D.C | ナノ

Origin.


奇妙な女は砂糖を食す


そこには、あからさまに異色な空気が漂っていた。
ある男は困ったように眉を下げ。


「どうして、」


ある女は無関心に砂糖をかじり。


「どうして、」


ある人は嫌悪感を露わに、声を荒げた。


「どうしてキサマがいる赤井秀一!!!」
「……そう騒ぐな、安室君。」
「そうだぞー、騒いでもどうしようもないんだぞー。」
「うるさい!!」


冷静さを欠いた発言をする安室に、赤井は小さく息をついた。
長椅子に座っている赤井の隣には、大きな黄色縁のメガネをかけたナマエが両膝を曲げて座っている。
その向かいのソファから勢いよく立ち上がって、ローテーブルを荒々しく叩いたのが安室だ。


「命令だと言われてココヘ来てみれば、あなたと一緒に任務だ? しかもこの女の護衛だと?」
「落ち着け。」
「これが落ち着いていられるか! こんな女の御守如きに僕が駆り出される理由がわからない! そもそもあなたがいる理由がないな!?」


そのローテーブルには、今いる女性ナマエの顔写真と共に長文がプリントされた紙があった。
ここに今回の任務内容が明記されており――赤井が手にした直後にライターで燃やす。
目の前で消えていく紙の黒焦げを見つめて、女は口にしていた砂糖をかみ砕く。


「まーまー、透君って騒がしいんだね、子どもじゃないんだからせめて座ってよー。」
「誰が子どもだ! 大体、馴れ馴れしいぞキサマは!」
「おいおい。仮にも女性にキサマはないだろう。」
「仮にもっていうあたり秀一君も同じだけどねー。」


続いて手にした角砂糖を、音を立てて砕きながら、ポケットからスマホ取り出してそれを――


「!」
「……。」


安室の顔面めがけて投げつけた。
当然、それは期待通りに顔に当たることもなく、褐色の掌の中に納まる。


「……なんのつもりだ……。」
「透君うるさいから、シャットダウンしようと思って。」
「どうやら、僕にケンカを売っているらしいな……。」
「アタシ今集中しているのに、透君うるさいんだもんーしかたなくね?」
「しかたないわけあるかッ!!!」
「安室君……。」


再びローテーブルが悲鳴をあげる。
赤井は密かにため息をついて、顔を手で覆った。


「本題に移ろう。俺たちは君を保護するように任務を受けた。その件は伝わっているな?」
「だからここに座っているの。あ、透君スマホ返してよー。」
「キサマが投げつけてきたんだろッ!!」
「……。で、俺たちは君のその身を守ればいいのか。」


目の前の珍劇にモノ申したいのを抑え、赤井は再び尋ねる。
するとナマエは再び砂糖を手にして口の中に入れると、メガネ越しの視線を赤井に向けた。
ドキリ、と心臓が嫌な音が鳴った。


「アタシは守らなくていいよ。」
「……。」
「なんだと?」
「守ってほしいのは、アタシのこのノウミソ。あ、あとこのスマホもデキレバ。データ解析したいしー。」
「……。」


だから返して、と伸ばされた手に安室は静かにスマホを乗せる。
すると彼女はスマホのロックを解除し、解除し、解除し


「って、何度解除するんだ……。」
「49回。」
「ハ?」
「49個のロックデータから正しい順番に5回だけ入力すると開くの。面白いよねー?」
「面倒くさいことこの上ないな。」


けらりと八重歯を出して笑うと、解除した画面を再びタップして、2人に見えるよう画面を向ける。
そこには、屈強な男を従えた御世辞にもせているとは言えない――横に広がった胴の男がいた。


「このオジサンがアタシのことナンパしてきてしつこいの。アタシのノウミソ欲しいってうるさくって。」
「はぁ?」
「しかも前にFBIから盗んだ捜査データ見られちゃってさー。」


ぴくり、と赤井の眉が動いた。
同時に安室の口角が吊り上がる。


「ほぉー? FBIめ、こんな女に情報を抜き取られるなんて、たかが知れてるな。」
「あ。日本警察のデータもとったよ。透君、写真で見るより男前だよねー。てか本名カッコいいし。」
「…………。」


