D.C | ナノ

Origin.


逆転ほーむらん

降谷零。
それがナマエの最も愛する男の名であり、最も会う機会の少ない人物の名である。

今2人は彼の自室のソファに腰を下ろして、大型のテレビを見つめていた。今話題の薄型で4K対応のやつだ。詳しいことは分からないが、彼が力説していたのは覚えている。そんな彼とこうした時間を過ごすのは確か……そう思考が傾いたとき、導かれた数字にナマエは思わず眉間にしわを寄せた。


「どうした。」


それを目敏くも察した零は、丁度リモコンを手に取ってテレビのチャンネルを変えたところだった。バラエティからスポーツ番組に移る。どうやら高校野球のようで、ホームランが入り熱狂している観客に少年たちがテレビに映し出された。実況者の声にも熱がやけに入っている。そんな大きな音声を耳に入れて、ナマエの思考は中断された。


「……1年と2か月って明らかにおかしいよね。」
「……。」


この年月が何を意味しているのか、頭脳明晰な零は難なく理解する。だからこそ、彼の端正な顔にもナマエと同様に眉間にしわが寄った。そうして、同時にその顔を隠すように大きな褐色の掌で顔を覆い、息を深々と吐く。


「すまない……。」
「いや、零が謝ることはないんだけど、ふと思って。」


メールを使ったコミュニケーションはこの間に取ってはいた。だからずっと離れていたという感覚はない。だがこうして対面してゆっくりするのは1年と2か月たる月日ぶりなのだ。それを改めて自覚すると、これがあまりにも長いものだと思わざるを得なかった。ましてや『恋人』という世間一般的には華やかな関係ならば、尚更だ。


「あのさー、」
「別れ話は聞かないぞ。」
「いや違うんだけど。」


どれだけ敏感になっているのだろうか、この男は。ナマエは思わず苦笑して、違う違うと手を軽く振る。途端に零が安堵したように息を吐いたために、ナマエは苦笑いを深めた。


「休めてんの?」
「……まあ。」
「今日何徹目?」
「……3?」


一度発した言葉は不確かなようで、「いや4だったか? あの仮眠を除くなら5……?」とブツブツと呟き始める。世間が放っておかない程の美麗な顔立ちも、今は些か顔色が悪い。目元なんて酷い隈だ。気になって聞いてしまったが、聞かなければ良かったとナマエは心の中で後悔する。


「いや、ごめん。悪かったわ。」
「……。すまん。」
「忙しそうだけど、無理して働かされてるわけでは、ないんだよね?」
「ああ。何度も言うが、俺はこの仕事に誇りを持っている。」
「ん、なら安心した。ただブラック企業で強制労働されているなら、いろいろと考えちゃうからさ。」
「……悪いな。」


ナマエは恋人である降谷零が何の『仕事』に就いているのかを知らない。ただ、幾度となく出会い、幾度となく会話を重ね、惹かれ合い、今に至っているだけである。何度か直接問うても、曖昧な答えが返ってきたために、聞かれたくないのだとナマエも深く追究することを止めた。


「きちんと一緒に仕事してくれる仲間、いるの?」
「当然だ。」
「そ。」


一人でないなら、まだいいか。ナマエはソファの背もたれに身体を預ける。テレビでは逆転の兆しが見えてきており、白熱している最中だ。目の前の画面越しの光景は非常に熱が籠っているのに対して、自分たちのこの空気はなんて穏やかなのだろうかと考えさせられる。ナマエは瞼を閉じた。自然と欠伸が零れる。


「眠くなったか?」
「ちょっとね。でも零の5徹聞くと私のこの睡魔はちっぽけなものだと思って。」
「なんだそれ。」
「よく身体もつよねー、鍛え方の問題なの?」


零の二の腕に触れると、自分とは明らかに違う構造にやはり驚かされる。見た目の体格は日本人らしいほっそりとしたものだが、実際に触れると筋肉がガッチリとしているのがよくわかる。この細腕のどこにそのような筋肉がついているのかと、ある意味羨ましさすら覚えるほどだ。


「慣れじゃないか?」
「慣れって……年には勝てないよー。」
「年言うな。」
「いや、もう30でしょーが。」
「まだ29だ。29。」
「変わらんわ。」


再び目の前から歓声が沸き上がった。どうやら逆転ホームランとやらが決まったらしい。先ほどまでのスコアボートは点数が低かったのに、一気にこれが増加した。こうやって知らないうちに年を取っていくのだと感じる。

そうして同時に、一日、一週間、一か月を味わえないままに、零と再会する期間は一気に飛ぶのだと思わざるを得なかった。今日のように、1年2か月もあっという間に飛んでしまうのかもしれない。その頃には、彼も29歳から歳をとり、自分もまた年を経ていくのだ。


これを、共有し合えない哀しみを思うと、気分は沈んだ。自分の身体が沈むのをソファが受け止めてくれるように、受け皿があればよいが、そのような都合のいいものは何もなかった。


「……なんかあれだね。」
「具体的に言え、分からん。」
「……あっという間だね。」
「……そうだな。」


喜びを露わにするチームと、悲しみを背負うチームを交互にカメラが映す。


「まるで私の心だ。会えて喜んで、会えなくて悲しくて、それでもその分会えた時に嬉しくて仕方が無くなる。」
「……。」
「零が無事なら良いって、それは本心だけど、もう少し一緒に居られたらなって言うのも本心かもしれない。」
「かもしれない、じゃ困る。」
「えぇ?」


瞼を閉じながら、ちょっとだけ本音を話してみる。ナマエが、零の言葉におどけるように笑うと、ふと零の近くに放り投げていた手を握られた。温かな手の熱を、視界を遮断していると良く感じる。不思議と口元も緩んでくるのだから、やはりこの男は自分にとって大切なのだと認識させられた。


「ナマエ、」
「なーに?」
「結婚するか。」
「…………は?」


予想だにしていなかった打撃に、ナマエは目をパチクリと開く。視線だけを零に向けると、彼は握っていたナマエの掌を少し持ち上げて、薬指に口付けを落とした。その間も視線は絡み合っており、ドキリと心臓が高鳴る。


「寂しい思いをさせているのは自覚している。だが俺はお前を手離すつもりはない。」
「首輪でも付けられるのかな?」
「お望みとあれば。」
「……指がいい。」


恥ずかしさが滲み出て思わず小声になる。だが零はそれをきちんと聞き取り、満足げに口角を上げた。そして次は、掌に口付ける。


「仰せのままに。」


湧き上がる歓声が、まるで自分たちを祝福しているようにさえ感じる。ナマエは途端に涙腺が緩むのを感じながら、静かにほほ笑んだ。その気持ちを汲んでか、零もまた目を細める。

一歩だけ進んだ今日が、やけに輝かしかった。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -