彼らの耳には、治安を守らんとする高音のサイレンが届く。長居は出来ないと判断するのは簡単で、ジョディは赤井の所有する車へと足を進めた。ナマエもヘルメットを被ろうとその重荷を手にした途端に、動きが止まる。

ヘルメットから片手を離し、彼女の指はお尻へと向かった。小さなポケットから取り出したのは、女性の手に収まるスマートフォンで。慣れた手つきで画面をタップをして通知を確認する。微かに緩んだその頬を、彼は見逃さなかった。

そうして、決して紫煙を絶やさぬまま、彼らはそれぞれの手段でその場から立ち去った。


――エンジン音が静かになったのは、遠く離れたホテルの地下駐車場。ヒールのカツン、という独特の音が木霊する中で、ジョディは髪をかき上げた。


「今日は一段と疲れたわ。私はこのままシャワーを浴びたいんだけど、貴方たちはどうするの?」
「報告したら一休みするさ。さすがに追いつかないレースをするのには策がいる。」
「他のメンバーも入れて今後の動向を推測していくしかないわね。」


険しい表情を崩さないまま、ジョディの眼鏡越しの瞳とナマエのそれとがかち合う。言葉にはならない疑問詞を受け取ったナマエは、両手を上げながら赤い舌先をちらつかせた。


「ごっめーん。私はパスで。」
「ええ?!」
「この後予定出来ちゃってね。」
「ちょっと、もう23時よ? これから予定って……。」
「一般社員も大変ってことさ。というわけで結果はメールでよろしく〜!」
「あっ、こら、ナマエ!!」
「ぐばーい!」


遠方からの非難をあまりにも受け流し、ナマエは再びバイクを走らせた。みるみる遠くなる背中に、つい伸ばしていた手が彷徨いながらもぶら下がる。相変わらずマイペースな同僚に、どうしたものかと頭を抱えた。


「シュウ、日本人女性ってこうなの?」
「少なくとも彼女は異例だろう。」
「仕事よりも優先するほど、一般社員の何が大変なのかしら。」
「……。」
「シュウ?」
「……案外、一般社員の方がいいメシが食べられるのかもな。」
「え?」


――バイクを走らせるにはまだ肌寒い。
走行中は気を張っているためあまり感じないが、いざ落ち着いて足を下ろすと一段と感じる。ナマエは煙草を取り出して煙を宙へと泳がせた。綺麗に揺らめくその紫煙を見つめていると、その先に人影が映る。


「また煙草ですか?」
「吸っても良いって言ったの、貴方よ。」
「何事も限度がありますよ。」


同じ金髪でも、ジョディのそれとは異なる美しさを持ったそれ。ナマエは携帯ケースに煙草を始末して、にっこりと微笑んだ。


「連絡ありがと、すっごい久しぶりじゃない?」
「愛想を尽かされたら大変ですからね。定期的に連絡しておかないと。」
「私の取り扱い、分かってるじゃない。透。」


安室透。その男は両の手をポケットに隠したまま


「当然でしょう。ようやく手中に収めた、僕の愛おしい恋人のことですから。」


静かに口元を緩めた。


「まったまた〜、調子いいこと言っちゃって。」
「本気ですよ。会社でも浮気者の貴女をつかみ取るのには苦労させられました。」
「私はお陰で、最高の男に出会えて満足だけどね!」
「ご満悦なお嬢様には、最高の男が至福の夜をお届けしますよ。どちらに行きたいです?」
「前言ってたレストラン!」
「と、仰ると思い、予約してあります。行きましょうか。」
「えへへ、透大好きー!」


今目の前にいる女のために、透は腕を差し出す。当然のように絡まる細腕と、柔らかな感触を味わいながら2つの影は音を立てずに伸びていった。


「ところで、先ほど電話をしたのですが気付いてくださらなかったんですね。」
「ごっめーん! 課長に捕まっててお仕事してたの!」
「へぇ……?」


顔色は変わらない透に、ナマエは笑顔を崩さずにその童顔を覗き込んだ。長い睫毛の下から大きな瞳が挑戦的に煌く。


「やきもち焼いた?」
「ええ、とても。僕は気が気ではありませんでしたよ。」
「私は透のモノなのに。」
「そうやって何人の男を落としてきたんだか。」
「透だって、その甘いマスクで女の子吊ってたでしょ。」
「君が僕に見向きしてくれないから、つい。」
「悪い男〜〜!」


不穏な空気を醸し出さずに、むしろその色は甘くなっていく。絡まる腕に満足できずにナマエはその豊満な肉体を彼に預けた。これを当たり前のように受け止めた透は軽やかに進んでいた足を止める。当然、真横で寄り添っていた影も前進することはない。


「どしたの?」
「なんだか、君から別の香りがする。」
「そ? 気のせいじゃない?」
「そう思っていましたけれど、やはり違いますよ……。」


同じ日本男児ならば羨むであろう端正な顔を近づけ、透は目を閉じる。鼻が微かに動いていることからも、先に言っていた別の香りを嗅いでいるのは明確で。


「やだーもう。もしかして課長の香水?」
「……いや、」
「ええ。じゃあ、エレベータで一緒だった総務の人かな。」
「……煙草。」


擽ったように身を捩っていたナマエの動きが、ピタリと止まった。



「やだ、もしかして……。」
「僕が以前、止めてほしいとお願いをした煙草の匂いだ。」
「……勘違いじゃあ、」
「あるわけがないでしょう。イヤなんですよ、この匂いだけは。」
「うぅーん、ごめぇん!!」