けらけらと女は笑う。
そこには確かにネットワーク上に残されている自分の姿があった。
口角が、硬直する。音もなく笑った赤井を丸い瞳が鋭くにらみつけた。


「まー、どうせこのノウミソも一月後にはオサラバするから、それまで守ってねン。」
「ノウミソ、ノウミソと先ほどから言っているが、何の話だ。」
「えぇぇ……透君、ノウミソも知らないの? 透君にもあるでしょ? 秀一君のココにはあるよ?」


ナマエの指は赤井の頭に向けられる。


「つまりこの男たちは君の持つ情報がほしいということか。」
「簡単に言うとそうだね。秀一君はまとめるのが上手いねぇ。」
「最初からそう言えば済むことだろ!」
「透君はそろそろ座ったら? 身長そこそこ高いんだから陰で画面見づらいよう。座ってー?」
「……。」


ローテーブルが絶叫しそうになるのを、赤井が目で牽制した。
こればかりは安室も致し方ないといったように重々しく息をついて従う。


「ノウミソが一か月後にオサラバ、とはどういう意味だ?」
「そのまんま。」
「分かるか。正しい言語で伝えろ。」


安室は苛立ちを隠せない様子で言葉を吐き出した。
ナマエは小首をかしげて、再び砂糖を口にすると大きな音を立ててかみ砕く。


「アタシ、一か月後に死ぬからさ。」


その言葉が――印象的だった。


「……病か。」
「ううん。データでそうプログラムされてるの。」
「は?」
「プログラム、だと?」


まさか、と見つめてくる男2人の視線に、女は面白おかしそうに笑う。


「アタシは生身の人間だよ? なんなら脱いでみよっかー?」
「公害だヤメロ。」
「あ、透君ヒドイ。」
「理解に苦しむな。君のことを教えてもらいたい。」
「口説き文句としてありがち秀一君10点。」
「ハッ!」
「透君のその笑い方嫌い5点。」
「キサマ……!!!」


ああ、話が進んでは戻る。
赤井は一度自身も落ち着こうと用意していたコーヒーを口にして――


「ッ、」


思わず口元に手を当てる。
それを安室が訝しげに、片眉を器用に釣り上げてみていた。


「どうした、そんなマズかったのか。」
「…………いや……。」
「……。」
「…………お前か。」
「あっはは、バレたー? 秀一君、服装通りブラック好きなんだねー。」


正体は、ナマエが先ほどから口にし続けている砂糖だ。
このやりとりで理解した安室は深々しくため息をついた。
ガラにもなく女1人に翻弄されている現状を、ようやく冷静に判断したのだ。
頭が冷える。バカ騒ぎをしていたにもほどがある。
ここは穏便に、素早くことを終わらせようと安室は世の女性が腰を抜かすような艶やかな微笑を浮かべる。


「教えてください、ナマエさん。その男の正体と、あなたの仰る死ぬようにプログラムされているという事実を。」
「透君、これをお食べ。」
「はい?」
「さあお食べ。」


ナマエはその微笑に心を打たれるわけでもなく、口元を緩めたまま砂糖を差し出した。
意図がわからないままも、安室はそれを口にした。途端――


「ッ〜〜〜!!」
「砂糖の甘さに比べれば、透君の甘い雰囲気はミルクみたいなものだよ。でも62点!」
「き、キサマ……!!!」
「……。」


こればかりは赤井も何も言わずに、静かに席を立った。
インスタントのブラックコーヒーを2カップ分作ると、何も言わずに安室に差し出す。
これを一口で飲み干せば、カップとローテーブルは互いに強く振動して悲鳴を上げた。


「とにかく、アタシを守れば自分の国もこの世界も守れるからさ。しっかりとこのノウミソを守ってね。2人には期待すっごくしてるから!」
「……。」
「……。」


曲げていた足を伸ばした際に、足首に見えた痛々しい傷跡に2人は口を閉ざした。


「ルールを作る。」
「赤井は僕の視界に入らないことを前提に作れ。」
「それじゃ動けないだろ……。」
「後キサマはそれ以上砂糖をボリボリ食うな!!」
「えぇぇ、これアタシの主食だから。餓死とか嫌だー。横暴だー。」
「……君たちは、少し静かにしてくれ。」


そんなこんなで、謎で奇妙な女ナマエを護衛する、2人の男との話が展開されるわけである。


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