絡めていた腕を離し、両の手をパチンと合わせてナマエは謝罪の言葉を叫ぶ。当然、それだけで透の損ねた機嫌は直るわけもなく、綺麗な肌には深々しい皴が寄り添っている。


「あのね、浮気とかじゃないんだよダーリン。」
「それは疑っていませんがハニーの気遣いのなさには幻滅しました。」
「そこまで!? え〜? 弁解してもいい?」
「聞く気力がおきませんね。」


バイクで走行していた時とは異なる冷たさが、女性の敏感な肌へと突き刺さる。このままではいけない、とナマエが視線を泳がせて思案していると、一歩透が前進した。


「僕の機嫌が直らないままレストランへ行くのと、このまま解散。どちらがお好みですか?」
「ううう〜……解散はいやぁ。」
「では、どうしましょうか?」


不機嫌な顔色は決して変わらない。これはマズイやつだ、と鋭敏に察してしまえば、どうにかしようと躍起になるのは人としての本能だ。ナマエは腕を組んだり、頭をかいたり、彼の表情を覗き込むように窺ったりと忙しなく動く。だがその間にも、透は何も言葉を発することはない。無言の圧力をひしひしと感じ、ナマエは泣きそうな声で唸り始めた。


「うぅうう、ううううん。」
「……。」
「……あーもうっ! どうにでもなれっ!」


ナマエはいつの間にか腕を組んで態度で圧をかけ始めた彼の両肩に手を置いた。そうして言葉の勢いを糧に踵を上げ、不満げなその唇へと全てをぶつける。


「……。」
「……。」


何も、反応がない。


「……。」
「……。」


触れ合う温もり、その感触すらも変わるわけでもなく、気まずい雰囲気だけが続く。こうなれば離れるのも酷く居た堪れないわけで。ナマエは瞼を強く瞑ったまま、何らかの反応をただひたすらに待っていた。


「……っぷ、」


がちごちに固まっていた彼女を和らげたのは、思いもよらない、声にならない返答で。


「へ?」


身体が離れたと同時に飛び出た笑いに、ナマエは目を丸めて相手の顔色を様子見る。すると先ほどまで鬼のように静かな怒りを露わにしていた男が、巷で有名になるほどの可愛らしい笑顔を浮かべて、口元を掌で押さえているではないか。これにはナマエも予想外で、気の抜けたような声しか出なかった。


「お、思いのほか君が必至なもので!」
「ちょっちょっと透……!」
「すみません! いやあ、ですが普段見れない姿を見れて大満足ですよ!」
「だっ騙したのー?!」


明らかにハメられた。
ナマエはわなわなと身体を震わせた。当の本人は変わらずに笑いを堪えようとしている。これにはさすがのも##NAME1#も笑って許すことが出来ずに、頬を膨らませて1人で夜の街に向かって闊歩し始めた。


「あ、待ってくださいよ!」
「絶対にイヤ!!!」
「ナマエ!」
「透のばーかばか! 日本男児ってみんなこうなの?!」
「いや、それは違うと思うけど……ってそっちレストランとは逆方向ですよ。」
「帰るーー!!」


カツンカツンとパンプスのを鳴らしながら走り去るナマエへ、安室は長いコンパスで軽々と追いついた。そして先ほどまで彼女がやっていたのと同じように顔色を覗き込む。唯一違うのは、先ほどは透が酷く怒りを露わにしていたのとは反対に、ナマエは顔を真っ赤にさせ、怒りとは異なる羞恥を見せていることだ。

そんな顔をされては透も黙ってはいられず、その細い腕を力強く引っ張った。


「っ、」


そして自分よりも遥かに頼りない身体を抱きしめ、赤い耳朶を甘噛みしながら囁いた。


「怒っちゃいました?」
「……その聞き方、ずるいよ。」
「ナマエは僕に滅法甘いですもんね。」
「透だって、私に甘い癖に。」
「違いありません。さ、機嫌を直してお嬢様。心を満たした後は、お腹を満たしに行きましょうか。」


背中に添えられた掌に身体を委ね、ナマエは瞼を閉じた。暫しそうしていていたが、ゆっくりと動き出した指先はさ迷いながら、逞しい腕へとすがりつく。


「ねえ透。」
「なんです?」
「心とお腹を満たしたら、大事なお話しよっか。」
「へえ、なんですか。大事な話って。プロポーズは僕からさせてくださいね。」
「プロポーズは任せた。でもその前に、今日の話。」


今日の?
途端に落ち着いた様子で話し出すナマエの雰囲気の変化を察した透だが、それでも笑顔を浮かべた小首をかしげた。


「今日の、何の話ですか?」
「やだぁ、はぐらかさないでよ。――東都湾で原因不明の車両爆発。」
「……。」
「そして貴方の懐に眠っているモノと、」
「僕は好きなんですけどね。」
「衣類に染みついている女物の香水。」
「貴女とのこの関係が。」
「貴方の正体、暴かせて?」


「――怒らせちゃ、ダメってことですかね。」


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